「ちょっと待って!? 異世界って……これからどうすんの!?」
「今日のテスト、詩織どうだった?」
「まあまあ。平均点は超えてると思う」
神崎詩織のその言葉に、相澤瀬奈が肩をすくめた。
「はいはい、優等生」
「え、えっと……電車、遅れてませんよね?」
高瀬穂乃花が不安そうにホームの電光掲示板を見上げる。
「大丈夫だって! ほら、まだ時間あるし!」
日向美桜はそう言って笑った――その瞬間、世界が白く染まった。
音が消え、足元の感覚がなくなる。
「え、なにこれ!?」「ミオ!」
誰かの声が聞こえた気がした。
次に目を開けたとき、そこは“何もない場所”だった。
「ここ……どこですか?」
最初に声を出したのは、ホノカだった。震え気味の声が、やけにクリアに響く。
上下の感覚が曖昧な、真っ白とも真っ暗ともつかない空間。その真ん中に、四人はぽつんと浮かんでいた。
「みんな、怪我は?」
シオリが冷静に周囲を見回す。自分の腕や足をさっと確認してから、ほかの三人に視線を走らせた。
「ミオだけ逆さまになってる」
セナが、半分あきれたように言った。
「うわーん、なにこれー!」
ミオは、まるで天井からぶら下がっているみたいにくるくると回りながら、必死にスカートを押さえている。
よく見ると、その“天井”も“床”も存在しない。ただ、そこにいるからそこが足場、みたいな理屈の通らない感覚だった。
そのとき――
「は、はいっ! 落ち着いて落ち着いて!!」
甲高い声が、空間のどこからか飛んできた。
ふわっと光が集まり、四人の前に一人の女性が現れる。
長い金色の髪に、ゆるく光る薄いドレス。いかにも“女神様”という感じなのに、その表情は今にも泣きそうだ。
「えっと、その……あのね、突然ごめんなさい。こ、怖いところじゃないのよ! リラックスして聞いてね!」
にっこり笑おうとしているのは分かる。分かるのだが、頬はひきつり、額には冷や汗。
ホノカは、ありえない状況にがたがたと震えている。
シオリはそれを守るように1歩前に出た。
「り、リラックスできるわけないじゃない。あなた誰? なにもの?」
女神は、ぴくっと肩を揺らして、なんとか笑顔を作る。
「わ、私はあなたたちとは違う世界の女神、セレスティア。あ、あなたたちを召喚したのは私よ」
ホノカが、おそるおそる口を開く。
「あの、それって、何のため、ですか?」
「お話とかでよく出てくる、アレ?」
ミオが、逆さまのまま首をかしげる。
「えっ、ちょっと困ります。来月、大切な大会があるのに。すぐ帰れますよね?」
セナは、眉をひそめて現実的なことを訊ねた。部活のジャージ姿が、さっきまで本当に駅にいたことを物語っている。
女神――セレスティアは、一瞬視線を泳がせる。
(言えない、間違えて召喚なんて……しかも帰れないなんて……どうしよう、どうしよう、どうしよう……!)
分かりやすく動揺している。唇はわなわな震え、手をわたわたさせている。
そんな女神に、シオリがにっこり笑いかけ――そのまま、すっと距離を詰めた。
「洗いざらい、説明して頂きましょうか?」
笑顔なのに圧がすごい。
セレスティアは「ひっ」と情けない声を上げた。
そこから、女神の口から飛び出したのは、にわかには信じがたい話だった。
私たちの隣にいた、男女四人のグループ。
本来召喚される予定だった“勇者候補”は、彼らのほうで、私たちはただの巻き添えだったこと。
そして、その勇者たちはすでにこの世界へ召喚され、魔王を倒す旅に出ようとしていること。
「召喚された勇者たちが魔王を倒して、この世界の歪みを直してくれないと……帰れるかどうかも分からないの。本当に、ごめんなさい……」
女神の言葉に、ホノカの目から涙がこぼれた。
「か、帰れない……」
ぽろぽろと涙をこぼしながら、顔を覆う。
「そんな……」
セナも、拳を握りしめる。
大会どころか、学校にも、家にも戻れないかもしれない。
「それで? 私たちは、どうなるんですか?」
シオリの声だけが妙に冷静で、逆に刺さる。
セレスティアは、何度も何度も頷きながら、慌てて続ける。
「あ、あの、それまで、生活に困らないように! 勇者たちのように強力なものは無理だけど……スキルをひとつ授けるわ!」
「ひとつ?」
シオリの目が細くなる。
「へえ、“間違えて”召喚されて、“無一文”で、“何も知らない世界”に“放り出される”のに、ひとつなんですか?」
