「信じられないっ☆こんな女神いるんだぁ?」
ここは天界。
雲よりもさらに高い場所、光の宮殿の一室。
床は透き通るような白い大理石で、天井からは光の粒をまとったシャンデリアが、きらきらと降りそそいでいる。その中央に、巨大な水鏡があった。円形の水盤の中に湛えられた水は、風もないのに時折小さく揺れ、そのたびに下界の映像が浮かび上がる。
ルーナとセレスティアは、その前に並んで座っていた。
「あなた、この子達ばかり見てるけど、大丈夫なのー?」
ルーナは頬杖をつきながら、横目でセレスティアを見る。
「心配ないわよ! なんたって勇者だもの!」
セレスティアは胸を張る。
「その器がないと反応しないって、ルーナも知っているでしょう??」
「ふーん? ずいぶん、放任主義なのね♪」
ルーナは口元だけ笑った。
それでも水鏡から目は離さない。どうやら彼女も、ラビッツのことが気になっているらしい。
「もー! うるさいわね。ほら! 見てみなさいよ! きっともう旅立って――」
セレスティアは、水鏡に向かって指を鳴らした。
すると映像は切り替わり、旅をしている途中の勇者達の姿を……のはずだった。
だが。
「……??」
二人は同時に首をかしげた。
「旅立っているように見えないんだけど?」
ルーナが、じとっとした目で言う。
水鏡の中。
豪奢な客室。大きなベッド、光るシャンデリア、高価そうな絨毯。
そこには、男女四人の姿があった。
一人の男の子は、まるで王子様のように豪華な服を纏い、両脇に女性をはべらせてソファに座っている。
別の女の子は、豪華な宝石とふわふわのドレスに身を包み、鏡の前でくるくるとポーズを取りながら自分をうっとり眺めている。
「女性をはべらせている男の子に、豪華な宝石とドレスに身を包んでいる女の子とー」
ルーナが数えるように指を折っていく。
「食べ物とお酒に溺れている男の子と……メイドを虐めている女の子……」
セレスティアが、呻くように続けた。
食卓には、山盛りの料理と高そうなワイン。
一人の男の子は、椅子の背にもたれかかり、口いっぱいに肉を詰め込みながら「まだ出るの?」と文句を言っている。
もう一人の女の子は、メイドに無茶な命令をしては、ちょっとでも遅いと舌打ちしている。
「あなた。ちゃんと勇者、召喚したんでしょうね?」
ルーナの声が、いつもより一段低くなった。
「当たり前でしょ!? だって光が反応して――」
セレスティアは慌てて言い返す。
そう、あの日。彼女は確かに「勇者の器に反応する聖なる光」が走るのを見たのだ。
少女たちが駅のホームに立っていたとき、眩しい光が――
「映像、巻き戻してみる?」
ルーナがさらりと言った。
「そ、そうね……!」
セレスティアはごくりと唾を飲み込み、水鏡に手をかざす。
「召喚の日」に時間が巻き戻されていく。
電車のホーム。放課後の空気。制服姿の女子高生四人組――ミオたちが、他愛もない話で盛り上がりながら電車を待っていた。
その隣には、男女四人のグループ。
「ほら! 光ってるでしょ!?」
セレスティアが必死に水鏡を指さす。
――たしかに、光っている。
だが。
「これ……後ろが光って見えない?」
ルーナが冷静に指摘した。
「ほら、後ろの男の子達」
よく見ると、男女四人グループの影になっている後ろの少年たち――
その頭上が、一番強く光っているのが分かる。
前の男女四人グループは、その光の「手前」にいただけだった。
「私……」
セレスティアの顔から、みるみる血の気が引いていく。
水鏡の中で、光が爆ぜる。
そこにいたのは、本来選ばれるはずだった男の子四人組――ではなく、その前にいた男女四人と、そのさらに隣にいた女子高生四人組だ。
「誤召喚して……」
セレスティアの唇が震える。
「誤召喚したって事……?」
ルーナが、わざとらしく首をかしげる。
「二重ミスって新しいわねぇ」
そして堪えきれずに吹き出した。
「あははっ! 信じられないっ☆ こんなことする女神がいるだなんて、あはは、あーお腹痛い」
