「守るのは“ラビッツ”。広がるのは“ハンバーガー”」
ここは、冒険者ギルドとは別の通りに建つ、商業ギルドの建物だった。
城壁と同じ灰色の石で造られた立派な二階建てで、正面にはこの国の紋章が掲げられている。冒険者ギルドが武具や鎧を身につけた人たちでごった返しているのに対して、こちらはきちんとした服装の商人や店主らしき人が多く、行き交う声もどこか落ち着いている。
中に入ると、磨かれた床と、壁一面に並ぶ掲示板、そしてカウンターがいくつも並んでいた。
書類の擦れる音や、ペン先が紙を走る音、計算の珠を弾くようなカチカチという音が、絶え間なく響いている。
その一角の受付で、四人は順番を待った。
「ねぇねぇ、なんか頭良さそうな人ばっかりだね……」
ミオがそっと囁く。
「静かに。見てください、あっちの人。書類の束が山です」
シオリが視線だけで示す先には、大きな帳簿に何かを記入し続けている中年の男性がいた。
「わぁ……」
ホノカは圧倒されて、思わず背筋を伸ばす。
やがて、自分たちの番が来た。
「次の方、どうぞ」
柔らかい声に顔を上げると、そこには受付カウンターの向こうに、一人の男性が立っていた。
光を受けて少しだけ輝く金色の髪を後ろに撫でつけ、整った顔立ちに、細いフレームのメガネ。背は高く、姿勢は良く、それでいて目元にどこか優しい笑みを浮かべている。
賢そう――けれど、どこか近寄り難さはなく、ふんわりとした空気をまとった「お兄さん」という印象だった。
「いらっしゃい。今日はどのようなご用件で?」
物腰柔らかく問いかけてくる。
シオリが一歩前に出た。
「あの、特許を申請できると聞いて相談に来たのですが」
「特許、ですね。では、お話を伺いましょうか。どういった内容でしょう?」
シオリは、昨日エミリーから聞いたこと、そして自分たちが屋台で売っているラビットバーガーについて、簡潔に説明した。
「ふむふむ……なるほど。とても面白い発想ですね」
金髪のお兄さんは、興味深そうに頷くと、机の下から何枚かの書類を取り出した。
「“特許”と一口に言っても、いくつか種類がありましてね」
軽く咳払いをしてから、説明を始める。
「まずひとつは、商品そのものを守る権利です。あなた方でいうところの、『ラビットバーガー』そのものですね。パンの大きさや具材の組み合わせ、味付けなどを含めて、一つの商品として登録することができます」
「商品そのもの……」
シオリが真剣な眼差しでメモを取る。
「二つ目は、調理法――作り方そのものを守るものです。パンに具材を挟むという調理法を、この世界における“新しい料理法”として登録することができれば、他者が同じ方法を使う際に、許可や契約が必要になります」
ミオの目がきょろきょろと動く。
「もうひとつは、名前やマークなど、いわゆる“商標”ですね。『ラビットバーガー』という名前や、このウサギの焼き印を、お店の印として登録することができます。これを取っておけば、同じ街で同じ名前や印を使った店は出しにくくなります」
「なるほど……」
シオリは頷く。
対して――
「全然わかりません!」
ミオが勢いよく手を挙げた。
「ミオちゃんは、後で教えてあげるからね」
ホノカが慌てて袖を掴む。
「ありがとうございます」
金髪のお兄さんはくすりと笑って、さらに続けた。
「それぞれ、申請には審査と登録料がかかります。こちらが料金表です。調理法を守る特許は、最も範囲が広く、少々お高くなっているのがおわかりいただけるかと」
差し出された紙には、細かく金額が並んでいた。
「うっわ……」
セナが思わず声を漏らす。
ラビットバーガーの商品特許、調理法特許、商標登録――すべてを一度に申請しようとすると、今の手持ちでは到底足りない額だった。
「申請料、結構かかるな」
セナが正直な感想を口にする。
「今は、難しいですね。ありがとうございます。四人で話し合って、お金が集まったら後日、また伺います」
ぺこり、と四人で頭を下げる。
「はい。いつでもどうぞ。その時は、もう少し分かりやすくお話ししますね」
金髪のお兄さんは、優しい笑みで見送ってくれた。
◆
商業ギルドを出たあと、ミオが見つけた林の奥の水場へと向かった。
街から少し離れた場所にある、小さな川。
