命と数
A「1人の人間の命と多くの人間の命、さてどちらが重いだろうか?」
B「命の重さは平等ではないですか?数で考えるものではないと思います」
A「なるほど、では、1人の人間と100人の人間、それぞれが死にそうな状況で、あなたは
どちらかを助けられます、どちらを助けますか?」
B「そういう極端な質問はやめてください」
A「しかしどちらか選ばなければならないのです、あなたならどうしますか?」
B「それは、答えられません」
A「では質問を変えます、あなたにとって一番大事な1人の人と、全く見ず知らずの100人の人、どちらを助けますか?」
B「それは・・」
A「あなたの答えは決まっています、あなたは一番大事な1人の人を助けます、そうですね?」
B「そうかもしれません」
A「もうひとつ質問をしましょう、1人の人間を殺した場合と100人の人間を殺した場合、どちらが罪が重いですか?」
B「それは、100人を殺した方が悪いです」
A「おや、今度は即答しましたね?なぜですか?」
B「それはどう考えても100人殺した方が悪いでしょう、誰でもそう思います」
A「しかし、命の重さは数で数えるものではないのではないですか?だとすれば一人殺した場合も100人殺した場合も同じはず」
B「しかし、う~んどうも納得できません」
A「では、こういう2つのケースの場合はどうでしょう、1人の人間が爆弾を使って100人の人間を殺たケース、もう一つのケースは100人の人間が1人の人間を何日もいたぶって殺したケース、どちらがより悪いですか?」
B「それは、、、、僕が想像するに、100人で1人を何日もいたぶった方が残酷に思えるのですが、爆弾で一瞬で死ねた人よりも苦しみは何倍も大きいと思います」
A「そうですね、その感覚は正しいと思います、ですが、数で考えると先のケースは1人の人間が100人の人間を殺し、あとのケースは100人の人間が1人の人間を殺した、
つまり『1人』が『100分の1人間』を殺したということになりますね、これって現在の刑法でいっても、罪はかなり軽くなるんですよね、不思議ですねぇ、イメージ的にはどう考えても後者のほうが残酷なのに」
B「これって責任が分散化されてるから、罪の意識も分散化されているっていう感じじゃないですか?なんか余計タチが悪いような・・いじめとかもこれと似たような問題かも」
A「さて、それでは、ラストにもう一つ質問して終わりにします。科学者10人が宇宙船に乗って宇宙を航行している途中、事故に会い、近くの星に不時着しました。不時着した星で、彼らは地球に助けを求めました、助けが来るまでに1年ほどかかるそうです。しかし、1年も待っている間に、宇宙船の中の空気は枯渇してしまいます。しかし、2人分であればぎりぎり空気がもつことがわかりました。さて、このような状況の時どうしますか?どうすべきだと思いますか?」
B「全員が助かるのが一番いいんでしょうけどね、それは不可能なんですよね・・」
A「そうです」
B「だったら、みんな死ねばいいんじゃないですか?僕はみんなで死ぬべきだと
思いますよ」
A「ほう、なるほど、それはなぜそう思いますか?」
B「結局、誰が生きるべきか死ぬべきかとか、決めること自体ナンセンスだと思うんですよ。誰かだけが生き残ることに意味なんてないですよ」
A「なるほど、この答えは人それぞれ違ってくるとは思いますが、私はあなたの考え方に賛同しますよ」