板挟み
補佐官としての初日は、静かに始まった。
派手な通達も、特別な席もない。
変わったのは、机の位置だけだった。
談話室の端。
候補者全体を見渡せるが、誰の隣でもない場所。
(象徴的だな……)
誰にも属さず、全員に関わる。
午前中、最初の仕事が回ってきた。
課題内容の共有が、うまくいっていない。
上位候補と下位候補で、認識がずれているらしい。
「調整を」
老女官の一言で、丸投げだった。
リリアは、深く息を吸い、
それぞれの候補者に個別に話を聞いて回った。
「私たちは、成果を重視しているだけよ」
上位候補の言い分。
「でも、私たちは途中で切られる」
下位候補の声は、切実だった。
(……どっちも、本音)
全体会議の場で、リリアは口を開いた。
「今回の課題ですが」
一斉に、視線が集まる。
「評価基準が、共有されていません」
「そんなことはない」
即座に反論が来る。
「文書は配布されています」
「配布はされています」
リリアは、淡々と続けた。
「ですが、重視点が口頭で補足されていません。
結果、解釈に差が出ています」
沈黙。
誰かが、舌打ちをした。
「それを、今さら?」
「今だからです」
リリアは、視線を落とさない。
「提出期限が近い。
ここで修正しなければ、不満が評価に直結します」
老女官が、静かに頷いた。
「では、補佐官案を」
「はい」
リリアは、事前にまとめていた紙を配る。
基準の再確認。
評価項目の整理。
追加質問の期限。
どれも、特別なことではない。
だが、それまで誰もやらなかった。
「……面倒ね」
誰かが呟いた。
「でも、必要よ」
別の声が重なる。
会議は、予想以上に穏やかに終わった。
問題は、その後だった。
廊下に出た瞬間、
上位候補の一人が近づいてくる。
「やりすぎよ」
低い声。
「下の子たちを、甘やかす必要はない」
「甘やかしてはいません」
「同じ情報を与えたら、
競争が鈍る」
その理屈は、分かる。
「競争は、評価のための手段です」
リリアは、静かに言った。
「混乱のためではありません」
相手は、眉をひそめた。
「あなた、どっちの味方?」
「どちらでもありません」
即答だった。
「制度の味方です」
言い切った瞬間、
相手の表情が、微妙に変わった。
午後。
今度は、下位候補に呼び止められる。
「……ありがとうございます」
「何のことですか」
「今日の件」
小さな声。
「でも」
その子は、視線を逸らした。
「あなたが前に出るほど、
反感、買いますよ」
「分かっています」
板挟みだ。
どちらかに寄れば、
どちらかから敵意を向けられる。
(補佐官って、そういう役だ)
夕方、イーサが様子を見に来た。
「初日としては、上出来です」
「そうですか」
「はい」
彼は、真面目な顔で言った。
「両方から、不満が出ています」
「……褒めてます?」
「最大級に」
リリアは、苦笑した。
「どちらにも、完全には嫌われていない」
それが、一番危うく、一番必要な位置。
夜、自室に戻り、リリアは机に突っ伏した。
(疲れる……)
王妃にならないために、
ここまで気を使うとは思わなかった。
それでも。
(切られるより、まし)
補佐官という役割は、
守ってくれる盾ではない。
むしろ、矢を集める的だ。
けれど、その的がある限り、
誰かが理不尽に潰される確率は下がる。
それでいい。
王妃になる気は、やはりさらさらない。
でも。
この板挟みの位置から、
王妃選考そのものを、少しだけ変えることができるなら。
十三番目の婚約者は、
今日も、誰の隣にも座らない席で、
静かに役割を果たしていた。




