されど神は誰が為に在すのか
男の口から聞かされた言葉に、雄介と真理は己の耳を疑った。
「知りたくないのか?俺の先祖は……神の製造に携わっていたんだからな」
だが、雄介と真理は何も言えなかった。
あまりにも衝撃的過ぎて、思考が追い付かない。取り合えず巨漢の男から雄介と真理は距離を取り、漸く男に質問することが出来た。
「…貴様、何者だ!」
「何者とは御挨拶だな。それにな、人に名を聞く前には自分からって教わらなかったのか?」
言いながら男は巨漢の男を下がらせる。対等に話し合おうと言う構えなのか、雄介は警戒の糸を緩めず答えた。
「…俺は高瀬 雄介。こいつは幼馴染みの真理だ」
「次は貴方のターンだよ?」
男の浮かべる不敵な笑みに対し表情を強張らせる雄介は自分と真理の名前を男に告げた。その男はよく見ると雄介より年上に見えた。適当に切って伸ばした感じの黒の長髪をうなじの辺りで結び、焦げ茶の瞳をした目は鋭く蛇に睨まれた恐怖感さえ感じる。
男はその部屋にあったコーヒーサーバーからコーヒーをカップに注ぎ、雄介と真理に差し出した。
「俺は神を…機械仕掛けの神の製造に携わった技術者の一人の曾孫に当たる……九条 新矢だ。敬語でもタメでも好きに呼べ。さっきの男は俺の…、そうだな……仕事仲間だと思ってくれても構わない」 新矢と名乗る男に出されたコーヒーを雄介は警戒する。
「毒など入ってない。俺ものんでいるし、死んでもない。無糖で良かったか?」
「俺達はコーヒーブレイクをしにここに来た訳ではない。先程の骸の山、警備隊に…」
「知らせよう……などと考えない方がいい。この辺りの住人が全員…死ぬ事になる」
「……ハッタリだ!」
強く言う雄介に新矢はパチンと指を弾く。すると、何処からか目を隠した大蛇がヌッと現れ、新矢の横でとぐろを巻いた。
真理はその大蛇の正体に気が付いた。
「…バジリスク」
「正解だ」
その回答に新矢は微笑みながら言った。恐らくこの大蛇が先程の骸の山を生んだ張本人であると雄介は確信する。目を隠しているのは恐らく飼い主を誤って殺害させない新矢の措置だろう。人用のアイマスクを改造した目隠しの奥に、命を奪う悪魔の眼が存在しているのだ。
元々雄介は蛇という生き物が好きではない。元々足があった名残含めて総てが嫌いであった。それを踏まえ、バジリスクも嫌いだった。
「蛇の補食法を知っているか?」
「俺は蛇が嫌いだ」
「これ私に投げ渡しぃ?」
「種類にもよるが、アナコンダは対象の体に巻き付き、全身骨折させてそれを頭から丸呑みだ。どうだ、エグイだろ?」
新矢の蛇談議に雄介は顔をしかめ、真理は明らかな心底嫌そうな表情をする。その二人の顔を見て、新矢は話題を変える。
「雄介と真理が見た骸の山だが、あれはコイツの餌だ。人肉が好みらしい。老若男女問わず、自分が食べたいモノを食べる」
「聞いて良かったような良くなかったような……」
「……そうだな。飼い主の俺でもカニバリズムは嫌いだ」
心底嫌そうな顔をしながら言った真理の感想に新矢は苦笑いで答える。
真理と同様の表情を浮かべながら雄介は、一番始めに聞くべきだった質問を投げ掛ける。
「新矢、お前は……お前の祖先は何故神を…機会仕掛けの神を建造した?!それが元は蒸気で動く平和の象徴の人形だった事を俺たちは知っている……知っているが、俺はどうしてもそれが納得いかない」
「…何故蒸気で動く人形が、異形を喚んだ事をか?」
「それもある。だが、一体誰が何の為に異形を喚び、象徴を神にしたのか……お前なら知っているのだろう?!」
カップのコーヒーを飲み干した新矢は、手近な棚の前まで移動し複数のファイルを手に取ると、乱雑にコーヒーを乗せていたテーブルに投げやった。
見ろ、と新矢は顎でしゃくって見せた。
ファイルはどれも何年何十年も前の物であろうか、どれもこれも変色していた。それでも読めない事はなく、ファイル一つ一つに雄介と真理は目を通して行った。
総ての資料を読み終えた雄介と真理は、自分達が追っているモノがどういうものなのかを改めて認識した。
