「異世界初ハンバーガー!爆誕だぁぁ!!」
ここはギルド通りの端。
人通りはそれなりにあるけれど、通りの真ん中ほど混んではいない、少しだけ余裕のある場所だ。石畳の上に、ミオが作った木製の屋台がどん、と構えている。
異世界ファーストフードの第一歩となる、ハンバーガーの試作品――
その一個を生み出すためだけに、今この小さな屋台は、まるで戦場のような騒がしさに包まれていた。
「シオリ、レタスをもうちょい細く! セナ、塩とコショウ、そこ! ホノカ、バンズの確認を!」
屋台の内側でミオがまくしたてる。
真剣な眼差しで、袖を肘までまくり上げたその姿は、すでに“司令塔”というより“戦場の指揮官”だった。
「了解です。レタス、細切りに」
シオリはナイフを握り、淡々と手を動かす。シャキ、シャキ、と野菜の切れる軽い音が続けざまに響く。
「塩、ひとつまみでいいんだよな?」
「うん、ひとつまみと、コショウは二振り! あ、強く振りすぎると辛くなっちゃうから、優しくね!」
「はいはい」
セナは笑いながら、器用に手首だけを使ってスパイスを振る。肉をこねるのは慣れていないはずなのに、筋力強化のおかげか、ボウルの中のひき肉はあっという間にまとまっていった。
「バンズは……ちゃんと焼けていそうです。」
ホノカが石窯から取り出す。
少しこんがりしたきつね色で、表面はぱりっと、中はふんわりとやわらかい。近づけば、小麦と少し甘い香りがふわりと鼻をくすぐった。
通りを歩く人たちは、その匂いに気づき始めていた。
最初は「何かやってるな」という程度の視線だったのが、屋台の上で次々と形を成していく丸いパティや、焼き始めた肉の香ばしい匂いに釣られて、足を止める人がぽつぽつと増えていく。
「なんだあれ」「肉焼いてるのか?」
「いい匂い……」
ひそひそとした声が、風に乗って届いてくる。
「セナ、火、少し強すぎるかも、少し下げてくれる?」
「了解、ちょっと下げる。」
石窯の中に組んだ炭火に、セナが慎重に空気を送る。鉄板の上では、丸く整えられたツノウサギのパティがじゅうじゅうと音を立て、脂がじわりと溶け出していた。
「ひっくり返しまーす!」
鉄板の上でパティがくるっと返ると、焼き色のついた面から、さらに強い肉の香りが立ち上る。
「……お嬢ちゃんたち、何を作ってるんだい?」
屋台の前に立った中年の男性が、好奇心たっぷりの声をかけてきた。
「ハンバーガーっていう、新しい食べ物です!」
ミオが笑顔で答える。
「パンに、お肉と野菜を挟んで、手で持って食べられるようにしたやつなの。立ったままでも、歩きながらでも食べられるよ!」
「歩きながら……?」
男性は苦笑いを浮かべる。
後ろにいた女性も、なんとも言えない微妙な顔をしていた。
「そんなはしたないことは……」
一応、持ち帰り用のカゴも用意してある、と説明すると、少しだけ安心したようにうなずいてくれる人もいたが、全体的に料理を外で食べたり、それを持って帰ったりするという行為の抵抗は根深そうだった。
「お肉焼けたよー! じゃあ、組み立て入ります!」
ミオは下のバンズにレタスをのせ、その上にこんがり焼き上がったパティをのせる。立ち上る湯気が顔にかかり、思わずごくりと喉が鳴った。
「最後にトマトスライス、ぱかっと挟んでぇ……」
上のバンズをかぶせた瞬間、ひとつのハンバーガーが完成した。
「出来上がり!!」
ミオが思わず声を上げる。
「では……食べてみましょう」
シオリが静かに頷き、四人の前に一個ずつハンバーガーが配られた。
「せーの、でいきます?」
「うん!」
四人は半円を描くように並び、同時に大きく口を開ける。
「せーのっ!」
がぶっ、と一斉にかぶりつく。
バンズのふわりとした感触の後、肉汁の乗ったパティが歯を押し返し、その向こうでシャキシャキとしたレタスとみずみずしいトマトが弾けた。
ギルド通りを歩いていた人たちが、その光景をちらちらと横目で見てくる。
外でパンを手づかみで食べる四人の姿は、やはりこの街では目立つらしい。
「うんまい!!」
最初に叫んだのはセナだった。
「本当に……とっても美味しいです……」
ホノカも、感動したように両手でハンバーガーを包み込む。
「これはこれで美味しいんですけど。でも、何か欠けているような……」
シオリは冷静に味を確かめながら、小さく首を傾げた。
「ツノウサギの肉が、思ったより肉々しいな。食べてるうちに飽きるというか……」
セナが二口、三口と頬張りながら言う。
「これは……。もぐもぐ……ずばーり! ピクルスを追加するべきかもですな、諸君!!!」
ミオが急に真顔になり、勢いよく人差し指を立てる。
「なるほど。酸味……というわけですね」
シオリが目を細める。
「それに、このトマト? 甘すぎるな」
セナが、トマト部分だけを少しだけかじってみて言う。
