3話
目が覚めると、そこには白い天井。
これは、さっきの部屋・・・
『良かった』
隣から男の声が聞こえてきた。
『何で・・・』
自分は一瞬理解できなかった。
何があった?
『お前・・・ナイフなら死ねるとか考えたのか?マジで死ぬかもしれねえだろ。何やってんだよ』
男は怒った様子だった。
何に怒っているのか。
自分が死のうが、何をしようが関係ないのに・・・
起き上がると、手首を見つめた。
不恰好に包帯が巻かれていた。
そこには赤い血が滲んで・・・
『やっ、血・・・』
何度もこんなことはやっていた。
昨日も流れる血を見ていた。
だけど、それに対して何の感情も抱かなかった。
だけど、今自分の中には確実に恐怖の感情がある。
『やだ・・・』
手首を見つめながら、様々な記憶が思い出された。
それは家族を失った時の記憶でも、家族と過ごしていた記憶でもなかった。
自分が一人になってしまった。
つまらない日々を過ごしている記憶だ。
『だから・・・お前は一回ぐらい泣けよ』
男は昨日の夜のように抱きしめてきた。
『何言って・・・』
言葉が出なかった。
本当に涙が出てきそうだった。
家族が死んだ時から涙は一度も流したことがなかった。
親友がいなくなった時も、涙は出てこなかった。
ああ、またか。
不謹慎にもそんなことしか思えなかった。
『みんな・・・何で』
何かを言いたかった。
だけど上手く言葉に出来なかった。
頬には冷たいものが何滴も流れてきた。
『ごめん。俺が・・・俺がお前みたいな奴を巻きこんじまった。俺は・・・でも、俺は自主するわけにもいかねえ。
今のお前にこんなことを話すのは不謹慎かもしれねえ。本当は何か他の言葉をかけたい。
でも、俺がそんな立場じゃねえよな』
男は笑いながら言った。
自分は何故か男の言葉に耳を傾けた。
抱きしめられていることに安心を感じた。
どうして・・・
人間は嫌いだ。
だけど、この人は・・・
それからどれくらいが経っただろうか?
自分は何の疑問も感じず、ましてやいつまでもこのままでいたいと思いながら、しばらくその状態が続いていた。
『落ち着いたか?さっきのことだけど・・・俺はここを出て行くことにするよ。お前の助けは借りないことにした』
『疑問を一つ尋ねていいですか?』
『ああ』
男は驚いたように自分の顔を見た。
何に驚いたのかはわからない。
『手術を行うお母さんの元に・・・いえ、その病院にどのようにしてお金を運ぶのですか?』
自分がそう尋ねると、男は『しまった』とでも言うような顔をした。
『すでに事は大事になっているはずです。病室ではあまりテレビを見ないでしょうから、お母さんにはその話しは
いっていないと思います。医者が言うとも思えませんしね。でも、医者は知っていると思います。ニュースにもなっているでしょう。
貴方の身元はもう割れているはずです』
男は自分の言葉に頭を抱えた。
本当にこの人はどこまでノープランで事を起こしたんだ。
自分がいなければ、この人はもう捕まっていたに違いない。
『一つだけ方法がありますよ』
『何だ?』
男は嬉しそうに顔を上げた。
『自分が貴方の代わりに病院に行けばいいんです』
男はその言葉にさっきまでの笑顔を消した。
『それはできねえ。さっきも言っただろ。お前には迷惑かけられねえ』
『でも、貴方は自主するわけにはいかないんでしょう?ここで時効が来るまで暮らせばいいじゃないですか』
『そんなこと・・・』
男は戸惑ったように言った。
きっとそうしたい気持ちもあるに違いない。
『いや、俺はそんなことは出来ない。それに、仮にお前が病院に持って行ってみろよ。お前が誰かわからなかったら怪しまれるだろ』
『その辺はどうにでもなりますよ』
男は困った顔をした。
『お前は俺がここにいることが迷惑だろ?』
『いきなり何を言ってるんですか。そもそも自分は貴方の人質のはずですが』
『もう、人質じゃねえよ・・・』
男は口ごもりながら言った。
『でも自分がいなければ貴方の考えは矛盾だらけです。貴方一人で病院にお金を届けることも、警察の手から逃れることも出来ません』
『いいきるなよ』
男は苦笑しながら言った。
自分はどうして・・・
どうしてここまでこの人のために?
