されど剣は誰が為に振るうのか
振り下ろされた剣は異形の生物の四肢を切り裂き、突き付けられた刃先は脳天を捉え貫いた。
異形…百年前の大正時代から現れた存在。その姿は例えるならば、ケルベロスを始めとした神話の中の生物や空想上・架空の生物を模していた。いや、それそのものなのだ。先程脳天を貫かれたハーピィもそうだ。
その死骸を背に、青年は右手に握り締めた日本刀を鞘に収め歩きはじめた。
「………」
幾らか歩いた所で青年は鞘を掴み構えを取り、後ろを向きながらそこに居るであろう存在に声をかけた。
「出ろ。いつまでついて来る気だ?」
その存在は岩場の影から現れ、何処か罰の悪い顔をしていた少女は青年と同い年位で両太ももと背中にそれぞれ二丁の銃が装備されていた。
正体が解った青年は構えを解き、苦い表情をして頭を抱えた。
「……またお前か…。いつまで俺の後をついて来る気だ?」
「にゃっはは〜……ばぁれちゃったぁ〜…」
少女は青年の元へと小走りで近付き、青年は振り返り先を急いだ。
二人が歩いているのは、大正時代に帝都と呼ばる都市だった荒野だ。
二人の男女の内、青年の名は高瀬 雄介、二十歳。刀鍛冶の父と貿易商令嬢の母との間に生まれ、生まれて直ぐに母に父共々捨てられた過去を持つ。父から刀鍛冶のイロハを受け継ぎ、自身の納得のいく刀を作り上げ現在異形討伐の旅をしている。
少女の名は猪瀬 真理。二十歳。公爵家令嬢なのだが、家のしきたりに嫌気がさし家宝の四聖銃と共に家出し幼馴染みである雄介の旅に付き纏っている。
雄介自身彼女の事は嫌っていない。むしろ嫌っているのは彼女の両親である故郷の公爵である。公爵は異形が蔓延っている世の中自分達だけが生き残れる様な仕事しかしていなかった。その上集落に異形が侵入した際に住民に異形討伐をさせては自分達は城の地下のシェルターでのうのうと討伐完了の時まで隠れている。
雄介も真理もそんな公爵に嫌気がさしたのだ。今この世では、異形討伐は一種の職業として成り立っている。殺した異形の一部を役人に見せ賞金を貰う仕事だ。その他には武器鍛冶屋も職業の一つであり、出来上がった武器は貿易商に回し収入を得ている。
この御時世、異形は減る一方には無かった。それは今でも機械仕掛の神が呼び続けているのだ。
「……さっきのハーピィの報酬も欲しい所だ。次の街は何処行きゃ……」
「だったら西に港町ツキジタウンがあるからそこでさそのハーピィの生首差し出せば良いんじゃないかな?」
「街の相場で賞金が決まる御時世だ。前の街だとハーピィ一体につき五万だったから……最低でも1.1倍だったらいいんだけどな」
街によって賞金の相場や名称が違う異形。例えば街Aで異形と呼ぶのに対し、街Bでは異物と称している。中には異界の厄介者、招かれざる客等と称する地域もある。
西の港町まで二日かかると真理は言うが、雄介は怪訝そうな顔で真理に返していた。
「ノンストップで行けば二日で着けるよー」
「ちょっと待て。本当にいつまで俺に付いていく気だ」
「腰が落ち着けるまで」
「具体的にいつまでだ」
「無論。死ぬまで」
「何処の牙突だ」
最早漫才と化した二人のやり取りは幼い頃から繰り返されており、当人同士違和感は無いと言う。
夕暮れ時には樹海を横断していた。港町までの近道だと言う。
すると何を思い出したのか真理は手を叩き、それに気付いた雄介が振り向き彼女を見た。
「おい、どした?」
「いやぁこれ話すと……色々と命の危機って言いますかぁ、言った方が良いのか悪いのか……」
「はっきりしろ。っていうか寧ろ何だ?」
「実はね、前の街覚えてる?」
「前の?確か、ロケットが盛んだった街か。そこでどうした?」
「いやぁその街でね、気前のいいおばちゃんが言ったのよ。今この樹海ってー」
「この樹海が?何だって?」
「ケルベロスとオルトロスが夜な夜な旅人を食い荒らすっていう樹海だってさー………」
真理が言い終えると同時に、三首と二首の狼が茂みから勢いよく飛び出し雄介達に襲い掛かる。
牙が迫る瞬間、二人は軽やかなステップで避けるとそれぞれ武装を展開し戦闘を始めた。
「っの馬鹿!何なら旅立つ前に言えや!!」
「しょうがないでしょー!あのあとこってり忘れちゃったんだもん!」