「どどどーーしよおおおおおお!」
セレスティアの悲鳴が、天界の広間にこだました。
◆
それから一週間。
ラビッツの四人は、そりゃーもう。鬼のように忙しかった。
午前中は材料集め。
ツノウサギ討伐、野菜やハーブの買い付け、小麦粉の補充。
十一時から仕込みと準備。
バンズの仕込み、肉の成形、ソース作り。
正午から販売開始。
ラビットバーガーの焼ける匂いが通りに広がる頃には、すでに常連の冒険者たちが自然と列を作るようになっていた。
「今日も来ちゃった」「昨日のが忘れられなくてさ」「一回食べると、他の飯が物足りなくなるんだよな」
そんな声が、当たり前のように聞こえてくる。
エミリーがギルドの職員達を引き連れてやってきては、まとめ買いをしていくのも日常になっていた。
ラビットバーガーを受け取るときの彼女の目は、完全に「仕事」ではなく「趣味」のそれだ。
そんな日々の合間――
エミリーや常連さんたちから、ある噂を耳にするようになった。
勇者に関する噂だ。
「なんでも、来週、旅立ちのパレードがあるのだとか」
ギルドの小さな酒場で晩ご飯を食べながら、シオリがぽつりと言った。
「パレード?」
ミオが、スープの皿から顔を上げる。
「勇者様たちが王都を回って、それから魔王討伐の旅に出るんだってさ。うちのギルドにも、ちょっとしたお触れが来てたよ」
エミリーが、テーブルの端に肘をつきながら教えてくれた。
「この通りも、通るんですか?」
シオリの目が、きらりと光る。
「ええ。王城から出発して、メイン通りをずーっと進んで、最後は城門の方へ向かうルート。あんた達の屋台の前も、バッチリ通るわ」
「それは、商売時、ですね」
シオリが即答した。
「ですよねぇ」
エミリーが笑う。
「申請料も貯まったしさ!」
ミオが両手を挙げる。
「それまでに新商品! 増やしたいね!!」
「賛成!」
ホノカが嬉しそうに頷く。
「私も、もうそろそろ増やしても大丈夫かなって思ってたの」
ラビットバーガー一本でここまで来た。
だが、常連たちの中には「違う味も食べてみたい」と言う者も出始めている。良いタイミングだ。
「目標のひとつだしな!」
セナがスプーンを置き、椅子の背にもたれた。
「何を増やすか、考えてるのか?」
「ふふふ」
ミオが、謎の“自信ありげな顔”をした。
「ずばり。ポテート&チキンバーガーが! 食べたい!!!」
「食べたい、が先なんだな」
セナが呆れ笑いをする。
「飲み物も欲しいです。それでセットにできるので」
シオリはすでに計算モードだ。
「鳥のお肉かぁ」
ホノカは、少しだけ不安げに指を組む。
「それとフライヤーが必要だよね? 揚げるための道具……油ももっと使うし」
「ツノウサギみたいに、繁殖能力が高くて、討伐依頼が絶えないような、一石二鳥!」
セナは顎に手を当てて言う。
「ないかなぁ。そういう鳥」
「エミリーさんに! 聞いてみよう!」
ミオが椅子から立ち上がりそうな勢いで前のめりになる。
「この世界の、“唐揚げ候補”を探すところからだね!!」
「唐揚げって何? って顔されたらどうするのよ」
シオリが苦笑しながら突っ込む。
「そしたら、説明すればいいんだよー! “外はカリッと中はじゅわっとおいしいやつ”って!」
ミオの言葉に、四人の脳裏に一斉に――熱々のポテトと、ジューシーなチキンのイメージが浮かんだ。
「……食べたい」
「……食べたいですね」
「……食べたい……」
三人が揃って呟く。
「よし、決まり!」
ミオがにっと笑う。
「勇者パレードまでに、新商品完成させよ!」
「ラビットバーガーと一緒に売れば――」
「もっと忙しくなるね」
ホノカが、不安半分、楽しみ半分の顔で笑う。
「忙しいのはもう慣れたしな」
セナが腕をぐっと伸ばした。
「やるしかねぇだろ!」
来週。
ラビッツの屋台の前を、誤召喚された勇者たちのパレードが通る。
それを見つめる天界の女神たちが、頭を抱えるのか笑うのか――
それは、もう少し先のお話。




