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第1部 ~救命士/久慈真奈美~<第一話>


「お! 事件じゃ、事件じゃ! 子供が刺されたらしいっすよ! 編集長、行っていいっすか!」

ドタバタと、雑誌『週刊GOD』の編集部に駆け込んでくる中途半端な長髪にアロハシャツ、そしてサンダル姿という、チンピラのようなイデタチの男がいた。


「おめ~、そんな事件ばっかは、すぐ嗅ぎ付けてきやがるな。まあ、いい。行ってこい!」

「ういーっす。カメラマン、外注していいっすか~」

「いいから、さっさと行ってこい!」

自称・フリージャーナリストの山根は、昔のコネで編集部に用もないのに、よく顔を出していた。

このご時勢、そんなことをしていても仕事なんて、そうそうもらえるわけでもない。が、何かスクープを掴んだ時のためであり、他にやることもなく金もないからである。

「もしもし、谷? いいネタ入ってきたぜ。今から空いてないか?」

「……今日、空いてますけど、どんな案件なんすか?」

「殺しだよ、殺し! しかも、ガキだってよ!」

「……子供っすか……。あまり、乗る気じゃないす……」

「めんどくせーなあ! 別に死体の写真なんぞ撮れるわきゃねーんだからよ。騒然としたその現場の写真撮りゃ、金になるじゃんかよ! んじゃー、現場付近の大体の場所、これからLINEで送るからよ!」


―5時間前

事件現場から一台の救急車が走る。

「先輩! バイタル全て落ち続けています!」

「まずいな……。出血がひどい……」

「健太、しっかりして! 健太!」

「……ウウゥ……」

「……」

うめき声しか上げられない8歳の少年・健太と、傍らで声すら出ずに呆然とする、その妹である5歳の少女・梨花。

「頑張って! もうすぐ病院だから。助けてあげるからね!」

「ウウ……」

「……」

「おい! もうちょっとスピード上げてくれ! この子、ここにいる久慈の甥っ子なんだ!」

先輩男性救命士も思わず、声を上げる。


「救急車両が通ります! 道を空けてくださーーーい!」

けたたましいサイレンの音と、助手席の隊員の声が街に流れる。

そして、車内では、女性救命士の「健太、頑張って!」という声が何度も響く。


その戦場のような車両が病院に着いた数時間後、医師と救命士たちの尽力虚しく、幼い一つの命の灯火は消え去ってしまった―


――――――――――――――――――――――――


久慈真奈美は幼い時から正義感に溢れ、家族想い、友達想いの子であった。

父親が風邪を引き会社を休むと、「パパの病気、まなちゃんが治してあげる!」と、献身的な言葉をかける。

母親と自分がお揃いの服を着ている際、父親が「あー、羨ましいな~。パパだけ仲間外れだ~」とからかうと、「……だって、二つしかないんだよ!……パパの分、ないんだよ……。エ~ン……!」と、涙ぐんで、「ご、ごめん、そんなつもりじゃないんだよ……」と父親が思わず慌ててしまう場面もある日常が、彼女を起点として、賑やかに穏やかに過ぎてゆく。

そんな、優しさと思いやりが溢れる少女だった。


「誰かー! 誰か助けてー!!」

小学校4年生になった学校帰りの、真奈美の大声が聞こえる。

通りがかりの老人が、「ど、どうしたの?」と、声をかける。

「……お、お友達が急に倒れちゃったの……!」

傍らには、口から泡を吹きながら倒れて失神している、女の子の姿が。

「……おお……こりゃ、大変だ! 今、救急車呼ぶから!」

「エーーーン!!」

どうしたらいいかわからなく、泣き叫ぶ真奈美。


救急車は10分後に来た。

女性救命士に促され、一緒に救急車に乗る真奈美。

「……エーン! エーン……!」

とにかく涙と嗚咽が止まらない真奈美。

「大丈夫よ。これは“てんかん”って言う症状で、すぐによくなるの。さ、涙拭こうね」

やさしく、ハンカチを……ではなく、医療器具であるガーゼをそっと真奈美の目頭に当てる女性救命士。

「頑張ったね。もうすぐ病院に着くから。お名前言えるかしら?」

「……ウッ……ウッ……く、久慈……真奈美……」

「お友達のお名前は……?」

「……え、えりちゃん……」

「苗字はわからないかな……?」

「……わ……忘れちゃった……。ウッ……ウッ……」

「ごめんね、こんな時にすぐ出てこないよね……」

そっと、真奈美を抱き寄せ、背中をさする女性救命士。


真奈美は、この数分間でのぬくもり、そして、「大丈夫よ」と自分を落ち着かせようとする女性救命士自身の胸から聞こえる、ドキドキとした鼓動が忘れられなかった―


久慈真奈美が高校二年生のころ。

生徒会長になった彼女は、明るくて活発。その容姿のよさもあり、すっかり学園の人気者になっていた。が、それは男子生徒、もしくはいわゆる真面目な部類に入る女生徒からのみである。