「それを言うならすっかりだ!!」
言いながら雄介は抜刀した刀を振るい、三首二首並んだ首を根本から切り落とし、言い訳する真理は四聖銃の内の朱雀と白虎を持ち朱雀から炎の弾、白虎から風の弾を撃ち出し脳天を捉える。
ケルベロスは御存じ三つの首を持った狼であり、地獄の番犬としてギリシャ神話では語られている。
もう一方のオルトロスとは二つの首を持った狼であり、ケルベロスとは兄弟関係を持つとも言われている。
因みに、神話や物語によって二足歩行か四足歩行かに分かれている。
首を切り落とし、脳天を撃ち抜く雄介と真理はちゃっかりそれぞれの部位を回収し、体力が疲弊しない内に逃走する。
その際追って来られない様に真理が懐から激臭のする煙幕を張り、ケルベロスとオルトロスの嗅覚を麻痺させた。
「何えげつないモン持ってんの?!」
「痴漢撃退なのよねん」
「少し臭い移ったか?」
「宿で洗い流せるよ。その時は御背中流しても宜しい?」
「嬉しいけど阿呆か!」
因みに先程ケルベロスとオルトロスが襲撃したのは、雄介の隠し持っていたハーピィの頭で、その臭いに反応したらしい。
港町に到着するより早く日が沈み、現在三日月が空に浮かんでいた。
道中で釣った鮎や虹鱒を串で刺して丸焼きに調理した雄介は明日やるべき事を真理に言った。
「取り合えず明日、日が暮れる前にツキジに到着してハーピィ・ケルベロス・オルトロスの換金するか」
「儲け儲け♪」
「だとしてもハーピィのとり分はやらん」
「いーもーんだ。取り分の半分くらい貰うけど」
「全額でも半額でもやらん」
ボケとツッコミのキャッチボールを終え、真理が先に就寝する。
生きるもの総て寝ている時ほど隙が大きい。そこを異形が狙う。己の腹を満たす為に。そうならない為に、旅をする者の殆どは複数人でパーティーを組み交代で就寝し見張る。因みに一人旅の場合、パーティー組と比べて生存率が四分の一以下であったりする。これは野宿の際見張る役割が無い為、当人が寝ている間に美味しく戴かれてしまうのが多い。
愛用の刀を鞘からゆっくりと抜いた雄介は刃に彫られた文字を指でなぞった。
「"龍無超幽水炎草氷悪闘雷虫鋼土風岩毒"……これが何を意味するんだ…?」
実はこれらの彫られた文字は刀として完成したその瞬間に自然と浮かび上がったのだ。
「さてと、これが何を意味する事やら………」
ゆっくりと鞘に刀を納め、薪の火を着け、眺めた。
今も尚増え続ける異形。それを尚も呼び続ける機械仕掛けの神。だがそれら以前に雄介には幾つかの悩みがあった。
真理がストーカー並について来る事や、機械仕掛けの神を倒すのが正解なのか等ではなく、それ以上の悩みがあった。
「そういえば、刀の名前決めてなかったな。親父が作り上げた時何かほざいてたけど………何て名付けようかね」
名は体を表すと言うが、見た目日本刀に十七の文字が彫られているだけである。それに見合う程の名前が付けられていないのが、雄介に取って大きな悩みだった。
ついでだから今のうちに付けておこうと考えたのか、浮かび上がった単語が彼の脳内に散らかっていた。
ついには面倒臭くなったのか、そのまま夜が明けるのを待った。
朝焼けと同時に真理を起こしてそのまま西の港町へと向かい、歩きだした。
朝早い事もあるだろうか、異形の殆どはまだ就寝中だ。多くの異形は人間よりも起床が遅いタイプであり、その分夜遅くまで活動している。逆のタイプも存在する訳で、ヴァンパイア系統が主である。道中くだらない会話を続ける雄介と真理は自分達以外の同職の二人の男女と出逢う。どうやらその人間も同じく西の港町へ所用があるという。
行き先は同じだから自己紹介をしようと真理がそう言い、自分から自己紹介を始めた。
「私猪瀬 真理、二十歳でーっす!」
「高瀬 雄介。同じく二十歳」
「岡田 良太郎だ。よろしく。歳は三十」
「妻の岡田 凪子よ。歳はとっぷしーくれっと」
仕方なく渋々自己紹介をする雄介と、普通に自己紹介する岡田夫妻。
夫婦で揃いの鎧に槍を見て雄介は彼等が何処かの旅団の兵卒だと推測するが、真理だけは雄介と違う推測を語った。
「ご夫婦揃ってペア装備ですか?」
「馬鹿かお前は」
全く的外れな回答の真理に突っ込む雄介。この時彼は真理の額にデコピンを軽く食らわしていた。
