#3 Meeting
【SIDE 相楽奏】
校長室に向かう一同――。
「――会長? 警視総監怒ってたらどうするんですか?」
「案ずる事はないわ。とりあえず急ぎましょう」
さらりと当然の事のように会長は言った。
さっきからほぼ全速力で走っているのにもかかわらず、全く息切れしていないのは会長と梓先輩と真緋だけ。この3人はホントなんなんだ?
「ねぇ奏。その編入してくる子ってどんな子だと思う?」
俺の少し前を走っていた真緋が俺の横に来て聞く。
「というと?」
「例えば、可愛いとか、巨乳とか、ものすごい背が高いとか……超秀才とか」
「うーん……警視総監の1人娘なんだから、たぶんおしとやかで上品な女の子なんじゃないか?」
「外見は?」
「そんなもん予想できるかよ」
「じゃあ希望は?」
「……それはどうでもよくね?」
この質問には答えたくない。なぜなら、真緋と架乃の喧嘩の火種になるかもしれないからだ。
好みの髪の色は? という質問に対して、茶色と答えても、黒色と答えても、争いは避けられないだろう。すぐ横には、息を切らしながらもついて来ている架乃がいるんだから。
「そんぐらい教えてくれたっていいじゃんかー」
「まぁまぁ。どうしてそんなに知りたいのさ?」
「……奏の好みが、その子と似てたらその子を始末しないといけないから」
「やめろよ!?」
こいつならやりかねない所が難点だった。
コンコン――ガチャリ。
「……」
「失礼します」
「失礼しまぁーす」
「失礼します」
「し、失礼します」
校長室前にたどり着いた俺たちは、ノックを会長がしたのを皮切りに、会長、梓先輩、真緋、架乃、俺の順に部屋に入っていった。――それにしても会長、無言で入るのはどうかと……。
14畳ほどの広さの校長室には、長めのソファーがガラスの机を間に対に置かれ、ガラスの机に1人用のソファーがさらに1対、接するように置かれていた。奥には校長用のデスクと机が鎮座しており、部屋の至る所に彫刻や表彰状、トロフィーが飾ってある。とても校長室らしい部屋だと感じた。
そこには、男性と女性が1人ずつ長いソファーに机を挟むかたちで座っていた。…………ん? アレは? まぁいいか。
女性の方は、いうまでもなく我ら梨園学園の校長、不動梨恵だ。会うのは、生徒会任命式以来だろうか。黒髪をお団子ヘアにしてまとめた髪型をしており、容姿は茶色のスーツを纏っている。年は確か46歳だったはずだが、きれいな肌にぱっちりした瞳からは、30歳後半から40歳前半とみえる。だが今日の髪型で、より若く見えた。
対する、男性の方は、長身のがっちりとした体躯に、髪は白髪が混じった短髪。黒のスーツのボタンは全て開かれ、ぱっと見た感じでは、極道の世界の人である。
だが、事前情報から察するとこの人が警視総監なんだろうか。
「あ、桐生さん!? 何分遅刻しているのか分かっているのかしら!? えぇ?」
紅葉会長を発見するなり、激昂する不動校長。まぁ無理もないが。
「ああ、すみません。ちょっと会議をしていたものですから」
それに対し、反省の色を全く見せない会長。
「ま、まぁまぁ校長先生。話はあとにして、今は他にすべきことがあるでしょう」
「……そうね。永坂くんがそういうなら」
分け隔てなく女性を墜とすイケメン――永坂梓。
「誠に申し訳ありません、九条さん。――ほら早く座って」
警視総監とおぼしき男性に対するかたちで校長先生の横に座った俺たちは順に自己紹介をしていくことにした。
「3年S組15番、生徒会副会長――永坂梓です。この度はお約束の時間に遅れてしまい申し訳ありませんでした」
綺麗なお辞儀を披露する梓先輩。会長に教え込まれたのだろうか。
「2年A組25番、生徒会書記――相楽架乃と申します。以後、お見知りおきを」
「2年F組34番、えっと生徒会会計――御池真緋です。今は御池という姓ですが、近々、相楽になりm」
ペし。
「……やめなさい」
「あうぅー……。えっと……以後、よろしく?」
疑問形にすんなや。
「あの、2年B組13番の生徒会庶務――相楽奏です。よろしくお願いs、します」
――……緊張してんな、俺。
「久しいわね、おじさま」
「久しぶりだな紅葉。正月以来か」
今までずっと恐い顔で俺らの自己紹介を聞いていた警視総監が初めて口を開いた瞬間だった。声は、見たままどうりの低いドスのきいた声。いやぁ~やっぱりその容姿で言われると貫禄あるなぁー……って、おじさま!?
