切り捨て案
それは、偶然聞こえた会話だった。
資料室の奥。
古い書架に囲まれた、人気のない場所。
必要な文書を探していたリリアは、
向こう側の机に人影があることに気づかなかった。
「……調整役は、そろそろ切ってもいいんじゃない?」
女の声。
反射的に、足を止める。
「確かに、便利ではあるけど」
別の声が続く。
「評価を混乱させてるのも事実よ」
(切る……?)
息を潜め、聞き続ける。
「十三番目でしょう。
制度上、いなくなっても問題ない枠」
「失踪は、さすがにまずいわ」
「失踪じゃなくて」
声が、低くなる。
「不適格、よ」
胸の奥が、冷える。
「規則違反でも起こせば、
自然に排除できる」
笑い声はなかった。
淡々とした、実務の話し方だった。
(……本気だ)
これは、陰口じゃない。
計画だ。
リリアは、音を立てないように後ずさりし、
その場を離れた。
廊下に出た瞬間、心臓が早鐘を打ち始める。
(やっぱり、安全なんかじゃない)
夜、イーサに事実を伝えた。
「……切り捨て案が、出ましたか」
「はい」
「名前は」
「聞けませんでした」
イーサは、目を閉じた。
「動きが、早いですね」
「私は、どうすれば」
「二つ、選択肢があります」
彼は、静かに言った。
「一つは、より上位に食い込むこと」
「王妃に、近づく?」
「ええ」
リリアは、首を横に振った。
「それは、選びません」
「でしょうね」
イーサは、ため息をついた。
「もう一つは」
少し、間を置く。
「切れない理由を、公式に作ることです」
「公式に?」
「はい」
曖昧な利用価値ではなく、
制度として必要な役割。
「例えば?」
「例えば」
イーサは、言葉を選びながら続けた。
「候補者間の調整役を、
正式な補佐役として位置づける」
リリアは、目を見開いた。
「そんなこと、可能なんですか」
「前例は、ありません」
「……」
「ですが」
彼は、真っ直ぐに見た。
「不可能でもありません」
沈黙が落ちる。
それは、前に出るということ。
名前を出さない、という条件と矛盾する。
(でも)
切られるよりは、ずっといい。
「考えさせてください」
「時間は、あまりありません」
その夜、リリアは眠れなかった。
規則違反を仕立て上げられる。
不適格の烙印を押される。
それは、家族への影響も意味する。
(逃げ道は、ない)
朝、決意は固まっていた。
老女官のもとを訪ねる。
「お願いがあります」
老女官は、視線を上げた。
「申してみなさい」
「候補者間の調整役として、
公式な役割を与えてください」
部屋の空気が、変わる。
「理由は?」
「私がいることで、
衝突が減り、課題が円滑に進みます」
「それは、自薦ですね」
「はい」
はっきり認めた。
老女官は、長い沈黙の後、言った。
「検討します」
それだけだった。
部屋を出たリリアは、深く息を吐いた。
(前に出たな……)
望んだ形ではない。
けれど、必要な一歩。
切り捨て案は、確かに存在する。
だが同時に、
切れない案も、今ここに出された。
第3章は、ここで終わる。
十三番目の婚約者は、
ついに“消される側”から
“消しづらい側”へと、足を踏み出した。




