排除の形
それは、突然のようでいて、
実はずっと準備されていた動きだった。
朝、談話室に入った瞬間、
空気が違うと分かった。
視線が、避けられている。
昨日までの警戒とも、利用とも違う。
(……決めたな)
誰かが。
いや、複数人が。
午前の講義が始まる直前、
老女官が一枚の紙を配布した。
「本日の課題です」
内容を見た瞬間、リリアは理解した。
(補佐官を外すための課題)
候補者個人による、単独判断課題。
調整、相談、共有は禁止。
違反があれば、評価対象外。
補佐官という立場を、
意図的に無力化する条件。
ざわめきの中、誰かが言った。
「公平ですね」
「ええ。全員、同じ条件ですもの」
リリアは、何も言わなかった。
(これが、排除の形か)
補佐官として動けば、規則違反。
動かなければ、「役割を果たしていない」と言われる。
どちらに転んでも、不利。
課題は、地方領地の緊急判断。
情報量は多く、時間は短い。
周囲の候補者たちは、
ちらちらとこちらを窺っている。
(助けを求めたい?
それとも、違反を誘いたい?)
どちらにせよ、乗らない。
リリアは、黙って自分の席に座り、
一切、周囲と目を合わせなかった。
書き始めたのは、
結論ではなく、前提条件の整理。
何が分かっていて、
何が分かっていないのか。
(判断できない、という判断)
それを、言葉に落とす。
提出時刻。
老女官が、一人ずつ書類を受け取る。
リリアの番になったとき、
彼女は一瞬、目を留めた。
「……結論が、ありませんね」
「はい」
リリアは、落ち着いて答えた。
「情報不足のため、
即時判断は危険だと結論づけました」
周囲が、ざわつく。
「逃げでは?」
誰かが、はっきり言った。
リリアは、そちらを見なかった。
「責任の所在を、
判断者一人に集中させる構造自体が、
今回の問題だと考えました」
老女官は、しばらく沈黙した後、
書類を受け取った。
「分かりました」
それだけだった。
昼過ぎ、評価速報が出る。
リリアの評価欄には、
こう書かれていた。
「判断保留。
制度的視点あり」
可もなく、不可もない。
だが、期待されていた
「違反」「不適格」は、なかった。
(外せなかった、か)
その日の夕方、
廊下でセレナとすれ違う。
「……うまく逃げたわね」
「逃げたつもりは、ありません」
「ええ」
彼女は、小さく笑った。
「だから、余計に厄介」
夜、イーサが訪ねてきた。
「排除、来ましたね」
「ええ」
「それでも、外れなかった」
リリアは、椅子に腰を下ろす。
「外れなかっただけです。
嫌われました」
「十分です」
イーサは、静かに言った。
「嫌われるほど、
無視できない存在になった」
リリアは、目を閉じた。
王妃になる気は、今もない。
本当に、さらさらない。
けれど。
中立でいること。
線を引くこと。
誰にも肩入れしないこと。
それらすべてが、
この場所では「脅威」になる。
十三番目の婚約者は、
今日も排除されなかった。
それだけで、
この王宮では十分すぎる成果だった。




