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勇者じゃない私たちの異世界ファストフード店、開店です  作者: mii


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7/10

「売り切れって言った!?困るんだけど!!」


 翌朝。宿屋の狭い一室。


 朝日が窓から差し込み、4つ並んだベッドには、ほこりがきらきらと舞っている。


 シオリ、セナ、ホノカの三人は、すでに起きていて、それぞれベッドの端に座っていた。

 ミオだけが、ひとりだけ気持ちよさそうに布団にくるまり、スースーと寝息を立てている。


「今日、しっかり稼がなくては、宿代が底を尽きます」


 シオリが淡々と告げる。手元ではギルドでもらった紙に、昨日の売上と支出が几帳面に書かれていた。


「昨日は、半額セールで十三個しか、売れてないもんね……」


 ホノカがしゅん、と肩を落とす。

 確かに、ゼロよりはずっと良かった。初日としては上出来――そう言い聞かせても、数字を見ると不安はどうしても胸の奥で膨らむ。


「そうなったら、またギルドで依頼を受けるしかねーなぁ」


 セナが腕を組んで天井を見上げた。


「まず小さな目標として、屋台のみの収入で生活ができるようになることと、商品を増やすこと」


 シオリは指を折って続ける。


「そして大きな目標を――我々の店舗兼住宅を購入することとしましょう」


「店舗兼住宅?」


 ホノカが目を丸くする。


「ええ。色々なことを考えると、それが一番理想的です。住む場所が安定し、保管も安全で、仕込みもできる。……何より、目立たずに動けます」


 最後の一言に、セナが「たしかに」と小さくうなずいた。


 その瞬間。


 ドシンッ!


