最下位の居場所
翌朝、リリアは食堂に入った瞬間に悟った。
(あ、完全に空気変わった)
ざわめきはある。会話もある。
けれど、それらはすべて、彼女を避けるように配置されていた。
いつもなら誰かが座っていた席の周囲が、ぽっかりと空いている。
視線は来るが、声は来ない。
リリアは何も言わず、その空白の中心に腰を下ろした。
(最下位、ってこういうことか)
評価表を見たわけではない。
だが、肌で分かる。
この場での「扱い」が、昨日までとは決定的に違う。
朝の講義は、王妃候補としての外交基礎だった。
数人ずつに分かれ、仮想の交渉を行う形式。
「では、組を作ってください」
老女官の声が落ちる。
その瞬間、候補者たちは一斉に動いた。
視線を合わせ、自然に隣へ。
リリアだけが、動かなかった。
正確には、動けなかった。
誰も、彼女の方を見なかった。
数秒。
十秒。
やがて老女官が、わずかに眉をひそめる。
「……リリア・エルノア」
「はい」
「あなたは、こちらへ」
即席で組まれたのは、同じく孤立気味の二人。
だが、彼女たちの目には不満がはっきり浮かんでいた。
(ああ、巻き込んだ側だ)
課題は、貴族間の利害調整。
意見を出し合い、結論を導く。
「私は、この案でいいと思うわ」
「反論はありません」
二人は、最小限しか話さない。
リリアを見ることもない。
「……私は」
口を開きかけて、やめた。
(言ったら、どうなる)
意見を言えば、記録される。
沈黙すれば、消極的と書かれる。
結局、何も言わなかった。
結果は、他の組より遅れ、内容も薄いと評価された。
「協調性に欠ける」
老女官のその一言は、
明らかにリリア個人へ向けられていた。
昼休憩。
談話室には入らず、庭園の端へ向かう。
噴水の音が、やけに大きく聞こえた。
(最下位なら、目立たないはずなのに)
そう思っていた時期が、自分にもあった。
現実は逆だ。
最下位は、
失敗の理由にされ、
空気を悪くする存在になり、
排除の対象になる。
背後から、足音。
「……やっぱり、ここにいた」
振り向くと、イーサだった。
「座ってもいいですか」
「どうぞ」
二人で並んで座る。
しばらく、何も話さなかった。
「……最近、厳しいですね」
イーサが、ぽつりと言う。
「はい」
「露骨です」
「はい」
それ以上、言葉は出なかった。
「一つだけ、お伝えしておきます」
イーサは、声を落とす。
「“最下位”という評価は、
安全ではありません」
リリアは、ゆっくり息を吐いた。
「分かってます」
「下にいれば、切り捨てやすい。
見せしめにも、できます」
「……ですよね」
それでも、リリアは顔を上げなかった。
夕方、事件は起きた。
談話室に置かれていた書類が、意図的にリリアの席の下に落とされていた。
それに最初に気づいたのは、別の候補だった。
「まあ」
わざとらしい声。
「あなたが落としたの?」
「違います」
「でも、あなたの足元に……」
ざわめき。
視線。
即座に呼ばれる文官。
結果は、「故意とは断定できない」。
だが、記録にはこう残る。
管理能力に疑問。
部屋に戻ったとき、リリアは初めて、膝を抱えた。
(ここに、居場所はない)
王妃にならないために、
最下位でいようとした。
でも、最下位は、
最も攻撃されやすい場所だった。
「……耐えるだけじゃ、だめだ」
声に出すと、少しだけ現実味を帯びた。
選ばれないために、
目立たないために、
黙って、譲って、下がる。
その全部が、
自分を守ってくれるわけじゃない。
夜。
灯りを落とした部屋で、リリアは天井を見つめた。
(じゃあ、どうする)
答えは、まだ出ない。
けれど、はっきりしたことが一つある。
ここで生き残るには、
「評価から逃げる」のではなく、
「評価に飲み込まれない」方法が必要だ。
最下位の居場所は、
安全地帯ではなかった。
それを知った夜、
リリアの中で、何かが静かに変わり始めていた。




