役割の名前
噂が、先に走った。
正式な通達が出る前に、
王宮という場所は必ず“気配”を漏らす。
談話室の空気が、前日と違っていた。
露骨な敵意は減り、代わりに増えたのは――警戒。
(……広まってる)
リリアが、何かを申請した。
それも、自分から。
誰も詳しい内容は知らない。
だが、「前に出た」という事実だけで十分だった。
午前の講義が終わり、老女官が静かに告げる。
「本日は、この後、全候補者参加の集会があります」
ざわめき。
集会。
それは、個人の評価や制度に関わる話が出るときにしか開かれない。
リリアは、何も言わなかった。
言えなかった。
(来るなら、来い)
集会は、小ホールで行われた。
半円状に並ぶ椅子。
中央には、老女官と数名の文官。
全員が揃ったのを確認してから、老女官が口を開く。
「本日、王妃候補制度に関する、追加措置を発表します」
一瞬で、空気が張り詰めた。
「候補者間の摩擦、情報共有の遅延、
評価過程の混乱が、近年問題視されてきました」
それは、誰もが感じていたこと。
「これに対し、暫定的ではありますが、
新たな役割を設けます」
視線が、無意識にリリアへ集まる。
「名称は――」
老女官は、間を置いた。
「王妃候補補佐官」
ざわ、と声が上がった。
「選考から外れるわけではありません」
すぐに補足が入る。
「候補者でありながら、
候補者間の調整、意見整理、課題進行を補佐する役割です」
視線が、今度ははっきりと突き刺さる。
「本役は、一名のみ」
老女官は、リリアを見た。
「リリア・エルノア。
あなたに、この役割を任せます」
一瞬、頭が真っ白になった。
(……通った)
同時に、周囲の反応が押し寄せる。
驚き。
不満。
納得。
そして、露骨な苛立ち。
「なぜ、彼女が?」
誰かが、声を上げた。
「王妃候補としての評価は、高くないはずです」
老女官は、淡々と返す。
「王妃になるための役割ではありません」
それだけで、場は静まった。
「この役割に就くことで、
評価基準が変わることはありません」
つまり。
王妃には、より遠ざかる。
だが、制度上は、より深く組み込まれる。
「異議は?」
沈黙。
異議を唱える者は、いなかった。
正確には、唱えられなかった。
集会が終わり、廊下に出ると、
空気はさらに重くなっていた。
「……やったわね」
セレナが、低い声で言った。
「おめでとう、でいいのかしら」
「分かりません」
それは、本音だった。
「でも」
セレナは、じっとリリアを見る。
「もう、切れない存在になった」
それは、祝福ではない。
宣告だ。
夕方、正式な辞令が届いた。
王妃候補補佐官。
暫定。
期間未定。
(暫定、ね)
便利な言葉だ。
夜、イーサが訪ねてきた。
「お疲れさまでした」
「……ありがとうございます」
「これで、不適格による排除は難しくなります」
「代わりに」
リリアは、静かに言った。
「全部、見られますね」
「はい」
彼は、頷いた。
「発言も、判断も、沈黙も」
リリアは、目を閉じた。
王妃になる気は、今もさらさらない。
けれど。
王妃候補制度の内部に、
名前を持つ役割として組み込まれた。
それは、逃げではない。
防御でもない。
踏み込んだ結果だ。
十三番目の婚約者は、
今日から“役割を持つ女”になった。
望んだ未来ではない。
それでも、自分で選んだ道だった。




