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みつばち潜水艦  作者: 酒田青
みつばち潜水艦ってこんなところ
5/8

光はちみつ

 元気なブギーと共に朝食の喧騒からげっそり生還したぼくは、昨日と同じように大部屋ではちみつ酒を飲んでいた。ブギーの冗談でにやにや笑っていたその時、ブーンの悲鳴のような声でぼくらはハッと顔を上げた。

「そんなあ、無理ですよう」

「あんたがやらなきゃ、赤ちゃんたちはどうなるのよ!」

「私には無理です。無理無理!」

「やる前から無理と言うな!」

「無理なものは無理ですよう」

 この声はブーンと育児係のビイギイだ。会話はぼくたちのいる大部屋のすぐ外から聞こえる。ブギーがガッポンと部屋の扉を押して顔を出した。ふたりは大部屋の入り口から少し離れたところで羽ばたきながら浮かんでいた。

「どうしたんだ?」

 ぼくもスープのようなはちみつが中に詰まった、昨日よりずっと美味しい花粉団子をかじりながら顔を出した。ブーンは泣きそうに顔を歪め、ぼくらを振り返る。

「ビイギイさんと交代で特別育児室の係をしているビルリさんが、ご病気なんですよう。で、見習いの私が代わりをしなくちゃいけないんです」

「大変だなあ」

 ブギーは全く心のこもらない声でそう言った。ブギーにとって、根性なしは生きる価値無しなのだ。今のブーンは明らかに根性なしの顔をしている。

「私みたいなおっちょこちょいには無理です!」

「何が何でも、やりなさい!」

 ビイギイが叱るように言った。ブーンはその勢いに押されて、声が小さくなった。

「だって特別室ですよ……。何かあったら……。それに、他の熟練の育児係がいるでしょう」

「特別室が特別だってこと、あんたは全然分かってない!」

 ビイギイはまた怒った。

「分かってますよう。だから無理だと言ってるんです」

「あのね、女王様は公平なものしかあの特別室に入れないように、と言ってるの。赤ちゃんを贔屓して、他の赤ちゃんに変なものを飲ませて成長を止めたり、特別になつかせた子が女王になったら自分を高官に取り立てさせるよう企む者もいるし。あんたはいい子だよ。だから女王様に信用されてるんじゃないか!」

 ブーンはしゅんとなった。本当かなあ、と呟いた。ぼくはぽかんと二人を交互に見ていた。ブギーは呑気にはちみつ酒を飲みながら鼻唄を歌う。

 驚いたなあ。みつばちの世界にも政治的な企みがあるだなんて。

 ぼくが見てきたみつばちたちは、よっばらってるか、ご飯に命がけで突撃してるか、懸命に仕事をしているかだ。こんな話には全くそぐわない。

 ぼくはブギーにそれを言った。ブギーは顔をしかめた。

「ああ、みつばちってのはさ、大抵純粋で馬鹿ないいやつらなんだ」

 ぼくは大きくうなずいた。確かに馬鹿だ。

「だけどたまにそんなやつがいるんだ。そいつらは大抵育児係になりたがる。将来の女王様に取り入るためだ。今の女王様にも取り入りやすい位置でもあるしな」

 ――うええ。嫌なこときいちゃったなあ。

「まあな。俺も嫌だよ。こんなにちゃにちゃした奴らが仲間にいるなんてさ」

 ――みつばち、大好きなのになあ。皆いいみつばちだ。

「悪いみつばちはいる。だけど大抵何かやらかして燃料室流しになってるよ」

 ――燃料室流し?

 ブギーの顔がいっそう険しくなった。

「ああ。光はちみつや熱はちみつを作る、一番体力のいる仕事だ。明かりの少ない部屋で、ひたすら眩しい光はちみつや熱い熱はちみつを作り続けるんだ。奴らには辛いらしい」

 何だか聞くのが嫌になってきた。みつばちにも嫌な部分があるものだ。

「全くなあ。同じような卵から生まれたのに、どうして奴らはあんなふうなんだろう。普通みつばちはどんな仕事でも、仕事というだけで張り切ってやるもんだ。だけど奴らは嫌そうにやるんだよ」