「ねえ! みんな、話聞いてよ! みんなが力合わせないと、文化祭だって、うまくいかないでしょ!!」

真奈美の正論であり、クラスメートに向けての檄が飛ぶ。


おとなしいグループの男子は「は、は~い」と。逆にチャラけた目立つグループの生徒は、「真奈美ちゃんが言うなら、何でも聞くよー! おい、おめーらも協力しろよなあ!」などと、調子のいいことを言っている。

いつの時代にも、よくある学園の風景である。


そして、いつの時代にもよくある学園の風景が、教室の隅でまた、ひとつ。

「……なんか、あいつ、うざくねえ?」

「何、調子乗ってやがんだろうね」

“スケ番”と呼ばれている4人の女子生徒たちが、ブツブツと言い始めている。

そして、隣りの席で、鼻の下を伸ばし、ボーッと真奈美を眺めるおとなしい男子生徒・立川。

「……おい、立川、てめー、きめえんだよっ! ムカつくなあ!!」

男子生徒の足元を踏みつける女子生徒。

「……ご、ごめんなさい……」


--ある日の休み時間

隣りのクラスから、明らかに不良学生を絵に描いたような男子生徒3人組が入ってきた。

「……あ、やっちん!」

少し頬を赤らめる“スケ番”のリーダー格・智子。

「おお、智子。……ん~、こいつかあ? おい、捕虜!そこどけ!」と立川に絡む不良生徒。

「……え、ぼ、僕……? ほ、捕虜……?」

「おめー、今日から俺らの捕虜だ」

「アハハ! やっちん、こいつさあ、なんかイラつくんだよね。今日から捕虜だね」

彼女はLINEで他のクラスにいる不良生徒のボス格・通称“やっちん”こと安田に連絡をしていた。

彼らが言う“捕虜”とは、単純なことだ。

使いっパシリに使ったり、ストレス発散のために、殴ったり、ケリを入れたりと。時には集団による凄惨なリンチが行われ、ターゲットにした弱者の自由を奪う。その対象が、無知な彼らがふざけて名付けた“捕虜”だという、ただそれだけのシステムである。


