『この痛みこそが愛ですわ? 婚約者様の愛が強すぎて会うたびに骨が折れますけど何の問題ありません』
真面目な騎士と聖女(仮)
「聖女候補ストリチナ嬢、大切な話がある。婚約を破棄しよう。俺の有責でいい」
王家主催の夜会に参加した私に婚約者であるドゥラグノ様が耳打ちしてきました。
もうすぐファーストダンスが始まるというこの時に。
先月「真実の愛」で廃嫡されたバカ王子みたいに大勢の前で高らかに宣言しないあたり好感が持てますし、逆に真剣さも感じます。
実際彼の目は悲しげに揺らめいてます。
ただ心当たりがないのです。
互いに不貞する相手も居ないし周囲から祝福もされております。
しかし頭の中ほど私の口は冷静ではありませんでした。
「密かに想いを寄せている令嬢がいらっしゃるの? 病弱な幼馴染ですか? 血縁のない欲しがり義妹様ですか? それとも『男友達みたいな』女騎士様ですか」
気づけばあらん限りの理由を並べ立てておりました。
周りにも気づかれてチラチラ見られてます。
淑女教育どこいったという感じです。
(何にせよ納得できません! 私だけが知らなかったなんて……プンプンですわ)
憤る私を見てドゥラグノ様が慌てふためきます。
「違う、全部違うし! そうじゃないんだ。俺の力ではストリチナを幸せにできないから……」
悔しそうに唇を噛みしめる愛しの婚約者様。
あ、流血してる……
握りしめた手のひらからポタリと赤い雫が床に落ちそうです。
「ドゥラグノ様、それは違いますわ。ほりゅあっ!」
「えっ」
私は婚約者様の手を掴み、治癒魔法をかけました。
……
私は聖女候補の子爵令嬢でストリチナと申します。
本物の聖女様は常に王城にいて結界を維持し続けているので私はあくまでもスペアのスペアみたいな役割です。
子爵領が辺境と隣接するものですから防衛の意味でちょうどよく、王命での婚約となりました。
初めての顔合わせは悪くなかったのではと思います。
もともとお互いの存在は把握してましたし。
「……ドゥラグノという。辺境で騎士をしている。その、よろしく頼む」
「こちらこそよろしくお願いします」
次にお会いした時はドゥラグノ様から手帳を頂きました。
「女性に贈り物などしたことはないのだ」
「まあ! たいへん嬉しいですわ」
「そ、そうか! では次に会う時はペンを持ってこよう」
婚約者であるドゥラグノ様は辺境騎士団に所属しております。
魔物の討伐で名を馳せた猛者。
見目も麗しく欠点など何もなさそうな方です。
ただひとつだけ問題がありました。
「ああ、ストリチナはなんて愛しいんだ……俺は君を一生離さないぞ!」
ドゥラグノ様が両手で私の手を握った瞬間、
パキッ
小皿が割れるような、何かが砕け散る音がしました。私の手から。
「……痛っ!」
「え……」
ぎゅっと目をつぶる私を見てドゥラグノ様のお顔が青ざめていきます。
やらかしに気づいたのでしょう。
ドゥラグノ様は普段から戦斧や大剣を木の枝のように振り回すと聞きます。
それゆえに力が強すぎるのです。
(あぁ、痛みがどんどん広がっていきますわ……)
淑女の笑みに汗を浮かべながら堪え、目を閉じてみれば頭の中に浮かんでくる激痛のイメージ。
それはまるで薔薇の花が蕾から一瞬で満開になるような……
あ、これ本格的にまずいやつですわ。
「失礼……ふんにゅ!」
急いで自分の手に治癒魔法「ハイヒール」をかけます。
未熟な私の治癒魔法にはかけ声が必要なのです。
令嬢に不似合いな声ですが仕方ないのです。
「落ち着きましたわ」
「すごいな……またひとつ好きになった」
驚きと安心が混ざりあった声を出すドゥラグノ様を見て私はにっこり微笑みました。
私が彼が見ている前で掛け声付きの治癒魔法を使ったのはその時だけです。
……
やがて二人で夜会に参加しました。
私たちのお披露目のために開かれた小規模なものです。
砦に勤務するドゥラグノ様にダンスを覚えていただくのは苦労しましたが最低限はこなせるようになったという知らせを聞いて安心していた私が愚かでした。
グキッ……
ダンスの中盤で鈍い音が足元で響きました。
ドゥラグノ様の視線は真剣そのもの。
これ、私の足を踏み抜いていることに気づいてませんね。
まあいいでしょう。この程度なら無詠唱で元通りですわ。
(へぷしぃっ!)
