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第二回

ミノメールの眠る間に、少し自己紹介をしておこうと思う。

私の名はコレリー・ザッハ。これでもまだ二十三歳の女である。自慢の髪は忌々しい砂埃のせいで白茶けてしまったが、普段は赤みを帯びた金色だ。


極道者の父の長女として生まれついたから、餓鬼の時分から苦労ばかりしてきた。十二の春に借金のカタに今の義父の元に売り飛ばされて、慰み物にされるかと思えば渡されたのが木刀一本。何を血迷ったか義父は私の面構えを一目見て流派の後継と決めてしまった。止せばいいのに利き手に取った樫の重さがしっくりと馴染んで、気付けば義父を師と呼んでいた。


規則正しい生活と稽古は始めの内こそ辛かったが、兄弟子たちを負かせるようになると急に毎日が楽しくなった。十年間その下に甘んじた、一番弟子の(あに)ぃを打ち負かしたのが一年前。

喜び勇んで師の元に報告に行くと、いきなり横面を張り飛ばされた。奇行の多い義父ではあるが、この時の奴の心境ばかりは計りかねる。その後の立ち合いでも私は情け容赦なく叩きのめされ、砂っぽい道場の床を舐めることになった。思えばあの時から砂は嫌いだ。

二ヵ所の骨折と数え切れない打ち身を負ったまま、私は兄ぃが止めるのも聞かず、怒りに任せて道場を飛び出した。


十年ぶりに戻った生家は見違えるほど立派になっていたが、玄関先に現れた娘を見て面食らった。どう見ても私と同じくらいだ。

姉妹のいない私が彼女を父の後妻だと悟った時には、意味もなく置かれた軒先の彫像が音を立てて砕け散っていた。突然の来訪者が木刀一閃石を割ったのだから、おそらく私の名も知らぬその娘はさぞ胆を潰したことだろう。座り込む彼女をうち捨てて宅内に闖入した私は癪に障る調度の類を片端から叩き壊して暴れ回り、駆けつけた実父から旅費と刀の代にする金を脅し取ると、そのまま生家と訣別した。


二本の差料と底をつきがちな路銀をどうにかやりくりして一年間、武者修行の旅というやつを続けている。方々を歩き回ってみると、なるほど世界というのは広い。四季のない国もあれば湖上に浮かぶ国もある。鳥の巣を食う人間もいれば、砂に埋もれて何年も念仏を唱える物好きもいる。

見知らぬ土地の孤客となって、私は初めて言葉の価値を知った。大陸での言語は細部や方言を除いて大方共通しているが、スラングだらけの私の言葉は困ったことに国の外ではほとんど通じなかった。見るもの全てが新しく、知る人ひとりいない街で、押し黙って過ごすという手はない。渡り歩く宿で暇人を捕まえては会話の練習相手にして、どうにか今の程度にまで改めた。


言葉が通じるようになって知ったのは、これだけ広大な世界にさも似通った不幸話が蔓延しているということだ。学問や教義や種々の武芸や技能を求道する者たちの間にすら、噴き出したくなるほどの類似があって、ましてや日々の暮らしに生きる人々の、その画一ぶりは驚くほどだった。

無用の憎しみ、怨みや苦悩がいかに世界に満ち満ちて、必要な悲しみや愉悦がいかに不足していることか! 皆が幸あれかしと願うのに、何故かくも人の世が荒むのか、私にはまだ理解できない。十年の修行で身に付いた刀術と無銘の差料で、(やぶ)を払うように答えを探し続けている。


無論、見かけほど気楽な身の上ではないが、もとより極楽人になど生まれついてはいない。

これで苦労に擬態した幸運を案外によく拾うから、偶然を神と呼ぶならば、やはり公平は彼の美徳とするところらしい。


強張った肩の筋を伸ばして一つ欠伸をした私が前方に目を戻すと、先まで見えなかった土煙が遥か向こうに立っているのに気がついた。


「ミノメール、起きな」


国境の基石から飛び降りて、私は友人を揺り起こした。

黒い瞳が眠たげに私を見る。


「盗賊どもが来る。あそこの岩場まで行って迎え討つぞ」


ミノメールはすぐに身を起こして頷いた。

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