受けた場所を摩る真理を横目で見ながら、雄介は正解かも知れない推測を語った。真理の非を詫びる事も交えて。
「先程はすみませんでした。間違っていたら申し訳ありませんが、どちらの所属で?」
「語るに、君達はフリーって訳だね?」
「まぁそうなります。古い言葉で賞金稼ぎって奴になりますかね」
「僕たち夫婦はある騎士団の末端だよ。この歳で近衛兵目指しているけどね」
「何処の騎士団かは聞きませんが、何を目的に港町・ツキジへ?」
「明後日にはそこの狩猟団長へうちの隊の隊長が挨拶に向かうから、ツキジの治安を確認にね」
日本では狩猟団を始めとした異形討伐隊の団長・首領・隊長クラスの人間は定期的に会合する制度があり、様々な情報を交換し、兵士や隊員を派遣するのもその会合で決められる。
ただこの会合はそのクラスの人間だけで話し合うのだ。それまでは部下達は他の隊との交流や、鍛練等をするという。
「今回の会合では、君達の様なフリーや僕らの様な兵士の試験をいつ何処でどのように開催するかを決めるらしいんだ。この御時世、独学でフリーになる人多いからさ」
「そのどフリーの俺が言うのも難ですが……正直フリーになるのに試験って、必要ですか?」
良太郎の言う試験に疑問を持った雄介がフリーになる為の資格は要るのかを彼に問う。当の良太郎は、恐らく末端には詳しく聞かされていないのか、曖昧な返事しか返さなかった。
「その事なんだけどね、さっきも言ったように僕らの様な末端には詳しく聞かされて無いんだ」
「……ならそれまで独学でフリーになった俺や、奥さんと現在進行形でお喋り中の真理なんかは…その試験を受けるべき何ですか?」
「や、それは無いと思うよ。対象者は、これから異形狩りになろうとする人限定みたいだし」
そんなものかと納得する雄介は、目の前を行く真理と凪子がこちらへ手を振っているのを視界に捉えていた。あの様子から察するに、ツキジは目の前なのだろうとふと思う。
日はそろそろ沈む頃だった。
ツキジに足を踏み入れた四人は区役場へと向かい、雄介はハーピィとケルベロスの生首を、真理はオルトロスと同じくケルベロスの生首を差し出した。
「現在の相場では、ハーピィ2000円、ケルベロス7500円、オルトロス7250円になります」
「ってことは……俺の儲けは9500円。つか、前の街よりハーピィの賞金下がりすぎじゃねぇかよ」
「ちぇー、7250円かぁ。よしっ、今夜の宿代雄介持ちねっ!」
「立ち直りはえぇなぁおい」
因みに、良太郎と凪子はいない。既にこの街の狩猟団長の元へ足を運んでおり、雄介と真理が区役場に向かう途中で別れた。
区役場から出て、宿屋を探す雄介は、後ろを歩く真理に声を掛けた。
「で、明日はどうする?」
「おや?その口ぶりでは私と一緒なら何処へでもって思っちゃってます?」
「質問に答えろ」
「そうさねぇ…。神でも、探しちゃう?」
いきなりの真理の発言に、雄介は歩みを止めた。
機械仕掛の神の所在は、誰も知らない。
百年前に異形を呼び寄せてから、その姿を眩ませていたのだ。何処で、どのように、何処から異形を呼び寄せるのも誰も知らない。そもそもどのような姿をしているのかも、どういった経緯で作られたのかも百年経った今でも知られていない。
「神を探してどうする?そもそも誰も見たことも無いんだ。文献すらもない」
「別に見付けてやっつけようなんて思ってないよ。ちょっとした興味本位、かな?」
「倒した所で異形がいなくなるとは限らないしな。どんな姿してんのかは、俺も気になるが………」
再び歩きだした雄介は、昇りはじめた月を見上げながら、言った。
「……少なくとも、ありがてぇとは思いそうにもねぇな」
続く
今回のキャラファイル
No.1 高瀬 雄介
年齢 20歳
性別 男
使用武器 十七の文字が彫られた日本刀
詳細
今作の主人公。本編にもあった通り、刀鍛冶の父と貿易商令嬢の母との間に生を受け、後に父共々母に捨てられた過去を持つ。
異形狩りを生業とし、目的の無い旅を続けている。その旅に公爵令嬢の幼馴染みに後をつけられ、渋々旅の同行を黙認している。
容姿 焦げ茶の短髪。ツリ目で黒の瞳。ちょっとしたイケメン。身長178cm体重57kg。痩せ型。