#5 Aim
【SIDE 相楽奏】
――ガラガラガラ。
「おはよー」
「あっ、おはよう奏。真緋ちゃんもおはよう」
「おはよ真智くん!」
B組の教室の自分の席に鞄を下ろしながら前の席にいた真智に声をかける。彼は読書の最中だったみたいだ。
そして今日も俺の横をぴったりくっついてる女にツッコミをいれることとしようか。
「……おい真緋。何回言わせるんだ。お前の教室は遥か遠くのF組だろ。ここじゃないぞ」
「いいじゃん別に。まだ時間あるし」
「架乃はちゃんと自分のクラスに行ったぞ」
「ふん、架乃はまだまだ愛が足りないわね」
「ここは理系特進科だぞ? いいか、特進科だぞ? お勉強ができないとh」
「うっ、うるさい! 嫌な言い方しないでよ。――あたしはただ……奏に変な女がつかないか監視してるだけなのに……」
「そんな涙目になったって無駄だぞ。お前、泣きマネ超上手いもんな」
「さっすが奏♪ やっぱ未来のダンナ様はあたしの事よく分かってるな~!」
「誰が未来のダンナ様じゃコラ」
「あっ、ごめん……未来形じゃなくて現在進行形だったね!」
「うるせーよ」
ハハハ、と真緋は楽しそうな無邪気な笑いを見せた。この会話はあと何回繰り返せばコイツは自分の教室にまっすぐ向かってくれるのだろうか。だいたいこんな話を公衆の面前でするものだから周りからの男子の視線が痛い。
「あのなぁ、お前はここのアイドルなんだからそういう発言は控えてくれよ? 俺が周りから変な目で見られるだろうが」
「授業が始まったら、生徒会の時まで会えないんだから今ぐらいいいじゃん」
「だからってなぁ……」
「……それに今あたしの愛を植えつけとかないと花恋にとられるかもだし……」
真緋はポツリと小さく何か呟いた。
「あ? 何か言ったか?」
「別に! しょうがないから帰る!」
そう言って真緋は教室からものすごいスピードで出て行った。
「いいの奏? 真緋ちゃん怒ってたみたいだけど」
心配そうに訊いてくる真智に、俺は答えた。
「ああ大丈夫大丈夫問題ない。あんな事日常茶飯事だし」
真緋は結構弱い。物理的ではなくて精神的に。俺がちょっと冷たくしたぐらいで怒るし、架乃にいびられて泣く。それは全校生徒が知らない、俺たちだけの前せ見せる姿。
「まぁ奏が言うならそうなんだけど」
「それよりさ! 古文の予習見してくんない? …………」
――という会話をした朝のワンシーンでした。
それは唐突に訪れた。
次の授業が移動教室だったので、真智と3階から2階へ通じる階段を下っていた時。
「ん? あれは……」
鮮やかな金髪をツインテールに結んだ童顔の美少女、九条花恋を見つけた。
周りにはたくさんの生徒がいたが、花恋の金髪は異色の存在だったのですぐに見つけることができた。よく見ると近くに見知った茶髪も確認できた。
「どうしたの奏?」
「や、架乃と花恋を……。 すまん真智、先行っててくれねぇか?」
「うん、いいよ。じゃあ」
人ごみに流されて真智は階段を下っていった。それとは逆に彼女達は近づいてくる。
近くになるとあっちも気づいたようで、手を振ってきた。
「兄さま!」
「よう架乃。……用具を見た感じだと世界史で視聴覚室か?」
「当たりです。兄さまも?」
「場所は同じだけどな。俺は化学だ。実験の映像を見るんだとさ」
「そうだったんですか」
新しい編入生が美少女というのがすでに学園内に広く伝播している今、歩いているほとんどの生徒が花恋を見ていた。しかもその横には学園のアイドル様も君臨している状況なので注目の的になっていた。
俺は架乃の横にいた花恋に話しかける。
「花恋、どうだ? 学園生活2日目は?」
「……授業が簡単。本当に高校生の授業かしら」
ふぅ、と呆れるように言う花恋。今の発言だけで一瞬にしてかなりの量の高校生を敵にできるだろう。
「ま、まぁまぁ。全ての高校生が花恋みたいに有能じゃないんだよ……」
というか、梨園学園って結構レベルの高い授業やってるはずなんだが。
「あ、そうだ! クラスにはもう馴染めたか?」
そう訊くと、花恋は俯いて小さな声で言った。
「……まだあんまり」
「そっか……」
架乃の方を見ると、すっと距離を近づけてきて、ひそひそ声で彼女は言った。
「やっぱり花恋さんの性格が起因しているんですよね。ちょっと彼女って人見知りな所があるじゃないですか。一応クラスのみなさんが話しかけてはいるんですが、どうしても彼女が突き放すように応えちゃう所があって……」
もう一度、花恋に視線を戻すといまだに俯いたままだった。
「まぁ花恋。最初はみんなそうだって。これから頑張ればいいんだし、架乃もいるしさ」
花恋は無言で頷いた。
やっぱりあの性格はなんとかしないといけないんだよな。照れ隠しが違う方向に向かってるんだよな。だけど俺がどうかできる問題じゃないし、とりあえずこの有能な妹に任せてみようか。
そう思って、ふと腕時計を見ると授業開始まで、あと2分まで迫っていた。