人殺しは警察に突きつければいい。
どうして自分はこの人を助けようとしているのだろうか。
自分は考えたがわからなかった。
だけど、一つだけ少しわかることがある。
この人に一緒にいてほしい。ということだ・・・
『ともかく、手術は早めにしたほうがいいですから、あまり考えてる時間はありません。
しかし、貴方がどうしても自分の手を借りたくないのでしたら、絶対に成功する方法を今から考えるべきです』
男はそう言われて焦った。
自分には手助けをしてほしくないが、何も考えていなかった。
恐らくそんなとこだろう。
『今日一日待ちます。それでも貴方の意見が出てこなければ、自分は勝手に貴方のお金を持って病院に行きます』
『わかったよ・・・』
男は渋々と納得した。
何処の病院かも聞いていないのだから、自分が勝手に行くことなど出来ないのだが、男は今はそんなところまで頭が回らなかったのだろう。
自分は部屋から出ると、血で染まった包帯を外して、きちんと消毒をして包帯を巻きなおした。
傷を見ても、もう何も感じなかった。
リビングには、ナイフが地面に落ちたままだった。
今度はきちんと血をふき取った。
そしてナイフ全体を綺麗に洗い、食器棚に入れた。
調べられたところで、自分の血がついたんだから、何の証拠にもならない。
部屋に戻ると、男は壁に向かって頭を悩ませていた。
いくら考えてもこの人の頭では何も思いつかないだろう。
自分はそんなことを思いながら、本を読み始めた。
今は丁度推理小説を読んでいる。
小説の中の犯人は、こんな男とは違ってとても利口だ。
完全犯罪をいとも簡単に考えてしまう。
小説の話しなので、どんな犯罪だろうが事件はいつも解決してしまう。
世の中も小説みたいだったらいいのに・・・
自分は考えたこともないようなことを考えた。
『無理だ!!!!』
男が叫んだ。
自分の体は自分が思った以上にビクリと反応した。
『ああ、すまない・・・いや、色々とすまないんだが・・・』
男は申し訳なさそうに言った。
『何も思いつかねえ』
『だから自分の考えでいこうと言ったじゃないですか』
男はそれでも、納得しない様子でいた。
『もしも、お前が病院に金を持っていったとして、そのことでお前も疑われたらどうする?共犯者とか・・・』
『そうなったら自分が自主しに行きますよ』
自分がそういうと、男は怒っているような、何かわからない表情をした。
自分が表情で感情がわからない何てことは初めてだ。
きっとこんな状況になったことも、こんな顔を見たこともなかったからかもしれない。
『そんなことはさせねえよ。俺は俺の親の手術が終わったら、捕まったっていい。だからお前は何の罪もねえのに、犯罪者何かにしてたまるかよ』
『大丈夫ですよ。自分はそんなへましませんよ』
男は自分の言葉に悲しそうな表情をした。
『そういうことじゃねえよ・・・でも・・・本当にすまない。無事に成功したら、お前はこれからは明るい人生を送れよ』
その言葉に何かがひっかかるのを感じた。
自分の感情が揺れ動くのを感じた。
『どうかしたか?』
『えっ』
この瞬間に、自分のことも、男のことも何もわからなくなった。
今まで客観的に何でも物事を見れてきた自分なのに、全てが見えなくなった。
『この感情がわからないんです』
『感情?』
『自分が今思ってることがわからないんです。あなたの言葉に・・・』
男は不思議そうに自分の顔を見た。
自分は何を言っているのだろうか。
『どういうことだ?』
『何でだろう・・・何だか悲しい気分になっているんです。どうしてこんな感情になっているのか、訳がわからないんです』
『悲しい?それって、もしかして失敗してしまうからとか、そういうこと考えてるからじゃねえか?』
男の言葉が答えでないことは直感的にわかった。
だけど、答えは何も出てこない。
『そうかもしれないですね』
答えが出ないまま、自分はそのことを放棄した。
何故だか答えを知られたくない気がした。
こんな感情も初めてだ。
『やっぱり・・・お前がやるのはやめておけ』
男は心配そうに言った。
『大丈夫ですよ。いい策を考えますから』
『そうか』
男はマダ心配そうな顔をしていた。




