#4 Hard―on
【SIDE 相楽奏】
それは放課後――。
A組の教室にて。
「うん、じゃあ改めて自己紹介でもするか」
「イェーイ!」
「よっ、兄さまかっこいいです!」
「――架乃、それ関係ないだろ」
『TRIGGER』の3人が一同に集結したのは、ある人物と接触するため。
それはまさしく今日、A組に編入してきた九条花恋だ。
新しく入った生徒のお世話も基本的に生徒会がやるので、こうして親睦会などをひらいたのである。
「じゃあ改めて。俺は相楽奏な。よろしく。こいつの兄貴やってる」
「奏兄さまの妹であります、相楽架乃です。よろしくお願いします」
「奏の妻の御池真緋です。よろしくっ!」
「サラッと嘘言うなよ……」
一通りこちらの紹介が終わったのだが、彼女はぶすっとした不機嫌顔だ。そして言った。
「――九条花恋。よろしく」
「…………」
話続かないなぁ……!
どうもこの子の性格には一癖あるように見える。極度の人見知りなのだろうか。初対面の相手には冷たい態度をとり見知った相手には普通に接する、というのが現段階で分かったこと。従姉妹である紅葉会長との会話は普通だったし。
彼女の後の沈黙を破ったのは架乃だった。
「……えっと、じゃあ花恋さんがこの学園に入りたいと思った最大の理由は何ですか?」
これはこの学園に編入してきた生徒に対して必ずしている質問だ。例に倣い、今回も訊いてみる。
「普通に生活したいからよ」
架乃の質問に対しその答えはすぐに返ってきた。
「アタシはね、普通の高校生がしたいだけなの。今までの高校はアタシが何か警視総監の1人娘ってだけで近寄ってこなかったし、先生もアタシにだけは違う態度をとるの。それに耐えられなくなってここに来たの。お姉ちゃんがここなら安心して生活できるって言うから。それが理由よ」
吐き捨てるように言う花恋。
「そうでしたか。安心してくださいね、花恋さんの身に危険が及べば我々が助けますから」
「ふんっ……お姉ちゃんが困ったことがあればアンタ達を頼れって言ってた。一応は期待してる」
少し棘のある言い方。まだ信用されていないのだろう。
「はい、任せてください」
そんな花恋に架乃が柔らかく微笑む。よくできた妹だ。
「じゃあ兄さま、今あれあります?」
「ああ、あるよ」
そうして俺はポケットからある機械を取り出した。
「これを学校にいる間は常に持ち歩くようにしてくれ。小型の発信機だ。リボンの裏にでもくっつけといてくれ」
そうして俺は発信機を花恋に手渡した。
この発信機は俺の作ったもので、形は球状。消しゴムほどの大きさでバッジのような感じで取り付けられるような設計だ。
「えっ……ということは常にアンタに監視されるのアタシ?」
顔をほんのり紅潮させて上目遣いで訊いてくる花恋。
「……まぁ常ではないけど、そうだな」
「うーん……」
「それぐらい我慢してくれ」
これに関しては仕方ないことであった。護衛となるとやはり場所がすぐにわかった方が安心だ。ちなみに位置情報は俺の携帯から確認できる。
彼女はなかなか命を狙われやすいので必要だと思い、会長に用意してもらったものである。
「しょうがないわね」
彼女はそう言うと、しぶしぶといった感じで制服のリボンの裏に取り付け始めた。
まあこれで安心だろう。
「ぃよし! じゃあ今日はこれにて解散ってk」
「待ってよ!」
「なんだ真緋」
俺的には位置情報さえつかめれれば、ここにいる必要などないので早々に帰りたいのだが、やっぱり真緋は許してくれなかったか。
「事務的な事ばっかで全然花恋と仲良くなってないじゃん。信頼がなきゃ護衛なんてできるはずないよ」
「真緋。お前は昔から時折、核心を突いてくるよな」
真面目な顔で真緋は言った。あいかわらず友達という単語には敏感なやつだ。
「じゃあとりあえず花恋。血液型、好きな食べ物、好きな動物を教えて?」
「……全部あんまり役立たない情報だな」
そんなどうでもいい事も花恋は淡々と答えていった。
「血液型はO型」
「あっ、俺と同じだ」
「好きな食べ物はハヤシライス。ちなみにハッシュドビーフの方」
「俺もだ」
「好きな動物はインコよ。飼ってるの」
「うん、俺もインコとかのちっさい鳥好きだぞっ……!」
おかしいな。俺はただ話を弾ませようと俺の事も言っていただけなのに、なんでさっきから俺の右足の甲がギシギシと音をたてて痛んでいるんだ? 何者かに踏まれているような痛みが感じられるのだが?