「少し痩せた?」
「そうか? 特になにもしていないが」
「痩せたわよ」
「お前が言うならそうなのだろうな。昔からお前には敵わんわい」
「ふふっ」
久しぶりに会った時の親戚トークが先程からされているが、さらっと衝撃の事実発覚。まさかの会長の親族に警視総監がいらっしゃる事が判明。
驚いているのは俺だけでなく、架乃も梓先輩も真緋もだった。皆さん石化してます。
「仕事の方はどうだ?」
「まぁ順調と言って差し支えないわね。今ちょうど新たな事業にも挑戦しようとしててね。それなりに期待しててくださいな」
「あのぉー」
「紅葉は妙なカリスマ性があるからな。心配はいらなさそうだな」
「おじさまこそ警視総監としての仕事はどう?」
「あのーすみません」
「まぁそれなりにやっとるよ。指示するのが主な仕事だが」
「でも大変なんじゃn」
「ちょ、ちょ、ちょっと! 聞いてます!? 聞こえてます!? 俺の声!」
耐え切れなくて大声で叫ぶ俺。絶対聞こえてただろーが。スルースキル発動すんな。
「なんだね少年?」
さきほどよりも低い声で話す九条さん。機嫌をそこねたか?
「あの1つ聞いていいですか? 紅葉会長とあなたの関係は?」
俺は単刀直入に聞いた。
「そんな事か……。それは」
「おじさま、私が説明するわ。まず、この人の名は九条槙。職業は、第99代警視総監。そして私の叔父よ」
「紹介が遅れたな。失礼」
……確定した。
「どう? 驚いた? ずっと秘密にしてたんだけどね」
くすくすと、子供のように笑う会長。
「いや驚いたよ紅葉。というか何でオレにまで秘密にするんだよ」
「ふふっ。ゴメンなさいね? あ。おじさま、この人が私の許嫁よ」
「ほう、君が。なかなかいい男じゃないか」
「……どうも」
「でしょー」
「君。紅葉の事をどうか幸せにしてやってくれよ」
「ははっ……」
梓先輩の声には力がなかった。結婚式は大変そうだな。
「あれ? という事は、その編入してくる子ってのは会長の従姉妹? というかその子はどこ?」
真緋が言う。
「まぁそういう事になるわね。花恋ならほら、そこにいるじゃない」
そう言って会長が指差すのは、九条警視総監のすぐ横だった。
さっきからずっと気になってはいたがやっぱりアレなのか。あの黄色いやつか。
「ほら、花恋。起きなさい」
九条さんがそれを揺すると「むぅ~ん」という声を発しながらむくりと起き上がった。
まだ眠いのか、目は半開きだが大きな瞳をしているのが分かった。すっと伸びた鼻、長い睫毛、きめ細やかな白の肌は言うまでもなく美少女の証。小さく華奢な体はとても高校2年生とは思えなく、中学生のようだ。髪は金髪のツインテール。金髪とはいっても、会長の濃い金髪ではなくて、明るい色の金髪。髪を束ねるのはピンクの花柄のカチューシャで、さらに幼さを引き立てる。
花恋という子は口をむにゃむにゃ動かしながら可愛いあくびを1つして、
「おやすみぃ」
と言い残し、座ったまま寝始めた。
「おい花恋! 起きなさい!」
「ハッ」
九条さんに大声で叫ばれ、飛び起きた彼女は、今度は完全に覚醒したらしく目を大きく開き、周りをきょろきょろと見ている。瞳の色は会長と同じく翡翠色。
「こんにちは花恋。久しぶりね。元気にしてた?」
会長がニコリと笑いながら言った。
「あ。お姉ちゃん。久しぶり」
そして声まで幼い。
「さあ花恋? みんなに自己紹介をして?」
「うん。……九条花恋。2年生。よろしく」
俯きながら淡々と言う花恋さん。ものすごい手短な紹介だった。
「よろしく花恋ちゃん。オレは永坂梓。生徒会の副会長をやってる」
「書記の相楽架乃です。仲良くして下さいね花恋さん」
「会計の御池真緋です。よろしく」
……何か機嫌悪くないか? こいつ。たぶんだが、この子が可愛い事にイラついてるんだろうな。
「えっと、B組の相楽奏です。庶務やってます。これからよろしく」
全員の紹介が終わった矢先。彼女は言ったのだった。
「ふーん……でもアンタ達とは群れるつもりはないわ。これから話しかけてこないでね」
(!?)
「で、そろそろ帰っていい? お姉ちゃん。アタシもう眠たいの」
「あ、うん。でもちょっと待って。あなたの入る教室は2年B組よ、分かった?」
(!?)