「ひいっ」
セレスティアの額から汗が一筋流れ落ちる。
「あっ、あっ、その……じゃあ、皆に、この世界の言葉と文字が理解できるように、翻訳スキルをひとつずつ! それとは別に、それぞれが望むスキルを……ふ、二つまで! その代わり、お願い! このことは黙っていてほしいの!」
最後の一言には、切実な悲鳴のようなものが混じっていた。
「では、私は鑑定スキルと探索スキルを」
一番乗りで手を挙げたのはシオリだった。
「仕事が早いなあ」
ミオが、くるくる回りながら笑う。
「んー、私は、物作りができるようなスキルがいいかなぁ。ひとつでいいから何でも作れるようにして!」
「な、なんでも……はさすがに…ひっ!が、頑張るわね!」
シオリに睨まれてセレスティアは必死に胸の前で手を組む。
「んー、一人は戦闘向きのスキルがあったほうがいいよな」
セナが、自分の拳を握りながら呟く。
「剣とか、魔法ですか?」
「いや、拳でいけます? あとは身体能力アップ的な」
「こ、拳……!? 分かったわ、肉体強化と打撃系の戦闘スキルを組み合わせて……」
「わ、私は、皆の役に立つようなものを二つ」
ホノカが、涙をぬぐいながらも、しっかりと前を見て言った。
「では、ホノカさんには、回復スキルと収納スキルはどうでしょうか」
「それでお願いします」
四人の希望を聞き終えると、セレスティアは一度、胸の前で手を組み直した。
「ごほん。では、準備が整いましたので、城下町の外れに皆さんを“再召喚”します。いつでも見守っていますから……!」
「“再”って言った」
「聞こえた」
シオリとセナの突っ込みを浴びながら、視界が再び光に飲まれる。
光が消えたとき、そこは石畳の道の上だった。
鼻をくすぐるのは、焼いた肉の匂いと、知らない香辛料の香り。遠くには高くそびえる城壁と、その向こうに白い城が見える。
「ここが、異世界……」
セナがぽつりと呟く。
「見てー! でっかいお城! 離れてるのに存在感!」
ミオはきらきらした目で城を指さす。
ふと自分の服に目を落とすと、四人とも制服ではなく、いつの間にか異世界風のワンピースやズボンに変わっていた。
「服が変わってるな。制服じゃなくなってる」
セナが自分の動きやすそうな装備を確認する。
「あのドジな女神が、目立たないように配慮してくれたんでしょうね」
シオリがため息をつく。
「皆、とっても可愛いね! 似合ってるよ!」
ミオは、ぐるぐると皆の周りを回りながら褒めまくる。
ホノカは、そんな三人を見渡して、ぎゅっと両手を胸の前で握った。
「これから……どうする? 私たち、住むところも、お金も……」
「えへへー! 私にとっておきの考えがあるのだよ、諸君!」
ミオが、胸をどん、と叩く。
「ミオが物作りのスキルを欲しいって言った時に、そんなことだろうと思ってました」
シオリがじと目で見ながらも、少しだけ口元をゆるめる。
「それで? その“とっておき”ってなに?」
セナが、期待半分、不安半分で訊ねる。
「みんなでお店を開くのはどう! 私、みんなと一緒に働くのが夢だったの!」
ミオの目がきらきらと輝く。
「あの、でも、そんな簡単にはいかないんじゃ……」
ホノカが、おそるおそる現実を告げる。
「とりあえず、街の中心のほうに行ってみましょう。情報もお金も、まずはそこからよ」
シオリが、きっぱりと言った。
四人は顔を見合わせ、うなずき合う。
城下町の外れから、にぎやかな中心部へ向かって、足を一歩踏み出した。
――その少し前。
誰もいなくなった“何もない空間”で、セレスティアは大きく息を吐いていた。
「ふぅ……なんとか……なりそうね。あとは、勇者たちが魔王を問題なく倒してくれたら……」
その背後から、別の声がひょいっと響く。
「よかったのー? 今の、けっこう聞き捨てならない会話だったけど」
「ひゃあっ!? あなた、いつからそこにいたの!?」
セレスティアが振り向くと、そこには銀髪の、どこか小悪魔めいた微笑みを浮かべた女神が浮かんでいた。
「最初からかな♪」
銀髪の女神――ルーナは、ひらひらと手を振る。
「それにしても、よかったのー? 授けたスキル、けっこう強力よ? バレたら終わりね☆」
「言わないでええええぇええ!」
セレスティアの悲鳴が、誰もいない空間に虚しく響いた。
――こうして、勇者じゃない四人の異世界生活は、まだ何もないところから静かに動き始めたのだった。