木々の間を縫うように流れる水は澄んでいて、浅瀬は足首ほどの深さしかない。陽の光が水面に反射して、きらきらと眩しい。
「ふうー! 気持ち良かったなぁ」
ひとしきり水浴びを終え、セナが伸びをする。
油や汗でべたついていた肌も、今はさっぱりしていて心地いい。
「生き返った……」
ホノカも、洗って干した服を抱えながらほっと息をついた。
「そうだ、さっきの教えてー!」
川辺の草の上に腰を下ろすと、ミオが思い出したように身を乗り出す。
「さっきの?」
「特許だっけ? なんか色々言ってたけど、難しくて頭からこぼれちゃった」
「ミオちゃんらしいね……」
ホノカがくすっと笑って、隣に座り直した。
濡れた髪をゆるくまとめながら、できるだけ分かりやすい言葉を探す。
「えっとね、さっきの話を簡単にすると――」
ホノカは指を一本立てた。
「まずひとつめは、“ラビットバーガー”っていう、今のハンバーガーそのものを守る、っていうものなの。パンの形とか、中身とか、味付けとかも含めて、同じように真似されないようにする感じ」
「うんうん」
ミオはこくこくと頷く。
「ふたつめは、“ハンバーガーっていう料理の作り方そのもの”を守るものだよ。パンを割って、中に具を挟んで……っていうやり方全部が、ミオちゃんたちのものだよって決める感じ」
「調理法ってやつだね?」
「そうそう。で、みっつめは“ラビットバーガーって名前とか、ウサギのマークとか”を、うちのお店の印として守るもの、かな」
ホノカはそう言って、指を三本立ててみせた。
「わぁ……ホノカ先生、分かりやすい」
ミオが素直に感心する。
「つまり、全部取っちゃえば、真似されにくくなるってことですね」
シオリが、そっと会話に加わる。
「やはり、全部申請するべきでしょうね」
「真似はされたくないもんな」
セナが川辺の石に腰かけて、足先を水につけながら言う。
「私も、それで良いと思う」
ホノカも頷いた。
「……んー」
ただひとり、ミオが唸っていた。
「ミオちゃん、どうしたの?」
ホノカが覗き込む。
ミオは、膝を抱えて少し考え込んでいた。
やがて顔を上げると、真剣な表情で口を開いた。
「あのさ、調理法? まで取っちゃうと、他の人が新しく作れなくなっちゃわない?」
「……」
三人が黙って耳を傾ける。
「私たちで独占するのも良いと思うけど、それだと、広まらないんじゃないかな、食べ歩き!」
ミオはうまく言葉が見つからないのか、手をぶんぶん振りながら続ける。
「なんて言えば良いか、分かんないけど、この世界の人達が、自分たちでどんどん考えて増やしていければ、良いと思うの」
パンに挟む具材は、ツノウサギじゃなくてもいい。
魚でも、卵でも、野菜だけでも――きっと色々なパターンが生まれるはずだ。
街の人たちが、自分たちの好みや生活に合わせて、新しいハンバーガーを作っていく光景が、ミオにはなんとなく頭に浮かんでいた。
「ミオちゃん……」
ホノカの胸がじんわりと温かくなる。
「確かに、私たちは、いずれ日本に帰ります」
シオリが静かに言葉を継いだ。
「そうなれば、また食文化のレベルは元に戻ってしまうでしょう。少なくとも、今のままでは」
彼女の目には、昨日ギルド通りで食べた、味付けの弱い料理が浮かんでいた。
ラビットバーガーひとつで世界が変わるとは思わない。けれど、きっかけにはなれるかもしれない。
「そう。それじゃ良くないと思うの」
ミオが強く頷く。
「だから――」
言葉を探していると、セナがにっと笑った。
「決まり……だな」
短い一言で、空気がすとんと落ち着いた。
「では、申請は他の二つということで」
シオリが結論を口にする。
「商品としての『ラビットバーガー』、そして『ラビッツ』という店の名前とウサギのマーク。そこだけは、しっかり守る」
「けど、“ハンバーガーっていう作り方”そのものは、この世界に自由に残す」
セナが補足するように言う。
「うん!」
ミオが勢いよく立ち上がった。
「みんな! ありがとう!!」
濡れた髪が跳ねて、水滴が少し飛ぶ。
「では、帰りましょうか」
夕陽が傾き始め、川面がオレンジ色に染まり出していた。
この世界のどこかで、いつか、
自分たちの知らない“新しいハンバーガー”が生まれるかもしれない。
そのとき、きっと――どこかで、今日のこの日を思い出すのだろう。




