「寝床!飯!……その前に金!!」
4人は肩を寄せ合い、石畳を歩いていく。
細かった道は、次第に広くなり街中へと続くメインの通りに近付いていた。
見上げれば、木枠と白い壁のかわいらしい家々が並び、赤や茶色の屋根が階段みたいに連なっていた。行き交う人の服も、ゲームで見たことのあるようなチュニックやローブばかりだ。
「うわー、めっちゃファンタジー! 建物が可愛い!」
ミオがきらきらした目であちこちを見回しながら、石畳の上をぴょんぴょん跳ねる。
「人通りが多くなってきました……。ミオちゃん、はぐれないように注意して!」
ホノカが、心配そうにミオの袖をつまんだ。行き交う人々の数はどんどん増え、荷車や荷物を抱えた商人たちが通りを埋め始めている。
「ミオは、すーぐ迷子になるからなぁ」
セナが半ばあきれたように笑うと、ミオが振り返って頬をふくらませた。
「ちょっと失礼な! そんなことないもん! みんなが迷子になるんだもん!」
「その理論は通用しませんね」
シオリがぴたりと立ち止まり、前方の建物をじっと見つめる。
「ストップ。ここは……ギルドのようです。冒険者を募集しているみたいですね。後で来ましょう」
大きな木の扉の上には、交差した剣と杖のマーク。そしてその下に掲げられた看板には、びっしりと紙が貼られている。そこに顔を寄せるようにして、人々が何やら相談していた。
「今、入らないの?」
セナが首をかしげると、背後でホノカがびくっと肩を揺らした。
「ぼ、ぼ、冒険者って、乱暴な人たちのイメージが……。強盗とか山賊とか、そっち系の……」
「ホノカが想像しているのは完全に犯罪者ですね。そういうのは冒険者じゃなくて“指名手配”のほうです」
シオリがため息交じりに突っ込む。
「うわー、いろんなお仕事があるよー!」
その隙に、ミオは看板の真横まで走って行き、貼られた紙を食い入るように見ていた。
「……あぁ、目を離した隙に」
そしてミオは入口に吸い込まれて行った。
セナが頭をかき、シオリは肩を落とす。
「はぁ……仕方ない。もう少し街を見て回りたかったんですけど……入りましょう」
中は外よりもにぎやかで、木のテーブルが並ぶ広いホールには、武装した人々やローブ姿の人が談笑している。カウンターには数人の受付の人がいて、ひっきりなしに誰かと話をしていた。
その中の一つ、受付の前に――既にミオの姿があった。
「それじゃあ、新人さんなのね? ギルドで依頼を受けるには、“ギルドカード”っていうものがあってね。これに登録しなくちゃいけないのよ」
栗色の髪をひとつに束ねた受付の女性が、にこやかに説明している。
「ふむふむ。それに登録します!」
ミオは元気よく頷き、カウンターに身を乗り出した。
「うふふ。あなた一人?」
「いえ! こちらに私の仲間が!!」
くるっと振り返り、ミオが胸を張って三人を指差した。
「勝手に話を進めるなー!!」
セナのツッコミがギルドの中に響く。周囲の冒険者たちが、何事かとこちらをちらりと見るが、すぐに自分たちの会話に戻っていった。
◆
「よし、これで登録できたわ!」
少し後、受付の女性が笑顔で四枚のカードを差し出してきた。木の板より少し薄い、金属と紙の中間みたいな質感のカードだ。
「登録するのに、指をプスって刺すなんて……」
ホノカがまだ指先を押さえながら顔をしかめる。カードの端には、確かに自分たちの名前と簡単な情報、それに血のような赤い印が浮かんでいた。
「これでこのカードは、あなたたちの身分証にもなるのよ。絶対に無くさないでね。再発行にはお金が必要だから」
「はーい!」
ミオが元気よく返事をしてカードをひらひらさせると、受付の人は今度はカードの一角を指さした。
「ほら、ここに“ランク”が出ているでしょ? あなたたちはFランク。同ランクか、その一個上の依頼しか受けられないから注意してね」
「ランクはどうやって上げるのですか?」
シオリがすかさず質問する。
「いっぱい依頼をこなすか、何か大きな偉業を成し遂げると、上がる仕組みになっているわ。まぁ、最初はコツコツ、ね」
「なるほど、コツコツ上げていかないといけないのか」
セナが腕を組んで頷く。
「受けたい依頼があったら、ここから紙を剥がして持ってきてね。それじゃあ、頑張って」
