象牙色の足
青い夢を見た。暗い、曇り空の色の夢だ。この感覚に覚えがある。嫌な予感と共に、ぼくはこの夢の奥を目を凝らして見つめた。
トトトト。
来た来た。
トトトト。
嫌な感じがする。
トン。
「うそつき!」
やっぱりね。
ぼくは目の前の象牙色の細い足と、そこから伸びるオレンジ色の影を見ながら諦めの境地にいた。ぼくは昨日の夢の女の子との約束を忘れたまま眠ってしまったのだ。クマの親子の騒動の中で、すっかりと。
「昨日待ってたのに」
――ごめん。
「髪をといて待ってたのに」
――あ、ホントだ。さらさらゆれてる。
ぼくはオレンジ色の影を見ながら女の子の機嫌を直しにかかった。やっかいだとは思うのだけど、ぼくは約束を破ったのだ。こうなったら誉めて誉めて誉めちぎるしかない。
――リボンをつけてるね。
女の子は腰に手を当てた。細いリボンが髪の毛の横でゆらめいている。
「あなたが来るからおしゃれしてたのよ」
――嬉しいな。とってもよく似合ってるよ。
ぼくのしらじらしいおべんちゃらが三度目に達すると、女の子はいきなり黙った。何だか深刻な黙りかただった。
――どうしたの。
女の子はふるふると震えていた。
――どうしたのさ。
ひっく。しゃくりあげる声が聞こえた。ぼくは初めて真剣に焦った。
――泣いてるの。
女の子の裸足の足元にポタポタと水が落ちた。涙だ。見上げようとしてもやっばり、ふくらはぎより上に視線が行かない。
ひっく。ひっく。
ぼくはこういう時が苦手だ。ちょっとしたことで女の子が泣き出したときのあの気まずい空気。どうしていいか分からなくなる。
――ごめんね。本当に忙しかったんだ。
ひっく。
――いきなりクマがやってきてさ。
ひっく。
――なんと、潜水艦を壊しちゃったんだ。
「知ってるわ」
初めて言葉を発した。涙混じりではあったけど。
――大変だったんだよ。
「知ってるわ」
――なら……。
「あたしが変だからあなたは遊びに来なかったのよ」
影は手首を目元にこすりつけて涙をふいている。ふきながらなお泣き続けている。
変だから? ぼくは彼女を変だとは思ってないのに。
――ぼくはきみはとてもかわいい女の子だと思うよ。
ひっく。
「うそつき」
参ったな。猜疑心に懲り固まっている。
――本当だよ。
「うそよ。私は化け物だもの。化け物がかわいいわけないもの」
――ねえ、れんげ。
ぼくは彼女の名を呼んだ。するとしゃくりあげる声がピタッと止まった。
――きみは化け物じゃないよ。ぼくはそう思ってる。
れんげの影は両手を下ろして真っ直ぐにぼくを見ていた。ぼくはどきどきしながら言葉を続けた。
――ほんとに。嘘はつかない。
「私はね、いつもはちみつ酒貯蔵庫の中に一人ぼっちなの」
ぼくは会話の糸口をつかんでほっとした。だけどれんげは本当に一人ぼっちなのだろうか。なら、どうやってくらしているのだろう。
「私、はちみつ酒を作るの」
――へえ。いい仕事だね。
「そんなことないわ。一人で作るのだもの」
――一人で?
「誰も私の存在に気が付かないの。皆勝手にはちみつ酒が出来てると思ってるの」
――それは、残念だね。
「皆みつばちだもの。私はみつばちの姿をしてないのだもの」
――ぼくも人間だよ。だけど皆仲良くしてくれる。
「私とも仲良くしてくれるかしら」
影がもじもじと動いた。ぼくは大きく頷く。
――もちろん。
「じゃあ、あなたも?」
――もちろんだよ。
影が首をかしげた。笑っているように見えた。
「じゃあ明日こそ約束よ。来てね」
ぼくはもちろん、と言って笑った。れんげはしばらくもじもじとその場にとどまっていたけれど、
「おやすみなさい」
と呟き身を翻して去って行った。足は影を連れてゆっくりと歩いていき、やがて見えないところに行ってしまった。辺りはいつの間にかミルク色に晴れていた。
ぼくは悪いことをしたなと反省していた。誉めちぎってごまかしてしまおうとしたことも。結局れんげは寂しいだけだったのだ。明日こそ遊んであげよう。だけど、化け物っていうのはどういうことだろう。
そんなことを考えているうちに夢は覚めた。昨日と同じ、堅い穴の中で。




