少年とシャッター街
僕は大人になんかなりたくない。
だって大人は僕の話を全然聞いてくれないし、仮に聞いてくれたとしても、信じる事をしてくれないから。
僕の周りには色々な大人がいる。
家族や学校の先生だったり、掛かり付けの小児科の先生だったりと、数を挙げれば数え切れない程の大人が、僕の周りだけに限らず、地球全体には腐る程いるのだ。
そう思った時、僕は心の底から落胆し、絶望した。何処に行っても大人がいるなんて考えただけで頭が痛くなってきて、吐き気まできてくる。
もっと悪い事に、後数年もすれば、僕もそんな大人の仲間入りをしてしまう。これは、僕がどんなに頭を働かせても変える事が出来ない普遍の事実だ。その事実が僕の頭と心を掻き乱し、混乱させ、思考を停止させてしまう。
そして僕は学校を抜け出した。
家に帰るでも、何処に行くでもなく小さな街を陽が傾き始めるまで彷徨った。
商店街を通った時の事だ。
シャッターの降りた店舗が数多く並んだ、この商店街には活気もさることながら、大人の姿も皆無だった。
昼間だと言うのに、ここには寂しさだけがあった。僕は大人を嫌いなように、寂しさも好きじゃない。と言うか、皆そうなんじゃないだろうか?
孤独は人を強くする。逆に守るべき大切なものがあると、人はそれを守らねばならないという責任感だったり義務感からくる圧力に耐え切れず、押し潰され、弱くなり、幸せは遠のいて行く。
僕もそう思っていた。
僕の両親がまさにそうだったから。
僕を引き合いに出しては、喧嘩を始める両親を見ていて、僕は思った。
この人たちは、きっと僕が存在しなければ、喧嘩などする事なく、幸せな夫婦生活を送れたのではないかと。
これは僕の一方的な解釈であって、両親はそう思っていないかもしれない。
でも、きっと心の奥深く。
愛情よりも深い場所では、僕の存在を邪魔だと思っている。たぶん、そうだ。
ーーシャッター街を歩いていると、目の前に、ふと見慣れた後姿を見つけた。
地面に着いてしまうのではないかと、こちらが心配に思ってしまう程の長い髪をした女性。そう、僕のクラスの担任、朝霧先生だ。
何故こんな所にいるのかは大体予想がつく。五時限目の途中に突然席を立ち、学校を抜け出した僕を追ってきたのだ。そうに違いない。と言うか、それしか考えられない。
自然と頬が緩んだのを感じた。
朝霧先生の後姿を見ながら、僕は笑っていた。それは好意的な笑みではなく、嘲笑そのものだったような気がする。
キョロキョロと辺りを見回している先生の表情には汗とともに焦りの色が浮かんでいる。
きっとこう思っているのだろう。
『大人しかったあの子が、何であんな事を……』
そしてこうも思っている。
『早く見つけないと責任問題になる……どうしよう……』
これも憶測に過ぎない事なんだけど、と苦笑が漏れる。誰しもがそうなのだ。
何かを始める時は打算で動き、自分に火の粉がふりかかるような事案が持ち上がると、保身の為に、兎に角駆け回る。
何度でも言う。
だから僕は大人が嫌いで、大人になりたくない。社会の歯車に成り果て、しがらみに囚われて、周りに気を使っているアピールをしなかまらも、裏では自分の事しか考えない。
「僕は大人になんてなりたくない」
でも僕は知っている。
そんな大人を蔑み、見下し、嘲笑している僕は、今僕を必死の思いで探し回っている朝霧先生よりも、もっと醜悪な大人なのだと。
ーーその後、僕は呆気なく朝霧先生に見付かり捕まってしまった。
朝霧先生は目に沢山の涙を溜めながら、僕を抱き締めた。
「よかった……本当によかった」
耳元で囁かれたその言葉には、打算や保身といった類のものは感じられなかった。
朝霧先生の腕の中はとても暖かく、僕の意識は次第に微睡んでいった。
黄昏が降ってきていた。
時期に夜が降ってきて、街には帳が降りてきて、朝霧先生は僕を家まで運ぶだろう。
事情を聞かされた両親は僕の事をどう思うだろうか?
そう思いながら、僕の意識は闇へと溶けた。