受付の人がそう言って微笑むと、四人は依頼掲示板の前へと移動した。
◆
「とりあえず流れで簡単そうな依頼を受けたわけだけど……」
ギルドを出て少し歩いたところで、セナがぼりぼりと頭をかく。手には一枚の紙――“薬草採取”と書かれた、初心者向けの依頼だった。
「資金が少しでもないと、心もとないですからねぇ」
シオリがため息をつく。宿代、食費、その他もろもろ。考えることは山ほどある。
「おなかすいたよーぅ」
ミオの訴えが、空気を震わせるように重い。
「ほら! ミオちゃん、薬草たくさん集めたら、ごはん食べられるよ!」
ホノカが両手を合わせて励ます。
四人が向かったのは、街から少し外れた、小さな林のような場所だった。木々の間からは柔らかな光が差し込み、地面には色とりどりの葉が茂っている。
「シオリ、どれがその薬草か、わかるか?」
「ええ。……すごいですね、この“鑑定眼”と“感知レーダー”。これ、めちゃくちゃ強力なスキルのような気がします」
シオリは目を細め、周囲をじっと見回す。すると、視界の端々に小さな文字のようなものが浮かび上がった。
〈薬草〉〈毒草〉〈食用可〉――そんな情報が、頭の中に自然と滑り込んでくる。
「この周辺に生えているのが、依頼の薬草ですね。あっちのほうに、少しレアな薬草もあります」
「ほらーミオも働いて!」
セナがミオの背中を押す。
「むりだよー。がんばるけどー、ごはんのためにー」
ぶつぶつ言いながらも、ミオはしゃがみ込み、そして手には大きな袋を持っていた。
「見てー、薬草を入れるものが必要でしょ?今、作ったよー。」
3人が驚く。
「今!?」
◆
「もうこんなに集まっちゃいましたね! それに珍しいのもたくさん!」
ホノカの足元には、すでに薬草でいっぱいの袋が積み上がっていた。
「こっちは食材に使えそうなものです。ハーブ系。ホノカ、分けて収納できる?」
「任せて! まだまだ入りそうだよ! なんか不思議な感覚。まるで巨大な倉庫が、体の中にできたみたいなの」
ホノカが両手を軽く振ると、地面に積まれていた袋がふっと消えた。代わりに、胸のあたりにひんやりした重さが生まれる。
「私は、どれだけ動いても疲れてないし、それに力が強くなってる気がする」
セナは近くの岩を軽く蹴ってみる。ぼす、と鈍い音がして、拳大のかけらがぼろりと落ちた。
「……やっぱり、私たち全員、だいぶチート寄りでは?」
シオリが小声でつぶやき、四人は同時に顔を見合わせる。
「帰りましょう。まずは、宿を見つけないと」
そう締めくくり、四人は街へと戻ることにした。
「どれくらい稼げたかなぁ?」
ミオがお腹を擦りながら、質問する。
「依頼の料金だけでも宿代にはなると思うよ、それにご飯も食べられそうだね。」
ホノカが、ホッとしたように微笑んだ。
◆
「……これを? まだ二時間くらいしか経ってないと思うんだけど……これを集めたの?」
ギルドに戻り、受付に薬草を差し出すと、受付の女性が目を丸くした。
依頼のあった薬草がぎっしり詰まった袋が三つ。それに加えて、シオリが見つけたレア薬草の袋が一つ。
「これ、滅多に手に入らない激レアよ!? 一体どうやって……」
「全部でいくらになりますか?」
シオリが淡々と尋ねる。
「えっと、計算しなくちゃ……ちょっと待っててね」
受付の人は慌てて奥から帳簿らしきものを取り出した。
その間に、シオリがぽつりと言う。
「街を歩いてて気づいたんですが、翻訳スキルのおかげか、全部“日本円”に見えるんですよね」
「よくそんなこと気づいたな。私は全然気づかなかった」
セナが感心したようにシオリを見る。
「依頼の紙にも、報酬額が日本円の表記だったよ」
ホノカがうなずくと、ミオがぱあっと顔を明るくした。
「すごくいいじゃん! 分かりやすい!」
しばらくして、受付の人が戻ってきた。
「お待たせしましたー! 通常の薬草、依頼分が一袋一万円で、三袋あるので三万円で買い取らせていただきます。それと、こちらのレアな薬草の数々なんですが……合わせて十五万円でどうでしょうか?」
「すごい! 二時間で十八万円! 薬草集めだけで生活できるレベル!!」
ミオが目を輝かせる。
「甘い」
すかさず、シオリが現実を突きつける。
