「目立ったら、終わり。以上!」
冒険者ギルドは、昼前だというのにもう人でいっぱいだった。
昨日よりも少し慣れた足取りで、セナたちはカウンターへ向かう。
「ツノウサギの討伐報告をお願いします!」
セナがギルドカードと依頼書を差し出すと、受付のエミリーがいつもの笑顔で迎えてくれた。
「おかえりなさい! 四匹で五千円よ」
ひょい、とカウンターの上に銀貨と銅貨が並べられる。
数字は見慣れた「¥」表記だが、重さも材質も日本の硬貨とは違う。異世界の貨幣が、翻訳スキルのおかげで“円”に見えているだけだ。
「ツノウサギのお肉が欲しいんですが、どこかで加工って出来ますか?」
シオリが前に出て質問する。
「あら、お肉、欲しいのね? それならここで加工もやっているわよ。お金がかかるけどね」
エミリーはカウンター横の扉を親指で指す。奥には小さな調理場のようなスペースがちらりと見えた。
「よく、討伐対象の素材が欲しいって冒険者がいるから。その場で捌くのは大変だし、衛生的にもよろしくないのよ。お肉以外はいらないわね? 報酬額の半分でやってあげられるわ。四匹よね?」
「ホノカ、ツノウサギを」
「はい」
ホノカが、一歩前に出る。
その両手がふわりと光り、空中から――どさっ、と大きな袋を五つ、取り出した。
「一袋に四匹入っています」
シオリが淡々と補足する。
「えっと。あなた達……本当に新人なのよね?」
エミリーの笑顔が、ぴたりと止まった。
小さな口を半開きにしたまま、五つの袋と四人の顔を交互に見比べる。
「か、確認するわね……十、二十……うん、間違いないわ。ツノウサギ二十匹。加工代と差し引きして……」
カウンターの裏で、エミリーが慣れた手つきで計算を始める。
「一万二千五百円の報酬です」
「ありがとうございます」
セナが深々と頭を下げると、エミリーも軽く会釈を返す。
「加工するのに少し時間がかかるから、一時間後にまた来てちょうだい。それと――ホノカちゃんだっけ?」
エミリーがカウンター越しに身を乗り出し、ホノカにそっと声を潜める。
「あなた、マジックバックかなんか持ってるの? さっきの、どう見ても不自然すぎるわ。しかも、かなりたくさん入りそうよね」
「えっ」
ホノカの顔が固まる。
「マジックバックってなにー?」
ミオが首をかしげてきょろきょろと辺りを見回した。
「えぇ? 収納できる魔道具よ。知らないの?」
エミリーが逆に驚く。
「道具じゃなくて、そうゆうスキルとかって、あったりします?」
セナがさりげなく探るように訊ねる。
「スキルで? 面白いこと言うのね。何もないところに収納できるわけないじゃない。物によってピン切りだけど、たくさん入るカバンなんて高級品の中でもさらにレアよ。」
「分かりました! すみません。私たちは田舎出身なので、気をつけます!」
シオリが食い気味に割り込む。笑顔だが、目は笑っていない。
「そ、そうです。そんなレアなものだったなんて……」
ホノカも慌てて手をぶんぶん振った。
「ふふ。気をつけなさいね? 高く売れそうだと思ったら、盗もうとする人もいるから」
エミリーが意味ありげにウインクすると、四人は同時に背筋を伸ばした。
「じゃあ、お肉は任せて。一時間後、また来てね」
「待っている間、昼食にしましょう」
話し終えたところで、シオリが提案する。
「食べ終わってお肉を受け取ったら、GOだね!」
ミオが拳を握る。
屋台、ハンバーガー、ファーストフード店――頭の中ではすでに、あの香り高い油と肉汁でいっぱいだ。
簡単に昼を済ませたあと、お肉を受け取り、四人は屋台出店予定地へ向かうことにした。
◆
ギルド通りの端。
人通りはそこそこあるが、真ん中ほどの混雑はなく、少し余裕のある場所。通り沿いの建物の影がちょうど日よけになりそうなスペースだ。
「これからは、あまり目立たないように注意しましょう。あのボケ女神、やはり間違えてスキル付与したんじゃないでしょうか」
シオリが黒い笑みを浮かべながら呟く。
「あっちの建物の陰で、屋台出してくるね……」
ホノカがそろそろと建物の影へ回り込む。
「一緒に行くよ」
セナも後を追った。
建物の陰で、人目を避けるようにホノカが手をかざす。
ふっと空間が揺れ、そこに木製の屋台が現れた。折りたたまれていた板がきちんと固定され、車輪も問題なさそうだ。
「今あるお金は、だいたい九万円くらいでしょうか」
通りの端で、シオリが小声で勘定する。
「今夜の宿代で二万、夜ごはんで四千円マイナスなので、残りは六万五千円」
「足りるー?」
ミオが不安そうに首をかしげる。
「大丈夫です。ホノカに大きめのカバンを買ってあげたいですね。怪しまれないために」
「そーだよねぇ。道具とか、ほとんどホノカの倉庫に預けてるもんねー。布と針と糸があれば作れるよー!」
ミオが胸を張る。
「食材を買って余ったお金で考えましょう。あと、私たちの着替えも欲しいです」
「同じ服だもんねー。お風呂も入りたぁい」
