「やるっきゃねぇ!初日、突破!!」
次の日の午前。
空はよく晴れていて、雲ひとつない。ギルド通りの端っこ、昨日と同じ場所に、木製の屋台がどん、と構えている。
石窯にはすでに熱が入り、かすかに小麦の焼ける匂いが漂っていた。通りを行き交う人たちは、ちらりと一瞥だけして通り過ぎていく。今のところ、ただの新顔の屋台だ。
「よしっと、あとはミオとホノカが帰ってくれば開店できます」
屋台の中で、シオリが最後の確認をする。
バンズを並べる木の台、包む紙を置くスペース、お金を入れる小さな箱――必要なものがきれいに並び、少しでも無駄な動きがないように配置されている。
「最初のバンズも焼けたよー!」
石窯のほうから、セナの声が飛んでくる。
窯の中では、丸く成形した小さなパンが、ふっくらと膨らんでいた。こんがりとした焼き色がつき始めて、鼻をくすぐる小麦の匂いが立ち上る。
「とりあえず次々焼いちゃって平気だよな?」
「はい。三十食分は用意しておきたいです。まぁ、初日から売れるとは思っていませんが」
シオリは冷静に言いながら、念のためバンズの数を指で数え直す。
「売れてほしいけどなー」
セナは笑いながら、窯の中のバンズを慎重にひっくり返した。
そこへ、通りの奥から聞き覚えのある声が近づいてくる。
「ただいまー! カゴと紙作ってきたよー♪」
ミオが両手をぶんぶん振りながら走ってきた。
そのすぐ後ろを、ホノカが少し小走りでついてくる。
「たくさん作ってくれたよ。ここに少しずつ出しておくね」
ホノカは周囲をきょろきょろと確認してから、屋台の影に回り込む。
人目のないところでそっと手をかざすと、空中から木の屑で作った紙束と、小さなカゴが少しだけ取り出された。
紙は、少しざらついてはいるが、ハンバーガーを包むには十分な強度があり、カゴは持ち帰り用にちょうど良いサイズだ。
「助かります。では、配置しておきましょう」
シオリが受け取った紙とカゴを、屋台の隅に整然と並べていく。
その時、時間を告げる鐘の音がこの街のどこからか響いてきた。
「皆さん、午前十一時になりました」
シオリが空を見上げ、小さく頷いた。
ギルド通りの人の流れが、少しずつ増え始めている。
「ここから約二時間、お昼時です」
ミオが両手を高く上げて宣言する。
「いざ! 開店!」
その声は、まだ誰にも届いていない。けれど、四人にとっては――記念すべき「第一声」だった。
◆
それから三十分ほどが過ぎた。
「……あれから結構、経つけど……一個も売れないな」
セナが、焼き上がったバンズを眺めながら小声で呟く。
温め続けている鉄板の上には、試作と同じ要領で焼いたパティがじゅうじゅうと音を立てている。匂いはしっかりと通りに広がっているはずだ。
「匂いに釣られて足を止めてくれる人は、何人かいるけど……購入までは行ってくれないね」
ホノカが、通りを行く人の背中を見送る。
一歩近づいて、屋台の前まで来て、説明を聞いて――
「持ち帰って?」「手に持って食べる?」のあたりで、だいたい苦笑いを浮かべて去っていく。
「安心してください。これくらいのことは予測済みです」
シオリは、表情ひとつ変えずに答えた。
「シオリには、何か考えがあるんだね!?」
ミオがくいっと顔を近づける。瞳には期待しかない。
「ズバリ――開店セールです」
シオリが指を一本立てて言い切る。
「今日だけ、ハンバーガーの価格を半額にします」
「それって、赤字になっちゃうんじゃ?」
セナが眉をひそめる。
「まず、味を知ってもらわないことには意味がありません。そして、試食をしたところで、その場で食べてもらうのは極めて難しいです」
シオリは、さっきまでの客の反応を思い出しながら言葉を続ける。
「しかーし!」
少しだけ声を張り、胸を張る。
「一度食べたらやみつきに。そして、人から人へ宣伝してもらうのです」
ドヤァ――と、文字に起こせそうなほどの表情である。
「よし、やるっきゃねぇか!」
セナが拳を握る。
「ミオは調理担当! 私は販売! セナとホノカで呼び込みをお願いします!」
「「「ラジャー!」」」
四人の声が見事に揃った。
セナは屋台の一歩前に出て、大きく息を吸い込む。
「本日、開店セールで半額でーす!」
よく通る声が通りに響く。
その隣で、ホノカが少し緊張した面持ちで続く。
「お、お持ち帰りが出来ます!」
手に持ったカゴを、恥ずかしそうに掲げる。
「おじちゃん、一個買って行かない?」
セナが、ちょうど通りかかった冒険者風のおじさんに声をかけた。
革の鎧に、腰には短剣。日に焼けた顔はどこか人の良さそうな雰囲気だ。
「あ、あの! とっても美味しいので……」
ホノカも精一杯声を出す。
おじさんは、屋台の上のハンバーガーをじーっと見て、焼き印のウサギマークに目を留めた。
「んー。じゃあ、二個もらおうか」
「ありがとうございます!!!」
四人の声が重なった。
「二個で六百円です!」