「あの周辺の薬草は、ほぼ取り切りました。今のままでは、継続的な収入にはなりにくいですね」
「やっぱり、何か考えないとねぇ」
セナが腕を組む。
「とりあえず宿を探しませんか?」
ホノカの一言に、四人の胃が同時にきゅるる、と鳴いた。
「このギルドと併設してあるわよ」
受付の人がひょいとカウンターの向こうを指さす。
「あなたたち、これから活躍してくれそうだから、私がお願いして、格安で頼んであげる。四人で一泊二万はどう?」
「乗った!」
シオリが即答し、他の三人も慌てて頷いた。
◆
宿の部屋で少し休憩した後、四人は再び街へと繰り出した。目的はただひとつ――ご飯である。
「んー、お店はちらほらあるけど。なんのお店か分かりにくいね」
ミオがきょろきょろと周囲を見回す。看板には絵や文字が描かれているが、何をメインにしている店なのかがいまいち分からない。
「どんなものが売ってるか分からないから、入るのが怖いですね……」
ホノカがおどおどと店先を覗き込む。
「それに、食べ歩きの概念は、どうやらないみたいです」
シオリが通りを観察しながら言う。
「これだけ屋台があるのに、売っているのは雑貨か食材のみ。調理済みのものは見当たりません」
「とりあえず、あそこ入ってみようよ。私もお腹すいた」
セナが、比較的入りやすそうな定食屋を指差した。木の看板にスプーンと皿のマークが描かれている。
中に入ると、素朴なテーブルと椅子、壁には簡単なメニューらしき板が掛けられている。四人は適当にセットメニューを頼み、しばらくして大皿に盛られた料理が運ばれてきた。
「いっただっきまーす!」
ミオが一口大きくかじりつく。
「あむ……もぐもぐもぐ……」
四人が顔を見合わせる。
「……」
「これ、一番人気って言ってましたよね?」
ホノカが恐る恐る問いかける。
「間違いないです。おすすめメニューの一番上に書いてありましたから」
シオリが淡々と答える。
「なんか、味気ないというか……素材が死んでいるというか……」
セナが眉をひそめる。見た目はそこそこ美味しそうなのに、塩気も香りも弱く、ただ煮ただけ、焼いただけ、それなのに素材の味すらも薄い。
スプーンを止めたまま、ミオがぽつりと言った。
「……私、決めた」
三人の視線が一斉にミオへ向く。
「みんなでやるって言ったお店。ファーストフード店にする」
「ファーストフード!?」
セナが思わず声を上げた。
「受け入れてもらえるんでしょうか、そんな……」
ホノカが不安そうに指先をもじもじさせる。
「だってさ、この街、食べ歩きがないってことは――ハンバーガーやピザ、ホットドッグにフランクフルトがないってことだよ!?」
ミオが指を一本ずつ折りながら、なじみのあるメニューを並べていく。
「クレープにソフトクリーム……」
ホノカが小さく呟き、想像したのか喉を鳴らす。
「たこ焼き、揚げたての唐揚げやコロッケ……」
セナも、遠い目をした。部活帰りに寄った店の味が、頭の中に鮮やかに蘇る。
ごくり――四人同時に喉が鳴った。
「まだ一店舗しか入ってませんが、この世界の食文化レベルは、私たちの世界より低いと思われます」
シオリが冷静に分析する。
「そうとも。いける」
ミオがにやりと笑った。
◆
その頃――天界。
「へー。とっても面白そうなことしてるのね」
ふわふわした雲の上から、人間界を映す水鏡を覗き込みながら、銀髪の女神・ルーナが楽しそうに目を細める。
「気になるわぁ、“ハンバーガー”に“ピザ”♡ 私も食べてみたいなぁ」
「あなた、いつまでいるつもり? 自分の世界はいいの?」
セレスティアが、ぐったりとした顔で隣から覗き込んでいるルーナを睨む。
「今、暇なのよねぇ。とっても平和なんだもん。あなたの世界と違って☆」
ルーナがキラキラした笑顔で言うと、セレスティアは頭を抱えた。
「それより、どうしようかなぁ。食べさせてくれないと、喋っちゃいそう♪」
「な、何を!?」
「ほら、“結構強力なスキルを巻き込まれ召喚組に配っちゃった件”とか?」
「もおおおおお! わかったって! あの子たちにお願いするから! お願いだから内緒にしてええええええぇ!!」
セレスティアの悲鳴が、静かな天界にこだました。




