されど眷属は骸と踊る
今回から、キャラ紹介はある程度話が進んでからにします。
ツキジを出て、早三週間。雄介は目の前の現実から逃れようか、それとも対処するべきなのだろうかを悩んでいた。
歳の四分の一程の子供の様に、地べたにねっころがりながら、両手足をバタバタと振って駄々をこねる真理の姿が雄介の視界に入っていたのだ。
「………飽きないのか、そればっかで」
「だってだってだって〜〜…!!!」
何故こうなっているのかは、2時間以上前に遡る。
保存食料をサッポロの付近にある港町で仕入れて直ぐの事だった。
とある店のショーウインドーに飾られていたあるものに、真理は見取れていたのだ。気になった雄介がその飾られていた物を見て、溜息をついた。
「……買わないからな」
「まだ何にも言って無いよ!」
「……なら、その口から出る唾液は一体何を物語っているんだ?そして目線は何故俺ではなく、ショーウインドーの中の物に向けているんだ?」
真理の視線の先にあったのは、あるブランドが新作として出したブーツだ。海外からの輸入品でもあるわけで、値は先日雄介が換算したハーピィの三十倍は軽く越える値段であった。
それを見て頭を抱えた雄介は、一応財布の中を確認した後、真理の手を引っ張ってサッポロを無言で去って行った。
「ねぇ、財布見たのに何で買ってくれないの?」
「………中身はあれの十分の一だったから無理。買えない。買ったとしても旅には無用だ」
雄介の発言にぶーたれる真理だが、名残惜しそうにショーウインドーの中のブーツに目を遣り、先行く雄介の後を追った。
そして冒頭に戻る。
駄々をこねる真理を、雄介はどうしようかと悩んでいた。無理にでも先程のブーツを買ってやろうか、この場で捨て置くかと二つ悩んでいた。
手持ちの金はそんなに多くはない。かと言っても、すぐ近くに異形がいる訳でもない。
「………さて、どうしたもんかね…」
鞘に包まれている愛刀を撫でながら、雄介は周囲を見回し二度三度ため息をついた。
運よく異形の大移動の時期である事を思い出したが、それは今雄介がいる場所から離れたワッカナイ付近だ。三ヶ月に一度、有翼系の異形が満州から日本に繁殖の為に訪れる事が多々あるが、何故か北方の土地を好んでいる。今雄介と真理がそこにいるが、今日がその日かは定かではない。
気候が彼等にとって優れているのか、天敵が少ないのか、様々な憶測が学会で舞ったが明確な答えは出されていない。何せ異形だ、人間の常識が通用するハズが無い。
「確か新作だったんだろ?出てすぐにまた別の新作が出るわけ無いんだ。またコツコツと貯めりゃ良いだろ?」
「そんなこと言って……また新作出た時には私はどうすれば良いのよ!その時は責任取ってよ………お腹の赤ちゃんの…」
「今お前を慰めようとした事を後悔した。あとお前まだ処女だろうがよ。そうだよな、簡単に落ち込まないよな、どこかでお前ボケを放り込む奴だったよな」
腹部を摩りながらボケる真理を慰めた事を心底後悔した雄介は、俯きながら右手で顔を被った。
その後、ケロッとした表情で歩きだした真理と少々表情を歪めた雄介は、次なる街・日光へ向かう為、鉄道に乗り込んだ。
目的はそこに最近突如現れた異形討伐だ。乗り込んだ駅の依頼掲示板に載っていたそれには、異形の姿形がある程度記載されているはずなの、どうやら目撃した人間は殆どその異形に捕食されているらしく、曖昧な事しか書かれていない。 列車の座席で依頼書を難しい顔で覗く雄介とは別に、真理は日光行列車名物の『三猿弁当』を既に三つも平らげていた。今も四つ目の弁当を食べ始めていた。
「何でこんな依頼引き受けたんだ、俺は?」
「難しい事考えないでさー、おべんと食べよ?ほら、雄介の分」
「弁当は頂くが、楽観過ぎんだろ?少しは緊張感持てよ」
「今はおべんと食べて、体力付けなきゃ、後でへばっちゃうよ!」
「………こいつに緊張感は無縁だったか。ん、この唐揚げ…旨いな」
雄介と真理を乗せた列車は定時通り日光に到着した。山の麓の駅に停車した列車から雄介と真理は改札を出、異形が目撃されたという日光社寺の付近へと歩きだした。 付近が海だったツキジと違って、ここ日光は木々が生い茂りかの徳川 家康公縁の地である。列なる杉並樹を抜け、現場に到着する。そこには、石で出来た人の石像だった。それも、造型もリアルでつい先程まで生きていたかのような感覚を雄介と真理は覚える。
一体だけかとおもいきや、見回すとゆうに二十を超えていた。その石像の足元には花束が添えられていた。
「…これって、メデューサ……だよね?」
真理は知っていた。その異形の存在を。