 鈍い音がした。


「うぅ……床に、殴られた……」


 声の方向を見ると、ミオが床に落ちていた。

 寝相が悪すぎて、布団ごとベッドから転げ落ちたらしい。髪はぐしゃぐしゃ、頬には枕の跡がくっきりだ。


「ミオちゃん、大丈夫?」


 ホノカが慌てて駆け寄る。


「だいじょーぶ……床が強かった……」


 ミオはゆっくり起き上がり、涙目のまま両手で頬を押さえた。


「……その元気があるなら問題ありません。さぁ、準備をしましょう」


 シオリが容赦なく言い切ると、ミオが「へーい」と間延びした返事をした。


 ◆


 屋台へ向かう道。


 ギルド通りが近づくにつれ、人の気配が濃くなる。革鎧の冒険者、買い物袋を下げた主婦らしき女性、子どもを連れた家族――いつもより、明らかに人が多い。


 そして、見えてきた。


 人だかり。


「あれ……私たちの屋台がある場所じゃ……」


 ホノカの声が震える。


「えっ!? 何かあったんじゃないよな?」


 セナが一歩早く歩き出す。


「急ぎましょう」


 シオリが短く言い、四人は小走りになる。


 屋台の前に到着すると――そこには、列ができていた。

 昨日までが嘘みたいに、人が並んでいる。しかも、冒険者っぽい人が多い。


「おー! きたきた! 待ってたんだよ!」


 列の先頭にいたのは、昨日のあのおじさんだった。手をぶんぶん振っている。


「どーしたんですか??」


 ミオが素直に叫ぶ。


「冒険者の中で話題になってな! 手に持って食べるって、最初は驚いたけど、持ち運べるし、どこでも食べられるし、すごく便利だったんだ」


 おじさんは得意げに胸を張る。


「それに、あの美味さ!! しっかり宣伝しといたぞ!!」


「うわぁ、ありがとう! おじちゃん!!」


 セナが嬉しそうに笑う。


「すぐに開店準備をします! 少々お待ちください!」


 シオリが列に向かって頭を下げ、屋台に飛び込む。

 ここからは、戦場だ。


 ミオが調理。セナは補佐。

 シオリとホノカが接客と販売。


「セナ、パティ追加で焼いて!」

「了解! 火、強めでいくぞ!」

「注文三つ! 全部持ち帰りで! 」

「お釣り、二百円です! ありがとうございました!」


 バンズが焼ける甘い香りと、肉の香ばしさが混ざり合い、通りの空気そのものが“お腹がすく匂い”に変わっていく。


 昨日は足を止めるだけだった人も、今日は列を見て「え、なに?」と近づいてくる。

 人が人を呼んで、列が短くなったと思ったら、また伸びる。


「すげぇ……昨日と別世界じゃん」


 セナが汗を拭いながら笑った。


「宣伝の効果と、社会的証明ですね。人は“売れているもの”に安心する」


 シオリがさらりと言い、次の客に向かって笑顔を作る。


 その途中。


「こんにちは」


 聞き覚えのある声に、ミオがぱっと顔を上げた。


「エミリーさん!!」


 ギルドの受付嬢エミリーが、腕章をつけたまま列に紛れていた。すでに周りの職員らしき人たちも数名、興味深々でこちらを見ている。


「予約の七個、もらいにきたわ。」


 エミリーが笑う。


「ありがとうございます!」


 ホノカが丁寧に頭を下げ、シオリが素早く数量を確認する。


「てか、これ、ちゃんと特許取った方がいいわよ。商業ギルドで申請できるから、帰りに寄りなさいね!」


「食べ物も取れるんですね。ありがとうございます」


 シオリの目が、ぴかっと光った。


 それからも、飛ぶようにラビットバーガーは売れた。


 ミオの手は止まらない。バンズを焼きながら、バーガーを組み立てていく。

パンを割り、レタスを置き、焼き立てのパティを挟み、ポポを散らし、黄色いトマトを入れ、上のバンズでふた。焼き印を押す。


 セナは焼きに徹し、火力を調整しながら次々にパティを焼いていく。

 油が跳ね、腕に熱が当たっても、歯を食いしばって動く。


 ホノカは接客の合間に、持ち帰り用のカゴと紙を切らさないように、目立たない場所で少しずつ出す。

 バーガーを紙に包みカゴに入れてシオリに渡す。


シオリは注文を聞いてお会計、商品のお渡し。


 そして――あっという間に、売り切れ間近。


「残り、あと……五個!」


 ミオが叫ぶと、列がざわっと波打つ。

 買おうか迷っていた人が慌てて前に詰め、並んでいる人がそわそわし始めた。


 その列の中に――

 明らかに空気の違う女性がいた。


 顔を布で隠し、フードを深くかぶっている。

 挙動不審。周囲をきょろきょろ見て、時々こちらをじっと睨むように見つめる。目だけが妙に必死だ。


 そして、最悪のタイミングで。


「はい、次の方で……完売です!」


 ホノカが、申し訳なさそうに告げた。


 不審な女性の、目の前。


「えぇええ!? 一個でいいのよ? せっかくここまで来たのに! お願い! どうしても必要なの!」


 女性が身を乗り出す。

 声はやけに必死で、場違いなほど熱量が高い。


「また、明日来てよ! 明日もやるからさ!」


 セナが困ったように言う。

 あまり刺激しないように、明るい声で。


「…………」


 シオリは、黙ってその女性を観察した。


「どーしたのー?」


 ミオが首をかしげる。


 シオリは、ため息をひとつついた。

 そして、冷たい声で言い放った。


「……アホ女神。おっと、失礼。ゴミ女神。こんな所まで何の用事ですか?」


「びくっ!?」


 女性が飛び上がった。


「な、な、なんの事かしら、おほほ。と言いますか、あの崇高な女神様をアホとかゴミとか失礼よあなた!」


 声が、素で裏返っている。

 隠そうとしているのに、隠しきれていない。


「えっ! 買いに来てくれたの!? ありがとう!」


 ミオが満面の笑みで言う。


「だから! 違うって! 言ってるじゃないの!」


 女性が焦って否定する。


「てか、こっちにも普通に来れるんだな」


 セナが呆れた顔で言った。


「当たり前じゃないの! そんなに頻繁には無理だけど、一応女神なんだもの」


 ……やっぱり。


 ホノカが「わあ……」と小声で呟く。


「ハンバーガーが食べたいんですか?」


 シオリが、すっと目を細める。


「私が食べたいわけじゃないのよ! 頼まれたの!!」


 女性はぷいっと顔を背けた。

 だが、その背け方があまりにも子どもっぽい。


「昨日、来たら良かったのに」


 セナが肩をすくめる。


「昨日は、女神総会があって……」


 女性がぼそぼそ言う。


「じゃあ、明日、待ってますね。女神様!」


 ホノカがにこっと笑い、丁寧に頭を下げた。


 女神――セレスティアは、うぐっ、と言葉に詰まった。

 そして、悔しそうに地団駄を踏みそうな勢いで、ふらりとその場を離れていった。


 ◆


 片付けを終え、四人は屋台の裏でへたり込んだ。

 鉄板はまだ熱を持ち、油の匂いが髪や服にべったりと張り付いている。


「何個売れたんだ?」


 セナが水筒の水を一口飲んでから尋ねる。


「一時間三十分で、八十三個売れています。冒険者七割、他三割といった感じでしょうか」


 シオリが淡々と答えるが、声にはわずかな達成感が混じっていた。


「じゃぁ……五万円近く、売れた計算になるんだね」


 ホノカが驚いたように目を丸くする。

 昨日の十三個が嘘みたいだ。


「はぁ、焼きっぱなしで疲れた。材料もほとんどなくなっちゃったなぁ」


 セナが腕をぐるぐる回す。肩がバキバキだ。


「明日から、午前中は材料集め、十一時から準備、十二時に販売開始をルーティーンにしましょう」


 シオリが即座に次の計画を立てる。


「……シオリ、怖い。もう社長じゃん」


 ミオがぽそっと言うと、セナとホノカが思わず笑った。


「あのさ、商業ギルドの後、水浴びしに行かない? 林の奥に見つけたんだぁ」


 ミオが急に目を輝かせる。


「いいね! 全身油っぽい……」


 セナが即賛成した。


「お洋服も、一緒に洗いたい……」


 ホノカも頷く。


「んじゃ! パパっと行っちゃおっか!」


 ミオが立ち上がり、両手をぱんっと叩いた。


 ◆


 天界。


「おかえりー♪ 待ってたわー! 早く、ちょーだい♡」


 ルーナはふわふわのソファで寝転びながら、足をぶらぶらさせていた。

 その前に立つセレスティアは、顔色が悪い。いつもの凛とした威厳が、今はどこにもない。


「買えなかった……」


 セレスティアが、絞り出すように言う。


「ん? なぁに?」


 ルーナが、わざとらしく首をかしげる。


「買えなかったの!! 目の前で完売したの!!」


 セレスティアが、とうとう叫んだ。


 ルーナが、腹を抱えて笑い始める。


「はー、もちろん、見てたわ♡」


「じゃあ! なんで買えたか聞くのよ!!」


 セレスティアが地団駄を踏む。神々しいはずの床が、揺れそうな勢いだ。


「だぁってぇ、面白いんだもの♡」


 ルーナは涙を拭きながら言う。


「私は! アホ女神でも! ゴミ女神でも! なぁーーい!!!」


 セレスティアの叫びが天界に響く。


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