ミオがぐにゃっと体をくねらせる。
「ただいまー」
屋台を出し終えたホノカとセナが戻ってくる。
「では、私とホノカで食材調達。ミオとセナは屋台の準備と見張りをお願いします」
シオリが役割を割り振る。
「お肉、ここに出しておくね」
ホノカは屋台の陰に回り、周囲から見えない位置で手をかざした。
次の瞬間、加工済みのツノウサギ肉が詰まった包みが、音もなく現れる。
「よーし! パパっとひき肉にしちゃうよー!」
ミオが目を輝かせる。
「ここは任せて。気をつけて!」
セナが二人の背中に声をかけると、シオリとホノカは食材調達に向けて通りへと歩き出した。
◆
――食材調達組。
「ハンバーガーに必要なのは、レタス、トマト、卵、強力粉、イースト、コショウ、塩、くらいでしょうか」
シオリが、露店の並ぶ通りを歩きながら指折り数えていく。
野菜を山と積んだ屋台、卵を籠に詰めて売る店、小麦粉の袋を積み上げた店……見覚えのあるような、少し違うような食材が並ぶ。
「あと、ハンバーガーを包む紙……とか?」
ホノカが遠慮がちに付け加える。
「!? それは失念していました……。あと、持ち帰れるように小さな袋も欲しいですね。うーん」
シオリは困ったように眉間に皺を寄せた。
「とりあえず、合流してから、みんなで考える?」
「そうですね。買い物を済ませてしまいましょう。幸い、私たちの世界とこっちの世界の食材は似ているようです」
露店のトマトは少し細長く、レタスは葉が大きくて硬そうだが、鑑定スキルによれば“生食可能・問題なし”と表示されている。
「大きさや形は少し違うけど、シオリちゃんの鑑定のおかげだね」
ホノカが、買った食材をさっと収納しながら微笑む。
「余ったら腐ってしまいそうですし、最初は少しずつ買っていきましょう」
「大丈夫、心配いらないよ。収納した瞬間の鮮度が保たれるみたいなの」
「……。はい?」
シオリが足を止める。
「え?」
ホノカもきょとんと首をかしげた。
「つまり、収納した食材は時間経過の影響を受けない、と」
「う、うん。そんな感じ」
「……あのバカ女神はスキルの意味を理解していないのでは」
シオリの目が危険な輝きを帯びる。
「し、シオリちゃん? こわい顔してる……」
「いえ、何でもありません。とても助かります。これで在庫管理の心配はひとつ減りました。さ、次はパンの材料を買いに行きましょう」
シオリはすぐに表情を切り替え、次の店へと歩き出した。
◆
――見張り組。
「暇だなぁー。もう全部ひき肉にしちゃったよぉ」
屋台の裏で、ミオが退屈そうに伸びをする。
木の桶の中には、すでに細かく刻まれたツノウサギのひき肉がたっぷり詰まっていた。
「あっという間だったな。……ちょっ、ミオ、それ薪用の小枝!」
セナが慌てて声を上げる。
「えっ? あー、カゴが出来ちゃった☆ てへ!」
ミオの手の中には、小枝で編まれたバスケットが完成していた。完成品は、もはや何で作っているのか分からないレベルで立派だ。
「あーぁ。怒られるぞー? しかもこんなに……」
気付けば、屋台の周囲には大小さまざまなカゴがいくつも並んでいた。
「ただいまー」
「げっ!」
ホノカとシオリの声が聞こえ、ミオが肩をビクッと震わせる。
「何をやらかしたんです?」
シオリが細い目で二人を見比べる。
「あー、実は……」
セナが事情を説明しようと口を開きかけるが、その前にミオが叫んだ。
「気がついたらこんなものが!!」
両手を広げ、その背後に整然と並んだカゴの山をアピールする。
ホノカとシオリが顔を見合わせる。
「持ち帰り用に、使えるかもしれません」
「ミオちゃん、すごいよ!」
ホノカがぱあっと笑顔になり、カゴの一つを手に取ってみる。軽いのに、見た目よりずっと丈夫そうだ。
「えへへ」
ミオが照れくさそうに鼻の頭をかく。
「どうゆうこと?」
状況が飲み込めていないセナが、逆に首をかしげる。
「実は――」
シオリがホノカの収納スキルの性質や、持ち帰り用の紙や袋の話を手短に説明すると、セナの表情がぱっと晴れた。
「なるほど。じゃあ、このカゴ、ガチで有能じゃん」
◆
「なるほど。でもハンバーガーを包む紙は、ないなぁ」
セナが屋台の上に並べられた食材を見ながらぽつりと言う。
パンの材料、野菜、調味料、そしてツノウサギのひき肉。必要なものは、だいたい揃っている。
「ホノカ、木の屑も集めてたよねー? それで作れば良いじゃん!」
ミオが当然のように言う。
「当たり前みたいに言わないでください。そんなもので作れるんですか?」
シオリが冷静に突っ込む。
「もっちろん! でも先に、ハンバーガー作っちゃお! 食べたい!」
ミオの目が、すでに“試食モード”になっている。
「では、試作品第一号に取り掛かります」
シオリが深く息を吸い、屋台の上にまな板とボウルを並べる。
いよいよ――“異世界ファストフード店”の、最初の一個が生まれようとしていた。