「やべっ、それじゃ俺は行くわ! お前らも急いだ方がいいぞ!」
「あっ、はい! ではっ」
そうして俺は視聴覚室に急いだ。
――放課後。
部活に行く真智と教室で別れた俺は、生徒会の会議が行われる場所――屋上へと向かうことにした。
1年生がいる4階をさらに上がった5階がその行き先だである。4階と5階の間の踊り場の先にあるのは屋上へ続く鉄の扉で、生徒や教員は通常入ることができない。
俺は数段の階段を上がって、鉄扉の前に立ちはだかった。そして、ポケットから生徒証をだしてドアノブ近くにある機械に生徒証を通す。すると電子音が短く鳴り、ガチャりと鉄扉から音がした。
屋上は基本開放されていないが、会長の権限で生徒会メンバーの生徒手帳でのみ入ることができる。
そうして重い扉を開けると、屋上に出ることができた。雨ざらしのままなので、コンクリートの地面にはコケやゴミがこびりついているが、そこを避けて先に進む。そうすると、生徒会の面々が集まっているのが見えた。
「あ、やっと来た! おーい! 遅いぞー!」
俺の姿を認めた真緋が手を振ってくる。
「おう。――てか、みなさん早くないですか? 今4時34分ですよね? 集合までまだ30分近くあった気がするんですが」
「奏。こういう言葉を知らない? 『40分前行動、30分前着席』」
「ありませんよ」
30分は早すぎる。デートの集合時間か。
「まぁいいじゃないか。とりあえず皆揃ったんだし会議始めちゃおっか」
「そうですね」
「じゃあ始めるわよ。『特別会』」
+ー+ー――――第1回生徒会特別会議――――+ー+ー
「開廷」
屋上の真ん中に鎮座しているのは木製、円形の机。そこには5つの椅子がそれを囲むように配置されており、まさに会議というのが正しい。
そこに俺ら生徒会は腰掛け、議論を始めた。
……だが、その前に俺は確認しときたい事があった。
「あの会長。1ついいですか」
「何かしら?」
「実際、こんな会議を開くような事ですか? 言われた通り、発信機だって付けましたし、これ以上することがないのでは?」
「甘いわね奏。甘すぎるわね奏。テストのノー勉で立ち向かうやつ並に甘いわ」
「そこまでですか……」
「前に花恋とおじさまと対面した時があったじゃない? あの後あなたたちが先に帰ったあとにおじさまに聞かされた話なんだけどね。――実は最近、国際的な犯罪集団を捕まえたらしいのよね」
「へぇ」
「記憶しています。約3ヶ月前に起きたハイジャック事件の事ですね。犯行グループは『FLEUR-DE-LIS(フレダリィ)』。その時は、3人の実行犯が捕まりましたが、未だ全員の逮捕には至っていません」
相変わらずの記憶力だった。
「そうよ。それでそのフレダリィからある脅迫状が警視庁に送られてきたらしいの。その文面が、
『我々は何としても同志達3人を連れ戻す。どんな手を使ってもだ』らしいの」
「ふむ。なるほどな」
そこで梓先輩が何かに気づいたようだった。
「つまり、そいつらが人質として花恋さんを誘拐しにくる可能性がある、という事だな?」
「そういうこと」
さすが策士副会長。考える事が速い。
「それってかなりヤバイんじゃないの!? きゃあああ~!」
そう言ってる割にはワクワクしているようにしか見えないんだが。
「真緋、うるさいです」
「……ふふっ。 やっとあたしと対等に戦えるやつと会えるのね。けっちょんけちょんにしてやるわ!」
「…………ハイ、頑張ってください」
確かに真緋と喧嘩して勝ったやつなんて見たことない。俺なんて前、背負投げで1メートルほど投げられたからな。熊も難なく倒しそうだ。
「それにしても、そんな脅迫状が送られた後ならこちらとしても防御線を張っといたほうがいいかもしれませんね」
「恨みのある警視総監の1人娘なら狙われるのは当然だろうね。これは警戒しないと」
「しかし具体的にどうすれば?」
「……」「……」「……」「……」
総員、沈黙。
考えてみたらやることってないような気がする。発信機があるわけだし、学園から出た瞬間に分かるようになっているから、これ以上することなんてない。
「……会長?」
「そうだ! 監視カメラを付け……」
「もう付いてますよ。学園の入口、他12ヶ所に」
12ヶ所というのは、門、職員室、学園長室、体育館、1階から4階までのそれぞれの廊下両端のことである。
「ま、まぁとりあえず今日の特別会の結果としては、みんないつも以上に真剣に警備すること! そして、花恋が誘拐されたらいつも通りのフォーメーションで対処すること! 以上! 解散!」
「……」
早口で会議を締めくくった会長は、足早に屋上で出口へと向かった。それを追うように梓先輩も。
そして残された俺たち――。
「――帰ろっか」
そうして俺たちは夕暮れの中、なんとも落ち着かない気持ちで帰路に着くのだった。
「(ほんとに大丈夫かこの作戦……?)」