365回目の誕生日
掲載日:2026/01/28
朝、雀の声とベーコンの焼ける匂いで目が覚める。老人は最愛の人を待たせているのに即座に気がついた。とはいえ若い頃のようにはいかない。身体を起こすのにも、立ち上がるのにも、着替えるのにも時間がかかった。
60年前と比べて随分と長くなった廊下を抜けて、老人は居間に顔を出す。すると、変わらぬ人が変わらぬ笑顔を向けるのだ。
「あなた、誕生日おめでとう」
「ああ、ありがとう。お前も、誕生日おめでとう」
「まあ嬉しい。ありがとう」
お互い朗らかに挨拶を交わす。そして老人はテーブルの前の椅子に腰掛けた。そこに連れ女が朝食を持ってくる。
「今年もあなたと誕生日を祝えた。それだけで、盆と正月が一度に来たような気分だわ」
彼女にとっては誇張でないことを、老人は知っている。それでも、老人はただ笑うのみだった。
「プレゼントを買わないとなぁ。ケーキも選ばないと。ご馳走は何にしようか」
食前のインスリン注射を打ちながら、老人はパートナーに話しかける。彼女は嬉しさを隠さずに答える。
「そうねぇ、あなたと食べられるなら、なんでも嬉しい」
老人は本当は自分の誕生日も、妻の誕生日も覚えている。忘れるはずがない。それでも、彼女の笑顔を守ることも愛であることも知っている。
テレビが年末特番の話題を伝える。今年365回目の誕生日が始まった。




