「売り切れって言った!?困るんだけど!!」
翌朝。宿屋の狭い一室。
朝日が窓から差し込み、4つ並んだベッドには、ほこりがきらきらと舞っている。
シオリ、セナ、ホノカの三人は、すでに起きていて、それぞれベッドの端に座っていた。
ミオだけが、ひとりだけ気持ちよさそうに布団にくるまり、スースーと寝息を立てている。
「今日、しっかり稼がなくては、宿代が底を尽きます」
シオリが淡々と告げる。手元ではギルドでもらった紙に、昨日の売上と支出が几帳面に書かれていた。
「昨日は、半額セールで十三個しか、売れてないもんね……」
ホノカがしゅん、と肩を落とす。
確かに、ゼロよりはずっと良かった。初日としては上出来――そう言い聞かせても、数字を見ると不安はどうしても胸の奥で膨らむ。
「そうなったら、またギルドで依頼を受けるしかねーなぁ」
セナが腕を組んで天井を見上げた。
「まず小さな目標として、屋台のみの収入で生活ができるようになることと、商品を増やすこと」
シオリは指を折って続ける。
「そして大きな目標を――我々の店舗兼住宅を購入することとしましょう」
「店舗兼住宅?」
ホノカが目を丸くする。
「ええ。色々なことを考えると、それが一番理想的です。住む場所が安定し、保管も安全で、仕込みもできる。……何より、目立たずに動けます」
最後の一言に、セナが「たしかに」と小さくうなずいた。
その瞬間。
ドシンッ!
鈍い音がした。
「うぅ……床に、殴られた……」
声の方向を見ると、ミオが床に落ちていた。
寝相が悪すぎて、布団ごとベッドから転げ落ちたらしい。髪はぐしゃぐしゃ、頬には枕の跡がくっきりだ。
「ミオちゃん、大丈夫?」
ホノカが慌てて駆け寄る。
「だいじょーぶ……床が強かった……」
ミオはゆっくり起き上がり、涙目のまま両手で頬を押さえた。
「……その元気があるなら問題ありません。さぁ、準備をしましょう」
シオリが容赦なく言い切ると、ミオが「へーい」と間延びした返事をした。
◆
屋台へ向かう道。
ギルド通りが近づくにつれ、人の気配が濃くなる。革鎧の冒険者、買い物袋を下げた主婦らしき女性、子どもを連れた家族――いつもより、明らかに人が多い。
そして、見えてきた。
人だかり。
「あれ……私たちの屋台がある場所じゃ……」
ホノカの声が震える。
「えっ!? 何かあったんじゃないよな?」
セナが一歩早く歩き出す。
「急ぎましょう」
シオリが短く言い、四人は小走りになる。
屋台の前に到着すると――そこには、列ができていた。
昨日までが嘘みたいに、人が並んでいる。しかも、冒険者っぽい人が多い。
「おー! きたきた! 待ってたんだよ!」
列の先頭にいたのは、昨日のあのおじさんだった。手をぶんぶん振っている。
「どーしたんですか??」
ミオが素直に叫ぶ。
「冒険者の中で話題になってな! 手に持って食べるって、最初は驚いたけど、持ち運べるし、どこでも食べられるし、すごく便利だったんだ」
おじさんは得意げに胸を張る。
「それに、あの美味さ!! しっかり宣伝しといたぞ!!」
「うわぁ、ありがとう! おじちゃん!!」
セナが嬉しそうに笑う。
「すぐに開店準備をします! 少々お待ちください!」
シオリが列に向かって頭を下げ、屋台に飛び込む。
ここからは、戦場だ。
ミオが調理。セナは補佐。
シオリとホノカが接客と販売。
「セナ、パティ追加で焼いて!」
「了解! 火、強めでいくぞ!」
「注文三つ! 全部持ち帰りで! 」
「お釣り、二百円です! ありがとうございました!」
バンズが焼ける甘い香りと、肉の香ばしさが混ざり合い、通りの空気そのものが“お腹がすく匂い”に変わっていく。
昨日は足を止めるだけだった人も、今日は列を見て「え、なに?」と近づいてくる。
人が人を呼んで、列が短くなったと思ったら、また伸びる。
「すげぇ……昨日と別世界じゃん」
セナが汗を拭いながら笑った。
「宣伝の効果と、社会的証明ですね。人は“売れているもの”に安心する」
シオリがさらりと言い、次の客に向かって笑顔を作る。
その途中。
「こんにちは」
聞き覚えのある声に、ミオがぱっと顔を上げた。
「エミリーさん!!」
ギルドの受付嬢エミリーが、腕章をつけたまま列に紛れていた。すでに周りの職員らしき人たちも数名、興味深々でこちらを見ている。
「予約の七個、もらいにきたわ。」
エミリーが笑う。
「ありがとうございます!」
ホノカが丁寧に頭を下げ、シオリが素早く数量を確認する。
「てか、これ、ちゃんと特許取った方がいいわよ。商業ギルドで申請できるから、帰りに寄りなさいね!」
「食べ物も取れるんですね。ありがとうございます」
シオリの目が、ぴかっと光った。
それからも、飛ぶようにラビットバーガーは売れた。
ミオの手は止まらない。バンズを焼きながら、バーガーを組み立てていく。
パンを割り、レタスを置き、焼き立てのパティを挟み、ポポを散らし、黄色いトマトを入れ、上のバンズでふた。焼き印を押す。