 ブギーは溜め息をついた。

「人手不足で熱はちみつ造りを手伝ったことがある。俺は最高に楽しかったよ」

 ぼくはブギーの横顔をじっと見た。さすがはブギーだ。だけど皆がそんな気持ちになることは無理なんじゃないだろうか。

「だからね、あたしは出来るだけあんたの監督をする。責任が重い仕事は私がやる。それでいいでしょう!」

 ビイギイの怒鳴り声がまた耳にキンキンと入ってきた。

「はあ……」

 ブーンはうなだれている。どうやら完全に劣勢のようだ。

「根性があれば何でもどうにでもなるぞ。赤んぼたちを死なせなきゃいいんだ」

 ブギーが真面目な顔で茶化すと、ビイギイが恐ろしい目つきでこっちを見た。

「頑張ります……。ああ、ビルリさん、なんであんな無茶するんだろう。ビルリさん、食べ過ぎなんですって。何も慌てて花粉団子十個も食べなくてもいいのに」

 ブーンが恨みがましく一人ごちると、ビルリさんすげえな、とブギーが呟いた。

「あの方、きれいなんですけど食い意地張ってるんですよう」

 ブーンは絶望的な顔でこちらを見た。ぼくが何となしに笑いかけると、途端に表情が輝く。嫌な予感がする。

「ねえビイギイさん」

 ブーンが今までとはうって変わって弾けるような明るい声で言った。

「あの人にも手伝ってもらいましょうよ」

 ――ええっ。

「いいねえ。そうしようか」

 とビイギイがすぐさま答える。

 ――ちょっとちょっと……。

「どうせ暇なんでしょ?」

 ビイギイはニタリと笑う。ブーンもニヤニヤする。ブギーに至っては満足極まって爆笑している。何てことだ。

 みつばちはいいひとたちだ。だけど働かない者にはひどく冷たい。ぼくはお客さんなのに。

「さあ行こう」

 ビイギイが首ねっこを捕まえてぼくを入り口から引っ張った。

「行きましょう」

 ブーンもぼくの手をぐいぐい引っ張る。助けて、と言おうとして無駄なのに気付いた。ブギーは嬉しそうに笑って花粉団子を思いきりかじっていた。

 ぼくは諦めてずるずると二人に引きずり出され、右手をビイギイ、左手をブーンに掴まれて、遥か下の最下層まで飛んで行くことになった。

「じゃあな。お前の飯は俺が片付けておいてやるから!」

 ブギーが手を振り、扉はガッコンと閉じた。ぼくはがっくりと首を落とした。これじゃあ山姥との暮らしと変わらない。働かざるもの食うべからざるの精神。さんざん働かされたなあ。フキ採り草むしり畑仕事。仕方ない。頑張ろう。白パンも待っているし。

 ――おはよう、白パン!

 ぼくは育児室の丘の穴から真っ先に顔を出した赤ん坊を抱き締めた。冷たい。ふにゃふにゃやわらかい。まさしくパンの感触。他の赤ん坊たちも眠そうに白い頭を出す。頭を撫でると大喜びだ。

