6話
彼が出所してくるのは今日だ。
私はもうすぐ高校を卒業するころだ。
殺人及び強盗は普通最低でも10年は入っていなければならない。
それが何故、こんなにも早いのかは私にはわからない。
それに、何故か私の家のポストに彼が出所するというはがきが入っていて、差出人も不明で、少し奇妙だった。
それでも私は、そんなことよりも彼が出てくるという真実が嬉しかった。
今日は丁度日曜日で、学校も休みだ。
私はいつかのオムライスを作りながら、彼が来るのを待っていた。
彼はここに戻ってきてくれると言った。
夕方になっても、誰も訪ねて来なかった。
あのはがきが嘘なのか、それとも彼が忘れているのか。
後者の方は考えたくなかった。
彼にとっての私は、ただの逃亡生活の逃げ道だったなんて考えたくもない。
私が彼に認められていないと思うと、私の今までの生活が無駄なものに思えてきた。
涙が浮かんできて、私の心はまた冷たくなってきた。
そんな時だった。
私の心を奮わせる音が聞こえてきた。
ピーンポーン
『司郎さん!』
急いで扉を開けると、そこには少し顔つきが変わった司郎さんの姿があった。
『司郎さん・・・』
『もしかして、あれからここに住んでるのか?』
司郎さんは少し驚いたような、しかし笑顔で尋ねてきた。
『はい、私・・・ずっと司郎さんのことを待っていたんです。私高校に入りました。今は3年です。友達もいっぱい出来たんですよ。見てください』
私は嬉しそうに、この前友達と撮ったプリクラを司郎さんに見せた。
『そうか。レイちゃんが明るくなってくれて良かった。君は笑っている顔の方が可愛いよ』
『えっ、ありがとうございます』
少しだけ照れくさくなった。
ずっと司郎さんに会いたかった。
司郎さんと笑って話したかった。
何も考えずに、ただ純粋に・・・
『司郎さん。中に入ってください。私、司郎さんに食べてもらいたくて、またオムライス作ったんです』
『そうか』
司郎さんが少しだけ大人びて見えた。
『これ・・・前よりうまくなってないか?』
『わかってくれましたか?』
一口食べるなり、司郎さんは私が言いたかったことを言ってしまった。
そう、だって今は・・・
『やっとお母さんの味に辿り着くことが出来たんです』
『レイちゃんがこの家で、家族と向き合ってくれてよかった。それに、友達も作って毎日楽しく過ごしてるって聞いて安心したよ』
司郎さんはスプーンをおいてから、真剣な顔で言った。
『司郎さんにこの姿を見せたかったから・・・もう心配しなくていいって、私は毎日を楽しく過ごしてるって、伝えたかったから』
『本当は・・・少し怖かったんだよ。もうこの家にはいないんじゃないかって、もう俺とは二度と会いたくないんじゃないかってな』
司郎さんは突然悲しそうな顔で言った。
確かに、最初は忘れようとした。
もう誰とも関わりたくないって思った。
だけど・・・
『司郎さんが私に勇気を与えてくれたんです。そんな恩人に会いたくないわけ、ないじゃないですか』
司郎さんの目には涙が浮かべていた。
そして、それを隠すようにオムライスを流し込むように食べた。
やっぱりこの人は司郎さんなんだ。
『レイちゃん』
少ししてから、司郎さんはまた真剣な顔で私の名前を呼んだ。
いきなり真剣に呼ばれたので、少しだけ驚いた。
『実は今日さっきまでお袋に会いに行ってたんだ。それでここに来るのがこんな時間になってしまったんだけど、レイちゃんお袋に会ってくれたんだってな。
お袋すげえ喜んでたよ。可愛いかの・・・いや、可愛い友達が出来たんだねって』
司郎さんは恥ずかしそうに言い直した。
私がお母さんに会いに行った時にも言われたが、今思うと恥ずかしい。
司郎さんに次いで、私まで顔が真っ赤になってしまった。
『あっ、いや、えっと・・・ありがとな』
『いえ・・・』
しばし気まずい沈黙が流れた。
『あ、の・・・』