セナは焼きに徹し、火力を調整しながら次々にパティを焼いていく。
油が跳ね、腕に熱が当たっても、歯を食いしばって動く。
ホノカは接客の合間に、持ち帰り用のカゴと紙を切らさないように、目立たない場所で少しずつ出す。
バーガーを紙に包みカゴに入れてシオリに渡す。
シオリは注文を聞いてお会計、商品のお渡し。
そして――あっという間に、売り切れ間近。
「残り、あと……五個!」
ミオが叫ぶと、列がざわっと波打つ。
買おうか迷っていた人が慌てて前に詰め、並んでいる人がそわそわし始めた。
その列の中に――
明らかに空気の違う女性がいた。
顔を布で隠し、フードを深くかぶっている。
挙動不審。周囲をきょろきょろ見て、時々こちらをじっと睨むように見つめる。目だけが妙に必死だ。
そして、最悪のタイミングで。
「はい、次の方で……完売です!」
ホノカが、申し訳なさそうに告げた。
不審な女性の、目の前。
「えぇええ!? 一個でいいのよ? せっかくここまで来たのに! お願い! どうしても必要なの!」
女性が身を乗り出す。
声はやけに必死で、場違いなほど熱量が高い。
「また、明日来てよ! 明日もやるからさ!」
セナが困ったように言う。
あまり刺激しないように、明るい声で。
「…………」
シオリは、黙ってその女性を観察した。
「どーしたのー?」
ミオが首をかしげる。
シオリは、ため息をひとつついた。
そして、冷たい声で言い放った。
「……アホ女神。おっと、失礼。ゴミ女神。こんな所まで何の用事ですか?」
「びくっ!?」
女性が飛び上がった。
「な、な、なんの事かしら、おほほ。と言いますか、あの崇高な女神様をアホとかゴミとか失礼よあなた!」
声が、素で裏返っている。
隠そうとしているのに、隠しきれていない。
「えっ! 買いに来てくれたの!? ありがとう!」
ミオが満面の笑みで言う。
「だから! 違うって! 言ってるじゃないの!」
女性が焦って否定する。
「てか、こっちにも普通に来れるんだな」
セナが呆れた顔で言った。
「当たり前じゃないの! そんなに頻繁には無理だけど、一応女神なんだもの」
……やっぱり。
ホノカが「わあ……」と小声で呟く。
「ハンバーガーが食べたいんですか?」
シオリが、すっと目を細める。
「私が食べたいわけじゃないのよ! 頼まれたの!!」
女性はぷいっと顔を背けた。
だが、その背け方があまりにも子どもっぽい。
「昨日、来たら良かったのに」
セナが肩をすくめる。
「昨日は、女神総会があって……」
女性がぼそぼそ言う。
「じゃあ、明日、待ってますね。女神様!」
ホノカがにこっと笑い、丁寧に頭を下げた。
女神――セレスティアは、うぐっ、と言葉に詰まった。
そして、悔しそうに地団駄を踏みそうな勢いで、ふらりとその場を離れていった。
◆
片付けを終え、四人は屋台の裏でへたり込んだ。
鉄板はまだ熱を持ち、油の匂いが髪や服にべったりと張り付いている。
「何個売れたんだ?」
セナが水筒の水を一口飲んでから尋ねる。
「一時間三十分で、八十三個売れています。冒険者七割、他三割といった感じでしょうか」
シオリが淡々と答えるが、声にはわずかな達成感が混じっていた。
「じゃぁ……五万円近く、売れた計算になるんだね」
ホノカが驚いたように目を丸くする。
昨日の十三個が嘘みたいだ。
「はぁ、焼きっぱなしで疲れた。材料もほとんどなくなっちゃったなぁ」
セナが腕をぐるぐる回す。肩がバキバキだ。
「明日から、午前中は材料集め、十一時から準備、十二時に販売開始をルーティーンにしましょう」
シオリが即座に次の計画を立てる。
「……シオリ、怖い。もう社長じゃん」
ミオがぽそっと言うと、セナとホノカが思わず笑った。
「あのさ、商業ギルドの後、水浴びしに行かない? 林の奥に見つけたんだぁ」
ミオが急に目を輝かせる。
「いいね! 全身油っぽい……」
セナが即賛成した。
「お洋服も、一緒に洗いたい……」
ホノカも頷く。
「んじゃ! パパっと行っちゃおっか!」
ミオが立ち上がり、両手をぱんっと叩いた。
◆
天界。
「おかえりー♪ 待ってたわー! 早く、ちょーだい♡」
ルーナはふわふわのソファで寝転びながら、足をぶらぶらさせていた。
その前に立つセレスティアは、顔色が悪い。いつもの凛とした威厳が、今はどこにもない。
「買えなかった……」
セレスティアが、絞り出すように言う。
「ん? なぁに?」
ルーナが、わざとらしく首をかしげる。
「買えなかったの!! 目の前で完売したの!!」
セレスティアが、とうとう叫んだ。
ルーナが、腹を抱えて笑い始める。
「はー、もちろん、見てたわ♡」
「じゃあ! なんで買えたか聞くのよ!!」
セレスティアが地団駄を踏む。神々しいはずの床が、揺れそうな勢いだ。
「だぁってぇ、面白いんだもの♡」
ルーナは涙を拭きながら言う。
「私は! アホ女神でも! ゴミ女神でも! なぁーーい!!!」
セレスティアの叫びが天界に響く。