シオリが笑顔で答え、素早く金額を告げる。
おじさんが1000円を差し出すと、シオリは丁寧に受け取り、釣り銭を渡した。
「はい! ラビットバーガー二個、いっちょ上がり!」
ミオが手早く二つのハンバーガーを包み、カゴに入れておじさんに差し出す。
焼き立てのパンと、肉の匂いがむわっと立ち上り、おじさんは思わず鼻を鳴らした。
「昨日、ここを通ったんだ。いい匂いがして、気になってたんだよ。……ラビットバーガーね」
おじさんは、カゴを受け取りながら言う。
「美味しかったら、近所の人にオススメしてくれる?」
セナが半分冗談、半分本気で尋ねる。
「任せな。店の名前はなんて言うんだい?」
その一言で、四人の動きが止まった。
「……」
全員の視線が空中でさまよう。
「このお店の名前って、なに?」
沈黙を破ったのは、まさかのミオだった。
「お前が聞くな!」
セナが即座にツッコむ。
「うかつでした。いちばん大切なことを忘れていました」
シオリが額を押さえる。
「あ、あの、おじさん。明日までには決めておくので……」
ホノカが慌てて頭を下げる。
「わははっ、若いっていいねぇ。じゃあ、またここを通るから、その時に感想を言うよ」
おじさんは豪快に笑い、そのまま通りの向こうへ歩いていった。
「ありがとうございました!!」
四人は揃って頭を下げる。
「こんにちは」
少しして聞こえてきた声に、ミオが顔を上げた。
「エミリーさん!!」
ギルドの受付嬢、エミリーがそこに立っていた。
仕事の休憩中なのか、ギルドの腕章をつけたままだ。
「へー、これが言ってた食べ物ねー。ひとつ買うわ」
「ありがとうございます」
シオリが嬉しそうに微笑む。
「……あっ、ねぇ! な、並んでる! 三組並んでるよ」
ホノカが小さな声で叫ぶ。
気づけば、エミリーの後ろに、興味深そうにこちらを見ている人たちが三組ほど列を作っていた。
◆
夕方。
太陽は傾き始め、通りの影が少しずつ長く伸びている。
「一人購入すると、警戒心が解けるのか、そのまま何組か並びますが……」
シオリが今日一日を思い返すように呟く。
「誰もお客さんがいなければ、全く売れない時間帯もありますね」
「結局売れたのは、十三個」
セナが数を確認するように指を折る。
半額セールだったこともあり、売上はさほど大きくない。それでも、「ゼロではなかった」という事実は、四人の胸の中をじんわりと温かくしていた。
「大丈夫です。余った材料はホノカへ。ミオとセナは屋台の片付けをお願いします」
シオリが手際よく指示を出す。
「はーい。……あ、お店の名前どうするー?」
片付けながら、ミオがふと思い出したように言う。
「私、そうゆうのセンスないからなぁ」
セナが肩をすくめる。
「同じく」
シオリもきっぱりとした顔で言った。
「あ、あの」
おずおずと手を挙げたのはホノカだった。
「ミオちゃんが作ってくれた、うさぎのスタンプ。とっても可愛いから、そのままお店のマークに使えないかなって」
「あり」
セナが即答する。
「なら! “ラビッツ”なんて、どう!」
ミオがぱっと顔を輝かせる。
「単純すぎませんか?」
シオリがすかさずツッコむ。
「まー、ラビットバーガーだってシンプルイズベストだし、ありなんじゃない?」
セナが笑いながら肩をすくめる。
「じゃー、決まり!!」
ミオが嬉しそうに両手を叩く。
四人で見合わせて、こくりと頷く。
ようやく――この店にも名前がついた。
「よし、片付け終わり! 宿に帰りますか!」
セナが道具を片付け終え、屋台を元のように畳んでいく。
◆
帰り道。宿の入口周辺。
日が沈みかけ、街灯代わりの魔道具がぽつぽつと灯り始めていた。
「おーい! あなた達ー!!」
少し離れたところから、聞き覚えのある声が飛んでくる。
「エミリーさん?」
ホノカが振り向くと、冒険者ギルドの制服を着たエミリーが、息を弾ませながら駆け寄ってくるところだった。
「あれ! あれ、何!? すごかったわ、あんなに美味しい食べ物、人生で初めてよ!?」
エミリーは興奮気味にまくし立てる。
頬は少し紅潮していて、目がきらきらしている。
「あれはハンバーガーだよ!! ラビットバーガー!!」
ミオが胸を張る。
「明日もやるのよね? 屋台! ギルドの職員たちも興味津々でね、私もまた食べたいわぁ……予約できないかしら?」
エミリーは手を合わせて、期待をこめた目で見つめてくる。
「大丈夫です。何個、ご購入されますか?」
シオリがすぐさま商売モードに切り替わった。
「七個、お願い!」
エミリーは迷いなく数字を告げる。
「ありがとうございます!!」
セナが頭を下げる。
七個分――それだけで、今日売った十三個の半分以上の数になる。
「明日は、絶対に今日より忙しくなりますね」
シオリが、少しだけ楽しそうに口元を緩めた。
「気合いだーー!!!」
ミオが拳を突き上げる。
「「「おー!!」」」
三人の声が重なり、宿の前の小さな広場に響いた。




