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13番目の婚約者に選ばれたけど、王妃になる気はさらさらない  作者: 櫻木サヱ
辞退したいだけなのに

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8/17

善意が裏目に出る

その日は、予定表に「自由行動」と書かれていた。


 正確には、半日だけ講義がなく、各自が王宮内で過ごす時間が与えられる、という意味の自由だ。

 外出は不可。訪問先も制限付き。

 完全な自由とは程遠い。


(でも、少しは気が楽かも)


 そう思ったのは、最初だけだった。


 朝食後、食堂を出たところで、廊下の奥から慌ただしい足音が聞こえてきた。

 若い使用人が、重そうな箱を抱えてよろめいている。


「……あ」


 箱が傾き、中身が床に散らばった。

 書類。帳簿。封蝋のついた封筒。


 周囲には、誰もいない。


 リリアは一瞬、立ち止まった。


(関わらない方がいい)


 そう思った。

 今までの経験が、そう告げている。


 だが、使用人は明らかに困っていた。

 顔色が悪く、手も震えている。


「……大丈夫ですか」


 気づけば、声をかけていた。


「も、申し訳ありません!」


 使用人は慌てて頭を下げる。


「お一人で大変そうだったので……拾うくらいなら」


 リリアは膝をつき、散らばった書類を集め始めた。

 内容を見るつもりはなかった。ただ、封筒を汚さないよう気をつける。


 数分後、箱は元の形に戻った。


「助かりました……本当に」


 使用人は何度も礼を言い、足早に去っていく。


 リリアは、その背中を見送りながら思った。


(これくらい、いいよね)


 誰にも見られていない。

 評価にもならない。


 ――そう、思っていた。


 昼前、談話室。


 リリアが入ると、空気が一瞬だけ止まった。

 視線が集まる。


「……?」


 違和感を覚えつつ、端の席に座る。


 すると、少し離れたところから声がした。


「素晴らしいですわね」


 甘く、しかしはっきり通る声。


「使用人の仕事を率先して手伝うなんて」


 別の令嬢が続く。


「慈悲深さの演出、ですかしら」


 リリアは、理解した。


(見られてた)


 どこかに、誰かがいた。

 もしくは、拾った書類の内容そのものが問題だった。


「……演出じゃないです」


 思わず、そう口に出した。


「善意、ですものね」


 その言葉は、肯定ではない。


 談話室の空気が、じわじわと刺々しくなる。


 午後、イーサが訪ねてきた。


「……朝の件ですが」


 やっぱり来た。


「報告が上がっています」


「評価、ですか」


「はい」


 イーサは目を伏せる。


「“王妃として理想的な慈悲深さ”と」


 リリアは、思わず乾いた笑いを漏らした。


「そんなつもりじゃ、なかったのに」


「分かっています。でも……」


 でも、が重い。


「他の候補から、苦情が出ています」


「苦情?」


「“自分たちは命じられてやっているのに、あの人は好感を狙っている”と」


 リリアは、言葉を失った。


 何も狙っていない。

 ただ、困っている人を見て、動いただけ。


(それすら、だめなんだ)


 夕方、庭園で起きたことが、決定打だった。


 リリアが一人で歩いていると、遠くで言い争う声が聞こえた。

 近づくと、マルグリットが使用人を怒鳴りつけている。


「何度言えば分かるの!」


 使用人は俯き、震えている。


 リリアは、足を止めた。


(見なかったことにするべき)


 頭では分かっている。

 だが、体が動いた。


「……そのくらいで」


 声をかけた瞬間、すべてが終わった。


 マルグリットが、ゆっくり振り向く。


「あなた」


 その目には、はっきりとした敵意が宿っていた。


「また、善人ぶるの?」


「違います」


「違わないわ」


 一歩、距離を詰められる。


「あなたがそうやって口を出すたび、

 私たちは“冷たい側”に追いやられる」


 それは、正論だった。


「何もしなければいいのに」


 その言葉が、胸に突き刺さる。


「……ごめんなさい」


 リリアは、そう言うしかなかった。


 マルグリットは、鼻で笑う。


「覚えておきなさい。

 ここでは、善意は武器になる」


 その場を離れた後、リリアは一人、立ち尽くしていた。


 夜。

 部屋に戻り、ベッドに座り込む。


(善意も、評価)

(沈黙も、評価)


 この場所では、

 人としての当たり前が、すべて歪められる。


 王妃にならないために、

 目立たず、関わらず、静かに――


 それは、もう不可能だ。


「……どうしたらいいの」


 答えは出ない。


 ただ一つ、確かなことがある。


 ここでは、

 善意は、守ってくれない。


 そして、リリアは知らなかった。


 この日の出来事が、

 彼女を「最下位」ではなく、

 「最も危険な候補」として認識させたことを。

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