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13番目の婚約者に選ばれたけど、王妃になる気はさらさらない  作者: 櫻木サヱ
辞退したいだけなのに

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王妃候補の義務

朝の鐘は、昨日よりも早く鳴った気がした。


 リリアは半分眠ったまま天井を見上げ、ゆっくりと息を吐く。

 ここが王城であることを、否応なく思い出させる音だった。


「……また始まる」


 呟いてから、言葉を飲み込む。

 始まる、ではない。もう始まっているのだ。


 身支度を整え、指定された小講堂へ向かう。

 今日は「王妃候補としての正式な日課」が始まる初日だと、昨日渡された予定表に書かれていた。


 礼法、政治基礎、歴史、慈善活動の心得。

 どれも「王妃になること」を前提に組まれている。


(なる気、ないんだけどな)


 そう思っても、口に出せるはずがない。


 小講堂には、すでに何人もの婚約者候補が集まっていた。

 自然と、序列のような配置ができている。


 中央に近い席にはセレナたち名門貴族。

 壁際や後方には、比較的立場の弱い者。


 そしてリリアは、誰も座らない端の席を選んだ。

 選んだというより、空いていたのがそこしかなかった。


「本日より、皆様は正式な王妃候補として扱われます」


 教壇に立つのは、昨日の礼法指導と同じ老女官だった。

 その声には、一切の感情がない。


「これは教育ではありません。評価です」


 ぴくり、と空気が動く。


「発言、態度、理解力、他者との関係性。

 すべてが記録され、王家および有力貴族に共有されます」


 その言葉を聞いた瞬間、リリアの背筋が冷えた。


(評価……?)


 勉強ではない。

 日常そのものが、値踏みの対象になる。


「質問は?」


 誰も手を挙げない。

 挙げられる雰囲気ではなかった。


 講義は淡々と進んだ。

 王妃の役割、王国の象徴としての振る舞い、感情の抑制。


 リリアは、ノートを取りながら思う。


(これ、全部“耐える人”向けだ)


 自分を押し殺し、期待される姿を演じ続けられる者だけが、最後まで残る仕組み。


 昼前、短い休憩時間。

 候補者たちは自然と輪を作り、情報交換を始める。


「さすがに基礎内容ばかりでしたわね」


「形式的なものですもの」


 そんな会話が、少し離れたところで交わされている。


 リリアは席を立たず、水を一口飲んだだけだった。

 誰とも話さない。話す必要がない。


 ――はずだった。


「……ずいぶん静かですのね」


 声をかけてきたのは、セレナだった。

 穏やかな笑みを浮かべているが、目は探るように細められている。


「はい」


 リリアは短く答える。


「緊張していらっしゃるの?」


「いいえ。ただ、聞いているだけです」


「そう……」


 一瞬の沈黙。


「評価される場だと、ご存じ?」


「はい」


「それで、その態度?」


 やんわりとした言葉だが、棘ははっきりしていた。


「目立たない方が、いいと思って」


 正直に言うと、セレナはわずかに目を見開いた。


「……そういう戦略、ですの?」


「戦略ではありません」


 リリアは首を振る。


「王妃になるつもりがないだけです」


 その瞬間、セレナの表情が硬くなった。


「その言葉、軽々しく口にするべきではありませんわ」


「軽く言ってはいません」


 リリアは、静かに視線を合わせる。


「本気です」


 セレナはそれ以上何も言わず、その場を離れた。

 だが、その背中が示していたのは納得ではない。


(また、だ)


 何もしていないのに、波紋だけが広がっていく。


 午後は慈善活動の基礎説明だった。

 王都周辺の孤児院、貧民街、病院。

 王妃候補は「慈悲深さ」を示す存在でなければならない。


「実地研修は後日行います」


 老女官は言う。


「その際の態度も、評価対象です」


 リリアは、内心で苦笑した。


(全部、評価)


 逃げ場がない。


 講義終了後、部屋へ戻ろうとすると、廊下でイーサに呼び止められた。


「リリア様。少しよろしいですか」


「はい」


「今日のご様子、問題ありませんでした」


 その言葉に、リリアは首を傾げる。


「……問題がある前提なんですか」


「え、いえ、そういう意味では……」


 イーサは慌てて言葉を濁す。


「ただ、その……“何もなさらない”ことが、目立っています」


 リリアは足を止めた。


「目立たないために、何もしないのに」


「それが、王宮では逆になることが多いんです」


 困ったように、イーサは続ける。


「特に、ここでは」


 リリアは、ようやく理解し始めていた。


 この場所では、

 競うことも、従うことも、拒むことも、

 すべてが意味を持つ。


 何もしない、という選択すら。


「……王妃候補の義務って」


 ぽつりと、リリアは言った。


「王妃になる準備じゃないんですね」


「え?」


「“評価され続ける覚悟”なんですね」


 イーサは答えられなかった。


 部屋に戻り、扉を閉める。

 静寂の中で、リリアはベッドに腰を下ろした。


(辞退できない)

(目立たずにもいられない)


 その事実が、重くのしかかる。


 それでも、決意は変わらなかった。


 王妃には、ならない。

 でも、ただ耐えるだけでは、終われない。


 リリアは、初めてはっきりと考え始めていた。


 王妃にならないためには、

 「何もしない」以外の選択が必要なのだと。

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