役割の是非
補佐官という言葉が、
候補者たちの間だけで使われなくなったのは、その日からだった。
廊下で交わされる、低い声。
文官たちの視線。
会議室の扉が閉まる回数。
(……上に、行ったな)
リリアが関知しない場所で、
彼女の役割そのものが話題になっている。
午後、老女官から呼び出しがあった。
場所は、講義室ではない。
小さな会議室。
中にいたのは、老女官のほかに、
数名の高位文官だった。
「座りなさい」
促され、リリアは椅子に腰掛ける。
「あなたの補佐官という立場について、
意見が分かれています」
老女官は、率直だった。
「想定以上に、影響が出ている」
「悪い影響、でしょうか」
「一概には言えません」
別の文官が口を開く。
「候補者間の衝突は、確実に減りました」
「一方で」
別の者が続ける。
「競争が鈍ったという声もあります」
リリアは、黙って聞いていた。
(でしょうね)
競争は、分かりやすい。
勝ち負けがあり、排除が早い。
補佐官は、その速度を落とす。
「あなた自身の意見を聞かせなさい」
老女官が言った。
リリアは、少し考えてから答えた。
「競争は、なくなっていません」
「ほう」
「表に出にくくなっただけです」
会議室が、静まる。
「衝突が減ったのは、
争いが消えたからではありません」
言葉を選びながら、続ける。
「争う前に、
条件が整理されるようになったからです」
「それが、王妃選考に必要だと?」
「はい」
即答だった。
「王妃は、
勝ち残った人ではなく、
破綻を起こさない人であるべきです」
誰かが、息を呑む音がした。
老女官は、視線を逸らさなかった。
「あなたは、王妃になりたいのですか」
「いいえ」
迷いはなかった。
「私は、王妃になる気はありません」
はっきり言った。
「では、なぜ、ここまで関わる」
「切られたくないからです」
正直すぎる答えに、
一瞬、空気が揺れた。
「そして」
リリアは、少しだけ言葉を足した。
「切られる理由が、
理不尽であってほしくないからです」
沈黙。
老女官は、やがて口を開いた。
「補佐官という役割は、
当初、暫定でした」
「承知しています」
「ですが」
彼女は、紙に視線を落とす。
「今後も、存続させる方向で検討されています」
胸の奥が、わずかにざわつく。
(固定される……)
それは、守りでもあり、
鎖でもある。
「ただし」
老女官は、続けた。
「あなたが不適切だと判断されれば、
役割ごと消えます」
「理解しています」
「そして」
文官の一人が言った。
「あなたは、
この役割に最も適しているが、
最も危うい存在でもある」
それも、理解していた。
会議は、それ以上深まらなかった。
決定は、まだ先だ。
部屋を出たリリアは、
長い廊下を一人で歩いた。
(暫定が、恒常になる)
それは、望んだ未来ではない。
けれど。
排除されるための駒から、
議論される存在になった。
それだけで、
十三番目の婚約者としては、
十分すぎる変化だった。
夜、イーサが静かに言った。
「役割が、制度になります」
「……逃げにくくなりますね」
「ええ」
彼は、頷いた。
「ですが、
守られもします」
リリアは、灯りを落としながら、
小さく息を吐いた。
王妃になる気は、
本当に、さらさらない。
それでも。
王妃選考という場所に、
別の役割が生まれるなら。
十三番目の婚約者が、
その最初の名前になるなら。
(悪くない)
第4章は、ここで終わる。
補佐官は、
個人の策ではなく、
制度の一部になろうとしていた。