掛け声も心の中だけで済ませます。
ドゥラグノ様には何事もなくダンスを終えたと思っていただけることでしょう。
……
婚約後、そのようなことが続くようになり私は日記をつけることにしました。
愛の記録です。
治癒した場所とその日付をに小さく書き込みます。
ドゥラグノ様にプレゼントされた手帳は手頃な大きさで使い勝手が良いのです。
しかしそれが災いしました。
ある日、持ち歩いていた日記帳を落としてしまったのです。
これでは「うっかり聖女」と揶揄されても仕方ありません。
さらに運が悪いことにそれがドゥラグノ様の手に渡ってしまい、気まずそうに私へ返却してきたのが先週のことでした。あの時ほど落とし物は持ち主に直接返却してほしいと願ったことはありません。
……
不意にその時のことを思いだしました。
(ま、まさか……あれが理由? 婚約破棄だなんて冗談じゃありませんわ!)
ドゥラグノ様に恐る恐る問い詰めてみればその通りでした。
「私は知らないうちに君を何度も傷つけていた。きっとこれからも力加減ができずにひどい目に合わせてしまう。だから……」
「申し訳ありません。その婚約破棄は受けられません」
「しかし」
「謝らなければならないのは私の方ですわ」
私は彼の不貞を疑ったことを詫びました。
彼は特に気にする様子ではありませんでしたが私の気がすみません。
「許していただけませんか」
「許すも何もない!」
「……では、一曲踊っていただけませんか?」
優雅に微笑み、手を差し出すとドゥラグノ様は私の手を取ってくださいました。
楽団が奏でるスローテンポの曲は今の私たちには丁度良いメロディです。
(手の握り、ちゃんと力加減してくださるなんてやはり素敵な方……)
少し身を寄せるとドゥラグノ様は緊張しながらしっかり受け止めてくださいます。
「ドゥラグノ様とストリチナ様、今日も麗しいお二人ですわね」
「婚約破棄というのは聴き違いかしら」
先程私たちの周りで聞き耳を立てていた三人の令嬢たち。
その声に反応したドゥラグノ様の指先に力がこもります。
ペキンッ
(ひにゃおぅっ!)
握りつぶされた左手の感覚が無くなる前に治癒完了。
何も問題ありません。ダンスは続きます。
「ええ。でも今なにか音が……木の枝が風で折れた時みたいな」
「いいえ。私には何も聞こえませんでしたわ。何も……」
ゴキッ
令嬢が三人同時に振り返ります。
彼女たちの目に映るのはドゥラグノ様が情熱的に私の腰を抱き寄せる姿。
私は何事もなかったかのように微笑みながら、
(ああああああああ腰がぁぁぁぁっ! ひ、はりゅううぅぅ!)
小さな掛け声とともに完全治癒。
痛みで汗をかく前になんとか原状回復しました。
「やはり気のせいでしたわね」
よく見れば背を向ける令嬢たちの肩が微妙に揺れていました。
やがて夜会も終わり、婚約者様が心配そうに声をかけてきました。
「な、なあ痛くはないのか? ストリチナ嬢」
「ふふっ、ドゥラグノ様? この痛みこそが愛ですわ」
愛は痛みを乗り越えて。