右を見る――イラつき顔の真緋。
「おい……」
「ちっ……」
真緋は明らかな不機嫌を纏い、俺から目をそらした。なんでイラついてるのか全く分かんない。
「じゃ、じゃあ次わたしが質問していいですか? では、――趣味などはありますか?」
「趣味は、」
「待て」
「ん?」
「じゃあこうしよう。俺たち3人で花恋の趣味を当ててやるよ。何かヒントくれ」
「あら! いいですね!」
こうでもしなきゃ、今までみたいに無表情で淡々と答えられるだけだからな。さっきまで面接みたくなってたからね。
「……別にいいけど」
――こうして花恋の趣味あてゲームがはじまった。
「えっと、音楽関係」
「ふむふむ……」
俺たち3人の手の中には、ホワイトボードとペンのセットがひと組。それに俺と真緋は聞いた情報を書き込む。架乃は脳に記憶しているので必要ないらしい。もっとも、このぐらいなら書かなくても忘れないが。
「はい分かった」
「早っ」
手をあげたのは真緋だった。この自信満々の顔を見るに、真剣に当てにいってるのだろう。1発で当てるなんていう漫画みたいな展開がくるのだろうか。
「――『音ゲー』をする」
やっぱり馬鹿だった。
「いや確かに音楽関係だけども!? ぎりぎりのところだけど音楽関係だけども!? 趣味が音ゲーをやることですってこの花恋が言うと思うか!? 想像できるか!? ああ!?」
「音ゲーをナメないで!」
「うるせーよ」
そこに関しては今言い争う必要はない。
「――……ねぇ、おとげーって何?」
「はい、音ゲーとは、コンピュータゲームのジャンルの一つであり、リズムや音楽に合わせてプレイヤーが画面で指示されたボタンを押したり、楽器を模したコントローラを操作することで進行するタイプのゲームです」
さすがの能力を披露する架乃。
「へぇ……」
顔は無表情のように見えるが、微かな驚きが彼女からは感じられた。音ゲーを全く知らなかったらしい。
「……とりあえず不正解だな。花恋それ知らないらしいし」
「違うのかー」
真緋は釈然としないようすで可愛く唇を尖らた。
「架乃はどうだ?」
「えっと、じゃあ『カラオケ』とかですか?」
「あっ、これは意外にありそうかも」
真緋とは違ってかなりありえる解答の架乃。その彼女は真緋を見て、してやったり顔である。
「じゃあ次は俺だな」
「がんばって兄さま」
「何をだよ……えっと、無難に『音楽鑑賞』とか?」
「……地味か」
「音ゲーに言われたかねーよ」
確かに真緋が言うとおり、ありふれたものだが花恋はもの静かな感じがするから、音楽を聴いたりするのが好きかなと思ったのだ。特にクラシックとか。
「さあ花恋さん、わたしと兄さまの解答に正解はありますか?」
「あたしのはもう除外されてる!?」
「当たり前だ、それは」
先程の無表情のまま花恋は言った。
「ふんっ、全然違うわ。全然」
綺麗な金髪を指に巻きつけながらツンと言った。
「マジか」
「じゃあ答えは何ですか?」
3人の視線を受けながら、花恋は少し溜めて言った。
「――『エレキギター』よっ……」
――…………。
「マジかっ!」
まさかのギタリスト発言。
「うわ意外」
「あらっ……!」
俺たちの反応を見て、花恋は頬を赤く染めて、俺たちから体ごと背けた。
「ふんっ、意外でしょ! 笑いたいのなら笑いなさい!」
花恋は恥ずかしさを誤魔化すように言った。
「……えっ何で?」
「ふぇ?」
「すごいよ花恋! ギター弾けるなんて! えっ、何色!? ギター何色!? ていうか今度あたしに弾いてるの見せてよ! ねえ! いいでしょ!?」
「うるせーよ真緋」
「わたしも見てみたいです。花恋さんのギター演奏」
「えっ……別にいいけど……」
「やった! 楽しみにしてるね!」
「う、うん……」
「じゃああのさー! ……」
その後も真緋の好奇心は止まらず、花恋は質問攻めにあったのだった。
――――しかし、俺たちと花恋の心の距離はかなり縮まったような気がした。