敵意の輪郭
敵意は、もっと露骨に来ると思っていた。
囁き声や、あからさまな嫌がらせ。
そんな分かりやすい形を、どこかで想像していた。
だが、実際に向けられたのは、
丁寧に整えられた、正当な不満だった。
朝の課題発表。
共同作業の評価について、意見を述べる時間が設けられた。
「今回の評価、納得できません」
声を上げたのは、下位候補の一人だった。
「誰が、というわけではありませんが」
そう前置きしながら、視線は確実にリリアを刺している。
「一部の人だけが、裏で判断に関わっているように感じます」
ざわり、と空気が揺れた。
「努力が正当に評価されていないのでは?」
老女官は、表情を変えない。
「具体的に、誰を指しているのですか」
「……名指しは、控えます」
だが、名指ししなくても、十分だった。
(来た)
リリアは、黙っていた。
反論すれば、火に油を注ぐ。
弁明すれば、図星だと思われる。
ここで必要なのは、否定ではない。
老女官が言った。
「評価は、成果物に基づいています」
「ですが」
別の候補者が続く。
「調整役という立場は、便利すぎます。
失敗しても、責任が曖昧になる」
それは、もっともな指摘だった。
(だからこそ、使われる)
リリアは、ゆっくりと手を挙げた。
「発言、よろしいでしょうか」
視線が集まる。
「どうぞ」
「私は、責任から逃げるつもりはありません」
淡々と、感情を乗せず。
「ただ、調整役という役割上、
成果も失敗も、全員のものになります」
「それは、ずるい言い方です」
「ええ」
否定しなかった。
「だからこそ、不満が出るのも理解しています」
一瞬、相手の言葉が止まる。
「それでも、この形式が採用されたのは、
衝突を減らす必要があったからだと思います」
老女官が、視線を向けた。
「あなたは、その役割を自覚していますか」
「はい」
即答だった。
「自分が、嫌われやすい立場であることも」
空気が、少しだけ緩む。
その場は、それで終わった。
だが、廊下に出た瞬間だった。
「いい気にならないで」
低い声。
振り返ると、先ほど発言した候補者が立っていた。
「あなた、何もしない顔して、
一番得してる」
「そう見えますか」
「見えます」
はっきり言われた。
「王妃になりたくないって顔で、
実は一番、安全な場所にいる」
胸に刺さる言葉だった。
(否定できない)
「でも」
リリアは、静かに言った。
「安全じゃないですよ」
「嘘」
「本当です」
視線を逸らさず、続ける。
「最初に切られるのは、
こういう立場の人間です」
相手は、言葉を失った。
夜、イーサが様子を見に来た。
「今日の件」
「敵、できましたね」
「ええ」
彼は、苦笑した。
「でも、正面衝突は避けました」
「避けました。でも」
リリアは、椅子に腰掛ける。
「敵意は、はっきりしました」
「それでいいんです」
イーサは、真剣だった。
「敵意が見えないのが、一番危険です」
確かに。
夜更け、灯りを落としながら、リリアは考える。
利用される。
嫌われる。
疑われる。
それでも、盤上に残る。
(王妃にならないために)
皮肉な話だ。
王妃にならないために、
王妃候補として、うまく立ち回らなければならない。
敵意の輪郭は、はっきりした。
あとは、それにどう対処するか。
十三番目の婚約者は、
もう、何も知らないふりはできなかった。