「ちょっと、あなたたち、やめなさいよ!」

いじめと感づいた真奈美が、止めに入る。

「ああ~? なんだよ、てめーには関係ねーだろうが!」と、真奈美に噛み付く智子。

「恥ずかしくないの、あなたたち!」

「……ま、まあ……、待てよ。別にいじめてたわけじゃねーよ。なあ、おめえ、なあ。俺らからいじめられた?」

少し、タジタジしながら、真奈美と対峙する安田。

「……あ、い、いや……」

ほぼ、聞こえないような情けない声で答える、つい先ほど安田たちの“捕虜”となった立川。

「……そう……。それなら、いいけど……」と、一瞬、智子に鋭い眼差しを向け、その場を去る真奈美。

「……ちょっと、ねえ、やっちん、なんで……?」

「……バカ、このうぜーやつは、後でいじめとくからよ。今、問題になってもしょーがねーだろ?」

「……まあ、そうだけど……」

しかし、智子は真奈美が去る時に見せた安田の表情が、目に焼きついていた。

あれは、“男が女に惚れている時に見せる顔”だと。

心の中で智子はイラつき始める。

「……ほんと、腹立つなあ……あの女ぁ……!」


―1週間後

「……つーか、おめーさあ、何偉そうにしてやがんの?」

「うっとーしいんだよ、おめーみてーな正義感ぶってる女ってさあ」

智子とその手下の女生徒3人は、真奈美を学校近くにある川原の高架下に連れて行き、醜い形相で詰め寄っていた。

「……わ、私はそんなつもりじゃ……」

「そんなつもりもクソもねーんだよ! てめーがムカつくってだけなんだよ!!」

「ねえ、こいつ脱がして、画像、ネットにアップしちゃわねえ?」

「……いいねえ……! おい、このクソ女、押さえつけろ!!」

「……や、やめて……」

3人の女生徒が真奈美を押さえつけ、「おら!脱げよ!」と、強引に真奈美の制服を剥ぎ取ろうとする智子。

「……や、やめて……!!」

抵抗する真奈美。

「……お~い、おめーら、何やってんだ~」

「やっちん……」

安田とその手下たち数人が通りがかった。

「……ふん……、あんたがお気に入りの真奈美ちゃんのコーディネイトしてあげてるのよ。つーか、なんか、文句あんの? あんたこそ、そいつと何してんのよ?」


そこには不良生徒数人に囲まれ連れられてゆく、正に“捕虜”がいた。

「別にぃ。こいつ遊びで、今日何できるかを考えていたとこだよ」

智子たちに制服を剥ぎ取られ、下着姿でうずくまり、シクシクと泣く真奈美の姿が目に入る、安田。


「……な、なかなか、おもしれーことしてるじゃんかよ……」

「……だから、なんか文句あんの!? 助けるとか言い出すの!?」

「……い、いや、俺に犯らせろ……」

ゴクリと生ツバを飲む安田―

いや、理性をなくした獣と化したオスがそこにはいた。


「……は、ハハハ! いいよ、犯っちゃいなよ、こんなクソ女!!」

安田を煽る、智子。

安田の手下どももニヤニヤとしただらしない顔、中にはよだれを垂らしている者もいる。

彼らは真奈美を押し倒し、「や、やっちん……、犯っちゃえ!」とハヤシ立て始めた。


智子を含む不良女生徒たちは、自分たちから煽ったにも関わらず、さすがにこれはマズいのではないかと、顔が青ざめ、冷や汗をかき始めていた。


「……あ、あの、やっちん……。ちょっと……」

かすれた声で智子は安田に声をかけるが、彼の耳には届いていない。

「……や、やめてあげて……」

もっとかすれた小さな声をなんとか振り絞る“捕虜・立川”。

が、理性を失った獣たちには、さらに聞こえるわけはない。


「……あー!! ほんと、イラつくなあ! てめー、さっさと消えろ、この捕虜ヤローっ!! 邪魔なんだよ!!」

自分でもどうしていいかわからない状況での智子は、“捕虜”にイラ立ちをぶつけ始めた。


しかし、次の瞬間、智子の声などとは比較にならない雄たけび、そして、鈍い打撃音が周囲にこだました。

「う、ヴァああああーーーあああーーーーーーーーー!!!!」

“ドコッ!!”“ドガッ!!”“ドゴッ!!”

「……ハアッ……ハアッ……ハアッ……」


一瞬の静寂の20分後、救急車のサイレン音が聞こえる。


「……うう……わ、私……」

ショックのあまり気絶していた、真奈美。気付いた時には、救急車の中だった。

「もう、大丈夫よ……。辛い目にあったわね……。でも、ちょっとかすり傷はあるけど、あなたの身体はキレイだから、心配しないで……」


「……お、お姉さん……!?……え、子供のころ、絵美ちゃんをた、助けた、お、お姉さん……!?」

「……ん? どうしたの……?」

この混沌とした状態で過去にあったことの説明など、うまくできなかった。ただ、女性救命士の手を握り、涙を流しながら、再び眠りに着く真奈美。

女性救命士は、やさしく真奈美の頭をなでた。


同時刻に同じ場所から搬送された別の救急車から、無線が入る。

「こちら、ICUのある●●病院に搬送します」

「代わってください」

助手席の隊員から無線を受け取る女性救命士。

「……わかりました。どっちにしろ、こちらのクランケと同じ病院に連れていくわけにはいきません。そちらで処置をお願いします」

「了解」


この日、彼らにあった出来事はここまでである。


病院に搬送されるレイプ被害に遭いそうになった瀬川真奈美は、小学生の時に自分の親友を、そして今、自分を介抱してくれている女性に憧れ、この6年後、救命士となった。


鬼畜のような行為をしようとした安田は、後頭部を石で数回殴打され、昏睡状態となり、ICU(集中治療室)に収容されるも、数週間後、意識は回復した。


そして、いじめを受けていた“捕虜”こと立川は、智子による「嘘の証言」により、情状酌量が認められず、少年刑務所に収容されることとなる――


ーーー現在

ジャーナリスト・山根は、久慈真奈美の甥・健太殺害事件のその後をメシのタネにと、追い始めていた。

この時の山根は、自身の想像力では、およそおぼつかない運命の糸に手繰り寄せられていることに、まだ気付くよしもなかったー


(つづく) 

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