たしかに、ここのトマトはやたらと甘く、果物に近い印象だった。
「わ、私、買ってくるよ! トマト何種類かあったし、違うやつも。食べてる最中だけど、ここに挟めばすぐに試せるから」
ホノカが提案し、準備を始める。
「セナ、ホノカと一緒にお願いします。トマトは黄色のやつを。あとピクルスではないんですけど、それに近いものが同じ露店に売ってました。“ポポ”という保存食のようなものです」
シオリが素早く指示を出す。
「了解、行ってくる」
セナが軽く手を挙げ、ホノカと一緒に通りへ駆け出していった。
二人の背中が人混みに紛れて見えなくなるまで見送ってから、ミオがぽつりと呟く。
「お買い物くらいなら、ホノカ一人でも大丈夫だったんじゃない??」
「……気が付いてないと思いますけど」
シオリは息をひとつ吐き、視線を通りの方へ向けた。
「まぁ、私は“探知レーダー”みたいなのがあるんで、それのおかげもあるんですけど。スリだったり、喧嘩だったり、見えないところで犯罪まがいなことをしている人たちが、そこら中にいるんですよ」
ふっと目の端で、路地裏に消えていくフード姿の男が見えた。
別の方向では、酔っ払い同士が肩をぶつけ合い、何やら言い争っている。
「この世界は、あなたたちが思っているほど、ずっと物騒です」
「……」
ミオが珍しく青ざめる。
「全然気が付かなかった」
「だ、か、ら。単独行動は、絶対に厳禁です」
一語一語に力を込めて、シオリが言い切る。
「うっ」
ミオは肩をすくめ、小さくなった。
◆
しばらくして、セナとホノカが戻ってきた。
ホノカの両手には、黄色のトマト、それに瓶詰めの“ポポ”が抱えられている。
「ただいま。トマトとポポ、買ってきた」
「ありがとう! じゃあ、切って挟んでみよっか!」
ミオがまな板を準備し、トマトを次々と薄くスライスする。
黄色いトマトは、赤いものよりも酸味が強く、果肉も少ししっかりしているように見えた。
「ポポは……鑑定の情報通り、酸味と塩気が強いですね。ピクルスに近いです」
シオリが小さくひとかけらを口に運び、味を確認する。
出来上がったハンバーガーに、新しいトマトを挟み、ポポを細かく刻んで追加する。
さっきと見た目はほとんど変わらないが、立ちのぼる香りがどことなく引き締まったように感じた。
「じゃ、第二弾、試食行きまーす!」
ミオの掛け声で、四人は再び一斉にかぶりつく。
「うーーーんまーーーーーーい!!!」
今度はミオが一番大きな声を上げた。
「さっきも美味しかったけど、全然変わるね」
ホノカの目がきらきらと輝く。
「程よい酸味で、全然飽きない!」
セナも満足そうに頷きながら、もう一口大きくかじる。
「これならいけます」
シオリが短く言い切った。その声には、いつもより少しだけ高揚が混じっている。
「商品名は、どうする?」
ホノカが、両手で包んだハンバーガーを見つめながら問う。
「それなら! ラビットバーガーだよ!」
ミオが即答する。
「シンプルすぎない?」
セナが笑う。
「いや、シンプルな方が分かりやすくて良いでしょう」
シオリはあっさり肯定した。
「あとは価格ですが、この世界の食事代がだいたい一回一人千円前後です。なので、ラビットバーガー単品で六百円にしましょう。後々、飲み物とサイドメニューのセットで千円にします」
「いいねー!」
ミオが満足そうにうなずく。
「あっそういえばこれ見てー」
ミオがポケットをごそごそと探り、小さな石の塊を取り出した。
「ウサギ型の……ハンコ?」
ホノカが首をかしげる。
「素材は石で作ったんだけどねー。本当は鉄の方がくっきり跡が付くんだけど、こうやって熱してバンズに押せば!」
ミオは石窯の端でそのハンコを温めると、バンズの表面にぎゅっと押し当てた。
「すげー! バンズにウサギの焦げ目が!」
セナが目を丸くする。
ふわふわのバンズの表面に、小さなウサギのシルエットがこんがりと焼き印になって浮かび上がっていた。
「良い案ですね」
シオリが満足げにうなずく。
「いよいよ明日は、我らがファーストフード店の第一歩です」
その言葉に、ミオの胸が高鳴る。
「ワクワクしてきた!」
「私は、不安でいっぱい」
ホノカが胸の前で両手をぎゅっと握りしめる。
「やるっきゃないでしょ!」
セナが笑って拳を突き上げた。
「がんばるぞーーーー!!!」
ミオが両手を高く上げて声を張り上げる。
その瞬間、周りの人が何事かと一斉にこちらを振り向いた。
視線が集まっていることに気づいた三人――シオリ、ホノカ、セナが、慌ててミオの服の裾を引っ張る。
「……ぉー」
声のボリュームだけ、しゅるっと小さくなった。
ギルド通りの端で生まれたラビットバーガーは、まだ誰にも知られていない。
けれど、これが、世界の常識を変える、
大きな一歩になるのは、そう遠くない未来である。