「あれえ? 赤ちゃんが誰なのか分かるんですか?」

 ブーンは六角形の部屋の手前の壁を押しながらこっちを振り返った。開いた扉の奥に光るものが見える。

 ――分からない。一番かわいいと思ったら、その子は思い出の白パンなんだ。

「いい加減ですねえ」

「あら、そうでもないわよ。あの子は昨日の子だもの」

 ぼくは自分の勘のよさに喜んだ。しかしビイギイは不満げな顔をしている。

「その子ばっかりかわいがるのはよして。赤ちゃんは皆平等よ」

 いけない。すっかり忘れていた。

「いくら似たように見えても特別にかわいい子っているものよ。それでもしらんぷりしなきゃいけないの」

 ――そうだね。

 と、突然ビイギイが派手なしぐさで声を張り上げた。

「というわけでひいきをさせないために、あなたたち二人、哺乳瓶係よ。さあ行ってらっしゃい!」

 昨日のブーンの仕事だ。それなら簡単だ。と思ったら、ブーンは扉の中の瓶を手に持ちへこたれている。

 ――ブーン、行こうか。

「あの、喧嘩は強いですか?」

 ブーンは振り返り、妙なことを真剣な顔で聞く。答えは決まっている。

 ――驚くほど弱いよ。

 にっこり笑った。もはや個性と呼ぶしかない、圧倒的な弱さなのだ。気にするレベルはとうに超えている。

 昔銀杏をつぶしたのを、ガキ大将のトウジにぶつけられたことがある。ぼくはめったに怒らないが、その時ばかりは怒った。何故って銀杏は鼻が曲がるほど臭いのだ。トウジはよく一個一個潰して、しかも素手で持ったものだと思う。この時点でぼくは笑ってトウジを馬鹿にするなり許すなりすればよかったと思う。しかしぼくは怒りを止められなかったのだ。髪の毛にくっついたぬるぬるの銀杏は、降下する秋の風と共に素敵な香りをぼくの鼻へと届けてくれた。その瞬間カッとしたぼくは、いきなり走って銀杏の粒を手に、トウジにとびかかった。そしていきなりK.O.負けした。トウジの右フックは見事にぼくの頬骨に決まった。わけの分からない圧倒的な情けなさを胸に、痛みをほほに、ぼくは森の中の我が家に帰った。事情を聞いた山姥は、「お前はアレがダメだな」と言った。何がダメなのか、『アレ』って何なのか、山姥の意図は未だに分からない。

 そんな話をすると、ブーンは弱々しく笑った。

「なら、うん、ぼくが頑張ります」

 気になる言い方をして、ぼくにがしゃんと大きな哺乳瓶を手渡した。ビイギイさんは赤ちゃんたちの体をすりすりとこすってきれいにしながら、ぼくらを見た。

「頑張って!」

 あの笑顔は謎だ。

 とぼとぼと先を行くブーンの背中が哀愁に満ちていて、ぼくは思わず声をかけずにはいられなかった。金色のホールは相変わらず活気に溢れていて、ブーンの背中はその雰囲気から外れていた。

 ――何で喧嘩のことを聞いたの?

 丸い背中がピクンと動き、ゆっくりとブーンの丸顔が覗いた。ぼくは雰囲気を盛り立てようと思わずニッと笑った。それくらい陰気だった。

「はちみつ研究室に行くんです」

 ――うん。

「はちみつ研究室はエリートみつばちの溜り場なんですが」

 ――うんうん。

 と、急にブーンは黙ってはちみつ貯蔵庫のドアを開けて、すうっと中に消えた。気になる消えかたをするなあ。ぼくは後を追ってガッコンとドアを押した。ブーンは地下に続く扉をガッコンと開けている所だった。と、いきなり悪そうな声が聞こえた。

「おう、ブーン。どうした。昨日も来たよな。何の用だよ。言ってみな。何か用があるんだろ? さあ早く言えよ」

「あの、あの、実は、用事があって」

 もたついたブーンの声がする。

「早く言えよ。俺たち忙しいんだからさ」

「はい。あのう、特別ロイヤルゼリー……」

「うるさいな。黙れよ。今忙しいんだよ。で、何だって?」

「はい、特別ロイヤルゼリー酒……」

「ちょっと待ってな。あいつらが呼んでるから。おーい、今ブーンが来てるぞ」

「何だと? ブーン?」

 別の悪そうな声がする。

「ブーンか。久しぶりだな。ん? 昨日も会ったっけ」

 また別の悪そうな声がする。

「ブーン元気? 相変わらず体の色が薄いよな」

 またまた別の悪そうな声がする。要するに悪そうなやつだらけだ。エリートみつばちってこんなものなのだろうか? 随分イメージが違う。

 ぼくはブーンの横から地下室を覗いた。途端にビックリした。ブギー並にでかいみつばちがうようよいる。奴らは揃いも揃ってにやにや笑いをしていたが、ぼくを見るとゆっくりと表情を変えた。