「All right」
と言って、花恋さんは帰ってしまった。
――今さっき俺達はものすごい光景を見てしまった。今も信じれない。
とりあえず聞いてみようか。
「会長? あれは?」
「あの子はね? 昔から人間不信がちょっと入っているのよ。自分が認めた人以外には、男女関係なく突き放すような口調になっちゃうの」
会長は苦笑いしながら言った。
「Oh……」
マジか。そんな奴が俺のクラスに入ってくるのか。
「ああいう子をデレのないツンデレというんですよね」
架乃が言う。
「そういえば会長。なぜB組に? 理系なんですか、あの子?
「勉強はよくできるのよ花恋は。特に理系科目ね」
「チッ」
「……」
……真緋、舌打ちやめなさい。勉強できるやつは皆、敵みたいな考えをまずやめなさい。
そしてさっきから黙っている架乃は、花恋がB組というのを聞いてからというもの、こめかみに青すじが見える。
「――……あの子は……」
突然、九条さんが口を開いた。
「え?」
「あの子はね。昔から花恋には友達が少なくてね。まぁあの性格だからというのもあると思うんだが、昔から私の娘だから出かける時もあの子には警備をつけさせたんだ。そのせいで周りの同級生から敬遠されてしまってね。それからというもの花恋は孤独を好むようになってしまった。あの性格もその時からだよ。だから私はそれを改善しようとあの子から警備を外したんだ。そうしたら前の学校で襲撃されてね。教師に扮した過去の犯罪者からだったよ。命こそ助かったが、右腕に傷が残ってしまってね。だからもう私は耐え切れなくなって特別な施設に入れようとしたんだ。あそこなら警備も固いし勉学も受けさせてやれる」
寂しそうな目をしながら九条さんは淡々と答えていく。
「はい」
「そんな時に声をかけてきたのが紅葉だった。うちの学園に編入させてみないか、と。しかし私は断ったよ。エリート校だからと言って、今まで通り危険に冒されるに違わないと思ったからだ。だが紅葉は私にこう言ったんだ。私の集めた生徒会執行部で必ず花恋を守ってみせる、とな。最初は信じなかったが、昔から友達のいなかった花恋には普通の高校に行かせてやって、友達を作ってほしいという思いも私にはあった。それに紅葉のカリスマ性には私も昔から信頼しているからね。信じてみることにしたんだ」
「そうだったんですか」
「ああ。だから花恋の事をよろしく頼む。そして今はあんな性格だが、昔は優しい子だったんだよ。どうか友達ができるように見守ってくれないだろうか?」
「はいっ。任せてください」
右から声がした。それは真緋の声だった。
「あたしが花恋の友達になります。そして守ってみせます」
「真緋ちゃん?」
梓先輩が聞く。いつもよりか真剣な真緋に驚いているのだろう。
「会長。花恋をあたしのクラスにいれてください」
「え? でも」
「お願いします」
戸惑う会長に真緋が珍しく頭を下げた。
――やっぱり真緋には特別な事なのだろう。
「まぁそこまで言うならそうしたいんだけど……」
「何か問題でも?」
「花恋は運動が苦手なのよね」
「……」
F組――体育科は運動のスペシャリスト揃いのクラス。体育祭での力は圧倒的で一番体育祭に情熱を燃やしている。そんなクラスに運動音痴が入っていけば、ますます友達なんか作れないだろう。
「やっぱりB組に」
「ではA組ではどうでしょう? 花恋さんは勉強ができるのでしょう?」
突然、架乃が助け舟を出してきた。彼女も一矢報いたいと思っている1人なんだろう。
「それなら問題ないけど」
「校長先生、いいですか?」
「構わないわよ?」
若すぎる校長が答える。でもそのおかげでうちのクラスには入らないんだな。俺も力になってやりたいけど、男子の俺には難解だろう。
「では、架乃さんはわたしのクラスという事で」
「あうぅ」
「じゃあ真緋。明日、放課後わたしのクラスに来なさいな。あ。奏兄さまもですよ?」
「うんっ」
「分ってまーす」
「とても心強いでしょ? おじさま」
会長は自慢げに話す。
……でもこの話だとさっきの生徒会室での会長の話は嘘か。
「ああ。やっぱり紅葉の言うとおりだな」
「頑張ってね3人共。オレも極力手伝うからさ」
「ありがとうございます梓先輩!」
「じゃあ明日は私がいないから明後日、対襲撃用の作戦会議を開くわよ。『あの場所』に集合ね」
「了解です」
「それじゃあ解散っ」
――こうして俺たちと九条花恋の付き合いが始まったのだった。
しかしこの時の俺はまだ知る由もなかった。この子が修羅場のTriggerになるなんて……。