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みつばち潜水艦  作者: 酒田青
みつばち潜水艦ってこんなところ
4/8

オレンジ色の夢

 ここはどこだろう。

 ミルク色の、天も地もない空間。ぼくは逆さまなのか、横向きなのかさえ分からない。何かを踏みしめている感覚はあるのだけれど。

 ひたひた。誰かが近付いてくる。

 ひたひた。誰だろう。

 ひたひた。オレンジ色がぼくの方に伸びてくる。これは影だろうか?

 ひた。足が見えた。象牙のようにつるりとした細い足が。桜貝のような足の爪が可愛らしい。オレンジ色の影が、その足と繋がっていた。

 影が形作るのは、長い髪の女の子。ふわふわの髪の毛が揺れ、膨らんだスカートが弾む。顔が見たくて、足の上を見ようとした。だけど視線がどうしても上がらない。どうしてだろう。

「うふふ」

 女の子は笑った。

 ――君は誰?

 女の子の影は後ろ手に手を組み、左右に体を揺らした。

「あたしはれんげ。さっきそう言ったじゃない」

 女の子は不満そうだ。

 ――れんげ?

「そう。れんげ。忘れたの?」

 女の子の声は少し不機嫌になった。

 ――えーと、何となく覚えてるよ。れんげ、れんげ……。

「あなたって、何様よ」

 女の子はついに怒った。ぼくはうろたえる。

 ――何様だなんて……。だって今日は忙しかったんだ。いろんなことが起こってさ。いろんなみつばちに出会ってさ。

「だから?」

 白い足はパタパタ床を叩いた。オレンジ色の影は、片手を腰に当てていて、手と腰に巻き付いた大きなリボンの影は一つに合わさっていた。

 ――だからさ、いろんなみつばちに会ったもんだから、きみがどのみつばちなんだか思い出せなくて。

 白い足がどん、と踏み下ろされた。

「あたしがみつばちに見えるわけ?」

 そういえば、女の子は人間の形をしていた。それも、極めて美しい形の女の。今まで見たこともないくらい細くて、髪の毛が柔らかな。

 ――人間だ。ごめん。何でだろう。ぼく、今頭がぼんやりしてて。

「うふふ。そうね。だってこれは夢だもの」

 女の子の機嫌は元に戻った。ぼくはほっとした。

 ――夢なんだ。道理で……。

 ありとあらゆる状況が不可思議で、夢でなければ説明がつかなかった。

 ――でもさ、夢ならきみだって現実にはいない人なんじゃないの?

 どん。また女の子は足を踏み鳴らした。

「あたしはいるわ。ただあなたの夢の中にやってきただけ。だってさっき呼んだのに、あなた来てくれなかったから」

 ――さっき?

「さっき!」

 女の子はまたどん、とやった。するとふっと感覚が体に蘇った。冷たい空気、巨大なものの群れ、よそよそしい無人の部屋。

 ――はちみつ酒貯蔵室。

「うふふ」

 女の子の声はまた元に戻った。とんでもなく気分屋だ。

 ――ぼくの他にも人間はいたんだね。何をしてるの? この潜水艦で。

「明日、会いに来て」

 女の子は質問を無視して命令口調で言った。ぼくの目の下にあるオレンジ色の影は、威張ったように腕を組んでいる。好きなタイプの女の子じゃないな。嫌いなわけじゃないけどさ。それに、とてもきれいな形の女の子だけどさ。

「明日、来て」

 女の子はまた言った。

 ――ええと、いいよ。どこで?

「もちろん、あの場所に決まってるじゃない。はちみつ酒貯蔵室で待ってる」

 ――分かった。明日、一緒に遊ぼう。

「おしゃべりするのよ。あたし暇なの。絶対来てね」

 女の子は思いきり念を押した。ぼくは頷いた。断ったら怖そうだったから。

 ミルク色の霧が晴れてきた。辺りはだんだん暗くなってくる。ざらついた何かがぼくの手に触れる。体が痛い。

「朝が来たわ。もう夢はおしまい。じゃあね」

 女の子は急に足の向きを変えてさっさと行ってしまった。オレンジ色のかわいらしい影がそれに従う。ミルク色の霧は女の子を追って、ぼくを暗闇に置いて行く。

「起きろ」

 突然ドスの効いた低い声が頭にガンガンと響き出した。驚いて辺りを見回すと――。

「朝飯だ」

 ぼくがうずくまる穴を覗いているのはブギーで、起きがけだとは思えないほど爽やかに笑っていた。ここはぼくの巣穴だった。昨日ここで眠ったんだっけ。

「お、すすきの綱をつけたんだな。しっかり出来てるよ」

 ――手伝ってもらったんだ、隣のみつばちに……。

「おう、あいつか」

 ――ねえブギー。

「何だ?」

 ぼくはちくちくするすすきの綱に手をかけ、力の入らない腕に気合いを入れながら登り始めた。朝登るのは辛い。ブギーはよろよろと出口に手をかけたぼくを引っ張りあげてくれた。

 ――ぼくの他に人間はいるの?

「いねえよ。何でそんなこと言うんだ?」

 ぼくは黙りこんだ。じゃああれはただの夢だったのか? でも、それじゃあ昨日はちみつ酒貯蔵室で聞いた声は何だったんだろう。ぼくはぼんやりと考え込みながら、ブギーの背中に乗って、昨日と同じような食事どきの喧騒に飛込んでいった。


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