「ブーン。そいつは誰だ?」

 一番最初のみつばちが言った。一番でかいみつばちだ。ブーンはしょぼくれた顔でぼくをちらっと見た。

「昨日からいらっしゃる人間のお客様です。アクシデントでこの潜水艦に乗ることになって」

 一番でかいみつばちが羽を鳴らした。ブーンはビクリとして、小さくなった。

「聞いてないぞ」

「女王様がお決めになって」

「ちくしょう、ふざけるな」

 中くらいのみつばちが羽を鳴らした。

「おいおいブギー、何で人間なんか乗せなきゃいけないんだ? 役にも立たない飛べないやつをさ」

 一番大きなみつばちが肩をそびやかして飛び上がり、思わず穴から顔を上げたぼくらの目の前に現れた。

「ちくしょう、何が女王だよ」

「女王様を悪く言わないで下さい」

 ブーンがそっと呟くと、そのみつばちはいきなりぼくらに顔を寄せた。迫力ある大きな顔だ。

「女王なんか知らねえよ。俺たちはあいつなんか認めてない。だからこんな人間も認めない」

「ブニルさん」

「お前、特別育児室でよく働いてるよな。新人みつばちのくせに。生意気だよな。俺らが何度女王に頼んだか分からない育児室で働いてるんだよな」

 ブーンはもはや喋らない。

「俺はお前なんか認めない。弱いチビの新人みつばちなんか」

 巨大なブニルは小さなブーンをこづいた。ブーンはよろよろと倒れそうになる。ぼくは考え込んだ。

 ――あの、ブニルさん。

 ブニルのつり上がった目がぼくの方を向いて濡れたように光った。

 ――ぼくのことでもめてるらしいけど、ぼくだって悪いとは思ってるんですよ。

「ほう」

 ブニルがぼくの方を向いた。ブーンはちらりと臆病な顔を見せた。

 ――ブーンとは色々あったけど、仲良しなんです。

「それがどうした!」

 ブニルがイライラとぼくに近付いた。

 ――昨日も今日も色々おしゃべりしたんですけどね、このはちみつ研究室はエリートみつばちが集まる所らしいですね。

 ブニルが羽を鳴らすのをピタリと止めた。

 ――すごいですね。エリートなんて! ぼくは頭も良くないし、根性もないんだ。ようするに、役立たず。ぼうっと窓の外の雲の形を見て、夢みたいなことを考えているのがおちなんだ。エリートにはなれないダメなやつだ。

 ブニルは目をキョロキョロさせている。

 ――しかし大変ですね! 研究室は燃料室とひとつづきですもんね。さぞかし……。

 ぼくは極めて人のよさそうな顔をした。

 ――燃料室流しになった、女王蜂崩れのダメみつばちに手を焼いてらっしゃるんでしょうね!

「うるさいっ」

 ブニルの口に鋭く生えるアゴが、ぼくに襲いかかってきた。ぼくは原はちみつの瓶がうずたかく積み上がった部屋を右へ左へよけた。ガチンガチンと鳴るのが物凄い。やっとブニルのアゴが届かない場所に入り込むと、ぼくは言葉を続けた。

 ――何で怒るんですか? あなたは燃料室流しになったダメみつばちじゃないのに。

 ブニルはフウフウと息をつき、ぼくを睨んだ。

「生意気だ」

 ブーンがぼくを連れて部屋の隅の瓶の隙間に押し込んだ。心配そうな顔だ。

「世が世なら、俺が女王ばちなのに!」

「何を言っとるんだ、ブニル。仕事に戻れ」

 瓶の陰から覗くと、ブカニロフがそこにいた。はちみつ研究室の中から顔を出し、呆れた顔でブニルを見ていた。ブニルはうろたえる。

「夢みたいなことをいっとらんで、仕事仕事。ブートルートが困っとる」

「……はい」

 巨大なブニルはぼくらを睨み、おとなしく穴に入った。ブカニロフはスタスタと近付いてきて、ぼくを見てちょっと笑った。

「口が達者だな、お主」

 ――それだけがとりえです。

 ぼくは思い出した。トウジに殴られたあと、ぼくは頬を抑えながら、トウジがハナクソをほじってはランドセルにつけて並べていること、クラスで一番かわいいユリちゃんのことが好きで交換日記を用意していることなどを暴露してわめきたて、友達を沸かせ、とうとうトウジを泣かしたのだった。

「私はあなたに喧嘩は強いかと聞きましたが」

 ショボショボとブーンは笑った。

「言い負かしてやり返すためにそう言ったんじゃないんです。意地悪して邪魔されるのをどうにか出来ないかと思っただけで」

 一瞬、顔を輝かせ、次にもじもじと続けた。

「でも、ちょっと胸がスッとした、かも、しれません」

 ブーンはハッと辺りを見渡した。後ろにはジトッとした目で見るブニルが、……いなかった。ぼくはにっこり笑った。ぼくの口の悪さが役に立つなら良いことだ。ぼくは一年中口八丁にしゃべるのだが、おしゃべりは山姥の嫌うところで、一度も誉めてもらったことはなかった。まあ、あの山姥はぼくがどうあろうと誉めはしないのだけど。