『えっ、あっ、どっかいかねえか?あの時のお詫びっていうか、色々とレイちゃんには世話になったから』
司郎さんは我に返ったように言った。
『はい。勿論』
私の言いたいことは、また今度にしておこう・・・
私が昔親友とよく行っていたところを司郎さんに案内した。
親友との思い出がつまっていて、少し切なくなったけど、また新しい思い出に塗り替えられると思うと、嬉しくもあった。
『レイちゃんは本当に明るくて可愛い女の子だね』
司郎さんはいきなりそんなことを言った。
嬉しいけど、でも何かひっかかるものがある・・・
『あの・・・司郎さん。私のこと褒めてくれたり、お礼言ってくれたり、久々に会ったからって思ってました。でも・・・何だか司郎さん。可笑しいです』
私がそういうと、司郎さんは黙って歩きだした。
私は不思議に思いながらも彼を追いかけた。
司郎さんの背中が少しだけ寂しげに見えて、私は余計に何も言えなかった。
しばらくして、公園の中で司郎さんは足を止めた。
『レイちゃん』
振り返らずに、悲しそうに名前を呼んだ。
さっきとは違う意味で驚いた。
『司郎さん・・・』
私も呟くように相手の名を呼んだ。
『実は、俺ここにいるべき存在じゃないんだ』
『へっ?』
理解出来なかった。
『俺の出所日は今日じゃないんだ。はがき見てくれたんだよね』
『はい』
『あのはがきはね。ある人が書いてくれたんだ。それで、そのある人が俺を今日ここにいさせてくれたんだ』
『どういう、ことですか?』
あの奇妙なはがきには意味があったってこと?
でも、出所日が今日じゃないってどういうこと?
あのはがきには、出所日が今日だって・・・
『俺が本当にこの場所にいられるのは、20年も先なんだ。だけど、その人が今レイちゃんに会うべきだ。そしてお袋にも会うべきだって言って』
『20年も先?』
確かにおかしいと思っていた。
でも、誰が?
『今日ここに来てよかったよ。レイちゃんの素敵な姿が見られたし。お袋も元気だった。レイちゃんにはお礼言い尽くせないよ。俺のことを待ってくれたって聞いて・・・
俺は・・・本当に俺はバカだ』
司郎さんは泣きながら言った。
私に会うために、司郎さんはここに来た。
20年もこの人とは会えない。
『司郎さん』
色んな思考が混じりあって、私は司郎さんを抱きしめた。
『ありがとうございます。わざわざ私に会いに来てくれて・・・20年だって私はあなたのことを待ちます。待ち続けます』
司郎さんは顔を上げると、私の腕を放して少し距離をとった。
『レイちゃん。本当にありがとう』
一瞬何が起こったのかわからなかった。
目の前が真っ暗になって、唇に柔らかいものが触れた。
気づけば司郎さんは後ろを向いていた。
『あ、の・・・』
私が何かを言おうとした時に、パトカーが公園の前に止まった。
『ああ、もう時間か。もっとレイちゃんと一緒に過ごしたかった。今日生まれて初めて撮った女の子とのプリクラは大切に持っておくよ』
『は、はい・・・』
『レイちゃん俺が出てきた時に、マダ君が待っていてくれるなら、さっきの・・・俺の行為に返事を・・・くれ』
最後の方司郎さんは顔を赤くしながら小声で呟くように言った。
あたしは、悲しさなどが混じっていて、その時に意味は理解できなかった。
『それじゃあね』
司郎さんがパトカーに乗ると、すぐに走り始めた。
『司郎さん。絶対に待ってますから、私待ってますから』
走りだしてから、私は叫ぶように言った。
涙は浮かべずに、笑顔さえ浮かべながら、彼に声は聞こえたのだろうか。
パトカーが見えなくなるまでじっとそこにい続けた。
『レイちゃん』
『えっ?』
振り返ると、そこには看護婦の姿があった。
『もう行ったのね』
『えっ、もしかして・・・あなたが?』
遠くを見ていた看護婦は、私の方を向いて意味ありげに微笑んだ。
10年だろうと、20年だろうと私はあなたを待ち続ける。
いつか一緒に過ごせる日が来ると信じて・・・