機会仕掛けの神と融合したのは大神であること、暴走を起こすよう細工した人物は明かされていないこと、そして殺しても死なない異形がいること。その三つが新矢から渡されたファイルに載っていた。他にも様々な事が載っていたが、先程の三つが二人に取って衝撃的だった。
二人が読み終えたファイルを順々に元あった場所に保管する新矢は、新しく煎れたコーヒーをカップに注ぐ。
「どうだ?」
感想を尋ねる新矢。返って来る答えを、彼はクリスマスプレゼントをとても楽しみにしている子供の様な表情をして待っていた。
しかし、雄介と真理には資料の内容があまりにもスケールが大きすぎた。故に、反応にも困っているし、何を言えば良いのか解らなくなっていた。それを理解した新矢は、自分の分のコーヒーを啜る。
「……正直反応に困る…な」
出来るだけ声を振り絞って雄介は声を出して、率直に思った事を新矢に言った。予想通りだと言うような表情をしている新矢の顔が、何処か雄介には虫が好かなかった。
同様な反応をする真理も、軽々しく神の居所を突き止めようと考えていた事を、今ここで恥じていた。その神の正体の規模が大きすぎたのだ。
「それが真実……らしい。最も曾祖父は既に他界しているし、詳しい事は俺も知らん。もう良いだろう?欲しい情報はくれてやったんだ。後は帰れ、そしてさっきの死体の山は忘れろ」
いいながら新矢は雄介と真理に見えない様に、バジリスクのアイマスクを外していた。後ろ手にバジリスクにサインを送り、新矢はカップのコーヒーをゆっくりと飲み干していく。
静かに動くバジリスクは床をはいずり回り、雄介と真理の視界に入ろうとしていた。
もう少し、後少しで邪魔物が消える。
しかし、新矢の期待は見事に外れてしまった。バジリスクが視界に入るより早く真理が朱雀の引き金を引いて、雄介がバジリスクの首を撥ねた。死んでしまってはバジリスクの眼の能力は消え去る。
「……何故気付いた?」
飼っていた異形を殺された新矢の問いに、雄介は言った。
「俺達は仮にも異形狩りだ。こちとらここに来る前にはやべぇ奴相手にしてたから……いくら音を消しても気配がするんじゃ意味ねーよ」
バジリスクの撥ねた生首を刀に刺し、飼い主であった新矢にそれを向けた雄介はそう答えた。
今まで新矢が襲わせたのは、異形狩りでもないただの一般人。それも、研ぎ澄まされた感覚も何も無い無力な人間を、新矢はバジリスクの餌にしていた。ある者は浚い、ある者は巨漢の男に襲わせ、またある者はバジリスクが能力で直接殺していた。
バジリスクの亡きがらを前に、新矢は先程の巨漢の男を呼び出すと、観念した様子で二人に言った。「……警備隊を呼んでくれ。手を焼かせっぱなしの厄介者が死んだ今、ある意味俺は自由だ」
「………真理、警備隊を呼んでおけ」
「ヤイヤイサー!」
その後、警備隊が真理の連絡を受け新矢と巨漢の男・藤本 ゴンザレスは逮捕され、一連のメデューサ事件はバジリスクのものとされ解決された。が、警備隊には神に関する資料は渡らなかった。警備隊が来る前に、新矢が雄介と真理の目を盗んで灰にしてしまったからだ。
そして、雄介と真理に案内され地下の沢山の遺骨を警備隊は後に遺族に渡し、後に供養された。
警備隊の事情聴取とバジリスクの換金を終え、さらに今回受けた依頼は完遂された事となり、その上金以上の価値がありそうな情報を手に入れてしまった雄介と真理は電車に乗り、次なる目的地である草津を目指していた。
駅の掲示板に草津での異形退治の依頼書を見付けた真理は、それを雄介に見せる様に差し出した。
「……草津の温泉街に…九尾の狐?」
「そ、何かそこでまた聞けたりしてさ」
確証も無く草津で神の事が聞けるだろうと言う真理に、雄介はもう突っ込むのさえ諦めていた。むしろ雄介自身今は真理と同じ考えを持っていた。
機械仕掛けの神の事と、雄介の刀の事。もしかしたら草津でその二つの事が聞けるのでは無いかと、淡く期待していた。
車窓から流れる景色を雄介はただボウッと眺め、鞘の上から刀を握り締めていた。
続く