メデューサとは、髪の毛の一本一本が生きる蛇になっている女性型の異形である。メデューサに睨まれた者は、その悍ましい顔に恐怖を覚え体中が震え、振動が細かくなり体が石化してしまうという。対処法は無くは無いが、今回の依頼に雄介が依頼書を初めて見た時に感じていた違和感が一気に解決した。
それは目撃情報だ。曖昧なのも、それは目撃者の殆どが石化してしまうという事だ。運よく逃げ切れた生存者の証言がメデューサ自体を見ていないからであろう。
石化される直前に断末魔の叫びだけを聞けば、捕食されたという情報が入るのも間違いない。
「真理、対処法は?いくつ考えてある?」
「鏡越しとか、サングラスをかけるとか、寝ている時……後はえぐいけどね、目を潰せばいいんだよ♪」
「嬉々として言うな」
雄介は律儀に真理に突っ込みを入れ、周囲を見回す。この石像が元の人間であれば、花や酒、菓子の類等を添える者がいる筈だと。しかし、この近辺でメデューサが目撃されているからか、人の姿どころか、鳥や獣の姿が見当たらなかった。
装備もまだ充分で無かった為、二人は足早にその場を去り、今日泊まる宿を探した。
「何…?メデューサを倒しに来ただと?」
宿主はチェックインをしている雄介に対し、そう言った。
「そうです…けど?」
そう答える真理だが、宿主は顔中に汗を大量に溜めて二人に言った。
「悪い事は言わない。あんたら見た処フリーの異形狩りだろ?人を石にする異形はな、討伐に出た一個中隊を壊滅に追いやる程なんだぞ!命が惜しかったら、観光するだけして後は帰れ!」
その宿主の剣幕から、人を石にする異形……メデューサが如何に凶悪かが窺える。
彼は顔中に汗を溜めながら語りだした。
その異形が現れたのは、今から数か月ほど前だという。目撃者は殆ど石に変えられている為、それが本当にメデューサかどうかは分からないが、石に変えられるという点では、メデューサだと確信できた。ただ一人、後ろ姿だけであったが確かに頭部には十数匹の蛇が纏わり付いていたそうだという。
「……あんたら、バウンティーハンターだろう?そいつを狩ろうだなんて思うなよ。何せ見付かったら最後、石にされちまう」
宿主の言い分に、雄介と真理は一度目を合わせて宿主に言った。
「……そうだとしても、俺らは俺らのやりたいようにやるだけだ。おっさん、忠告ありがとうよ」
言うだけ無駄か。そう思った宿主は部屋の鍵を一つ雄介に差し出した。鍵一つに対し、雄介は宿主に今しがた生まれた疑問を尋ねた。
「おい。部屋は二つ用意出来ないのか?」
「すまないが、今日はあんたらで最後。満室って訳だ」
「わーぉ!」
「……喜ぶなよ」
部屋が一つしか残っていなかった事に喜びの声を上げる真理に、雄介は目頭を押さえながら落胆する。
観念したのか、雄介は宿主から鍵を受け取り指定された部屋へと向かった。鍵に記されていた部屋番号は、通路の壁にかけてある地図によると最上階五階の東側。日が昇る時には真っ先に照らされる部屋の様だ。
旅館の外装は純和風の造りとなっており、部屋数も一部屋一部屋和室造りだと宿主は言う。
部屋に到着すると、雄介は荷物から古い書物を取り出し、ある項目を探していた。それが何なのか、真理は理解していた。
「……メデューサのページを探しているの?」
「まぁな。対処法……寝ている内に首をかっさばく、目を遮るものを使用する。その二つ……っていうけど、実際にそれで倒したって事例聞いたことあるか?」
「ちょっち待ってー」
雄介に言われ、真理は懐からスマートフォンを取り出し、器用に操る。
ブックマークページから特定のサイトへとアクセスする。やたらファンシーチックな創りをしたサイトだが、敢えてそこは気にせず真理はメデューサの項目を検索する。目当てのページを見付けると、その項目から討伐数を閲覧する。
因みに、このサイトはギルドが運営しており、何故ファンシーチックなデザインなのかは不明である。
「ありゃっ?」
「どうした?」
「えー………っと、ギルドには…そういう報告上がってないみたい。っていうか、存在自体怪しくない?ってな感じ」
「おいおい……この御時世存在しない異形がどこにある?」
「ここにある」
そう言って真理は雄介にそのスマフォの画面を見せた。彼女の言う通り、メデューサの項目はあれど、実際に討伐されているという報告は上がっていない。難易度を表すランクは書かれておらず、トップの画像の隅には、
『この画像はイメージです』
とだけ。
何処かきな臭く感じた雄介は列車に乗る前に受けた依頼書に再び目を通した。石にされたのではなく、捕食されたとだけ書かれてあり、石にされたと思われる人間だった石像はどれも断末魔の叫びをあげるというよりも、観念したかのようにどれも質された姿勢で立っていた。そして、雄介はチェックインの時を思い出し、真理に確認を取った。
