逃げ道は塞がれている
翌日、リリアは呼び出しを受けた。
場所は、王宮の奥。
候補者たちが使う区画ではなく、文官と高官が行き交う実務棟だった。
(来たか)
理由は、聞かされていない。
だが、心当たりは多すぎる。
通された部屋には、三人がいた。
中央に座るのは、宰相補佐。
左右には、記録官と法務官。
いずれも、表情が薄い。
「リリア・エルノア」
「はい」
「あなたに関する評価と記録について、確認が必要になりました」
机の上に置かれたのは、数枚の書類。
その一番上に、昨日の件があった。
管理能力に疑問。
協調性に欠ける。
集団行動において消極的。
(積み重ねてきたな……)
「あなたは、王妃候補の辞退を希望していると、何度か口にしていますね」
「はい。今も、その意思は変わりません」
即答だった。
宰相補佐は、わずかに目を細めた。
「残念ですが、それは叶いません」
その言葉は、淡々としていた。
「……理由を伺っても?」
「あなたは、十三番目の婚約者です」
「存じています」
「十三という数字は、この国において“調整枠”を意味します」
リリアは、眉をひそめた。
「調整、枠?」
「正式な王妃候補が辞退、失格、死亡した場合に備えた、保険です」
言葉が、胸に落ちてこない。
「つまり」
法務官が、続きを引き取る。
「あなたは、最後まで“在籍していなければならない”存在です」
逃げられない。
それを、遠回しに告げられている。
「辞退を認めれば、制度そのものが崩れます」
「制度のために、人を縛るんですか」
思わず、声が硬くなった。
「王妃制度は、個人の感情で動くものではありません」
「……私は、王妃になる気はありません」
「その意志は、問題ではありません」
はっきり言われた。
問題は、意志ではない。
存在だ。
「あなたが何もしなくても、
あなたが“そこにいる”だけで、制度は成立する」
その言葉に、リリアは息を詰めた。
役に立たなくてもいい。
評価が低くてもいい。
ただ、残れ。
それが、十三番目の役割。
「もし、途中で失踪、拒否、反抗的行動が見られた場合」
記録官が、淡々と告げる。
「貴族籍の停止。
家名への影響。
親族への調査が入ります」
静かな脅しだった。
リリアは、視線を下げた。
(家族……)
あの人たちは、何も知らない。
娘が、こんな位置に置かれていることも。
「質問は?」
宰相補佐が言う。
リリアは、少しだけ考えた。
「……王妃に、選ばれなければ」
「何も起きません」
「最下位でも?」
「問題ありません」
だからこそ、ここまで追い込まれている。
「ただし」
宰相補佐は、視線を鋭くした。
「不祥事を起こせば、話は別です」
リリアは、ゆっくり頷いた。
退室を命じられ、廊下に出た瞬間、足の力が抜けた。
(塞がれてる……)
辞退できない。
逃げられない。
失敗すれば、家族が巻き込まれる。
残された選択肢は、少ない。
夜、イーサが様子を見に来た。
「顔色が悪い」
「大丈夫です」
嘘だった。
「……聞きましたか」
「何を?」
「私が、辞退できない理由」
イーサは、黙った。
それだけで、答えは十分だった。
「知ってたんですね」
「はい」
「それでも、黙ってた」
「守秘義務があります」
「……そうですよね」
責める気力はなかった。
「リリア様」
イーサは、少し迷ってから言った。
「最下位にい続けるのは、危険です」
「分かってます」
「なら」
彼は、真っ直ぐに見た。
「最低限、“無害ではない”と示してください」
無害ではない。
それは、敵になるという意味ではない。
切り捨てにくい存在になる、という意味だ。
部屋に一人残り、リリアは椅子に座った。
王妃にならないために、
下を選んだ。
でも、下は安全じゃない。
(なら……)
王妃には、ならない。
でも。
簡単に踏み潰せる女にも、ならない。
リリアは、ゆっくりと背筋を伸ばした。
第2章は、ここで終わる。
彼女の逃げ道は塞がれた。
だが同時に、
進む方向も、否応なく定まった。