 ブカニロフは機嫌よく言った。

「奴はのぼせあがっとる。このくらい言ってやるのがちょうどいい。しかし、よく分かったな。奴らが燃料室流しだと」

 ぼくはこういうときばかり頭が働くのだ。

「ところでお主ら、育児室の赤ん坊らのために特別ロイヤルゼリー酒とはちみつがいるんだろう。わしが一緒なら奴らも何もしない。ついて来なさい」

 ブカニロフは陽気に体を揺らしながらはちみつ研究室に降りていった。ぼくとブーンは重たい哺乳瓶を抱え、穴を降りた。ぼくが降りるときは、なんとブニルに乗せてもらった。見るからに忌々しいといった顔で、ちょっとだけ気の毒な気もした。

 初めて覗いたはちみつ研究室は素晴らしかった。

 やや陰気な感じがしないでもない広い部屋の中央にある巨大な瓶には、金色のはちみつが詰まっていて、たくさんのストローが中から伸びている。その先には並んだ大きな二つのプールがあり、熱気と輝きを放っている。

 瓶の上を旋回して、粉を原はちみつにかけているみつばちたちがいるが、あれがブーンの言っていたエリートみつばちだろう。こころなしか体が大きいが、もしかして彼らも女王ばち候補だったのだろうか?

「おい、ブートルート」

 ブカニロフが飛んでいるみつばちたちのリーダー格らしいほっそりとしたみつばちに声をかけた。ブートルートは賢そうで、笑顔も上品な好青年といった感じだった。

「こんにちは、人間のお客様」

 ――こんにちは。

 ブーンの機嫌がよかった。きっとこのブートルートもブーンの尊敬するみつばちなんだろう。

 ――特別ロイヤルゼリーが欲しいのですが。

「分かりました。お手伝い、ご苦労様です」

 ブートルートはくるりと身を翻し、広い棚にある瓶を取りに行った。よく見ると、ぼくが昨日飲まされたあの瓶だ。

 ぼくは特別ロイヤルゼリー酒を哺乳瓶に注ぐ作業はブーンに任せ、光はちみつのプールを見学することにした。

 きれいだなあ。

 ぼくは学校の校庭ほどに感じられる光のプールを、ぼうっと見渡した。眩しくて、目を開けていられない。それほどに強烈に光を放っている。これがあるからか、この部屋には小さな瓶に入った光はちみつの照明がない。

「これはわしらの誇りだ」

 ブカニロフがぼくの横で言った。そうだ。みつばちはすごい。素晴らしい文化がある。

 しかし、暑い。この部屋には熱はちみつのプールもあって、光りはしないのだけど何となくどすぐろい色の熱はちみつが、汗がぽたぽた落ちる程の熱気を放っている。

「ちくしょう、暑い」

「暑い」

 そう呟きながら光はちみつをかきまわしているのはブニルたちだ。揃いも揃って大きいみつばちばかりで、迫力がある。かきまわすのはプールの中央にある巨大なへらで、ブニルたちはハンドルを押してはちみつをかきまわしている。

 うーん、ブギーが言ったとおりだ。ブニルたちは文句ばかり言っている。

「ちくしょう、涼しい顔しやがって、人間」

 ブニルがそう言うので、ぼくは手を振って応えた。ブニルは怒ってますます早くハンドルを回して仲間を戸惑わせた。

「光はちみつはきれいだろう」

 背後から声がしたのでぼくはびっくりした。横に来たみつばちを見ると、それはブートルートだった。すっとした顔をしていて、体の色はブーンみたいに薄い。みつばちの世界じゃなかなかハンサムなんじゃないだろうか。

 ――きれいです。ずっと見ていたいくらい。

「これを作るのはなかなか手間がかかるんだ。花粉の量と割合が難しくてね」

 ――みつばちにも科学があるのかな。

「もちろんさ。みつばちだって計算したりものを調べたり出来る。みつばちはこう見えても複雑なんだよ」

 ブーンが特別ロイヤルゼリー酒を一生懸命注ぎ分ける横で、ぼくらは語り合った。ブートルートは知的ですてきなみつばちだった。ぼくはまた新しくみつばちを好きになった。

 このみつばち潜水艦には、いったい何匹のみつばちがいるのだろう。素敵なみつばちは尽きも果てもしない。ブートルートの柔らかな声は、僕の耳に染み入った。


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