「何かが……おかしいな?」
「何が?」
「この依頼書には、石にされた犠牲者は書かれていない。そして、さっきの人の石造。どれも気を付けの姿勢をしていたし……」
「そういえば………そだよね」
「依頼書には詳しい異形の詳細が無い。依頼書の犠牲者の数と石造の数が何故か一致するし、データに無いメデューサの存在を強く主張するあの宿主。一体何がどうなっているんだ?」
先ほどの宿主は雄介と真理にこの辺りに出る異形がデータに無い筈のメデューサである事を強調しているように喋っていた。
石造を前にした時に解決した筈の違和感は、また別の違和感となって雄介に取り付いた。
因みに、異形狩りが宿などで宿泊する際には依頼書を宿主に見せる事で宿泊料が軽減出来るのだ。このシステムはギルドによって制定された物で、収入が不安定な異形狩りには大助かりである。
その夜、宿主は松明を手に宿からある場所に向かって歩き始めた。途中何度も周囲を見回しながら、目的の一軒家に到着する。二度ドアをノックした彼は返事を待たずドアを開き、中に入った。
「……また新しい獲物が来たのか?」
一軒家の主であろう男は、入って来た宿主に対してそう言った。頷く宿主の反応に男は口角を吊り上げ、ほくそ笑んだ。彼の足もとには角を持った一体の大蛇がとぐろを巻きながら、舌をチロチロと動かしていた。その蛇の名はバジリスク。固有能力はメデューサと同じものとされているが、このバジリスクは主と宿主を視界から外していた。
「旦那の言う通りにしました。あの曖昧な依頼書のターゲットの異形をメデューサだと思い込ます様に」
「面倒くさいと思ったか?」
「正直必要なのかと」
「公式にいる筈の無い存在が実際に居る様に思わせて判断能力を少し低下させる。それだけだ」
主の言い分が理解できない宿主は、懐中時計に刻まれている時刻を確認すると主に一礼し、自身の寝所である家屋へと向かった。入れ代わりに、筋肉質の巨漢の男が主に一礼し報告を述べた。
「また、新しい石像…作った。剣の男と銃の女」
「今日来た異形狩りの男女だな」
主の確認に巨漢の男は首を縦に振った。
「随分と早かったな」
「俺、一度見たモデル…忘れない。すぐ形に出来る」
「なら今日はもう休め、明日にはバジリスクに始末させる。そうしたらお前の出番だ」
頷いた巨漢の男は扉を空け、闇夜に消えて行った。
残った主はバジリスクの頭部を愛おしく撫で回し、窓から差し込む月光を浴びていた。夜空に浮かぶ月を眺めながら、主は呟いた。
「我が魂は…神が為に」
主は神の名を呟くと、バジリスクの頭部を撫で部屋の奥へと消えて行った。
同じ頃。雄介はベッドの縁に腰かけ頭を抱えた。別にベッドの張りが悪い訳でも寝苦しい訳でもない。部屋に備えられたシャワーの出が悪い訳でもなければ、すき間風が流れている訳でもなかった。
単純な理由は一つ。
よりによってベッドが二つではなく一つ、それも大人二人が並んで横になれる程。そのベッドで成人の未婚の男女が共有しているこの状況に雄介は頭を抱えていた。
「よりによって何でぐっすりと眠れるんだよ真理は」
やや無神経というかなんというか、無防備に就寝できる彼女に雄介は感心と呆れ半分の感情を抱いた。一息溜息をつくと、視界に雄介の刀が入った。以前ハーピィ、ケルベロスを仕留めた晩に名前を考えようとしたが結局は決まらなかった。
眠れるまで名前を付けておこうと考えた雄介は早速思考を廻らせる。
刀身には十七の属性が彫られている。なので『十七文字』と言うワードが浮かんだが、それでは直球な上にダサ過ぎた。今度は『属性刀』という名前が浮かんだが、これといって納得は出来なかった。
ふと、雄介の脳裏にある物語が浮き上がってきた。『南総里見八犬伝』という物語だ。同作には『妖刀村雨丸』だったか、一振りすれば水が滴るという太刀で真の所持者が握れば刀身に『仁義礼智忠信考悌』の八文字が浮かび上がるという謂れがあった。
「今の所妖刀らしさも見当たらない……取り合えず保留にしておくか」
言うと雄介は真理から少し離れた位置で深い眠りに堕ちた。
翌朝。宿屋から雄介と真理が出てきた。
「ひとまず情報収集が最優先だ。よく考えると、サイトにメデューサの画像と討伐報告が無いのは多分いるんだけど見つかって石化、もしくは倒せず石化だけど……」
「昨日見たのは人工だね。多分」
「俺は昨日見た石像を見てくるから、真理は其処等で情報収集を頼む」
「あいあいさー!」
二手に分かれ、それぞれの役割を開始した。
その二人を宿主は宿の窓から覗き見ていた。
「……そろそろ、計画に移すとするか。旦那の計画に」
宿主の企みも知らず、雄介と真理は人ごみの中に消えていった。
続く