両親の秘密、話すっす(後編)
「───では次に、プライベートなお話を伺いたいのですが…」
スーツ姿のぬいぐるみがそれまでとは一転、キランと光る眼鏡を押し上げる。
「ゴロさんはぽってぃーさんのお宅でハウスキーパーをするために上京してきたそうですね」
「す、そうっす。ありがたい事に雇って頂いたっす」
「故郷はとても山奥の小さな村だと伺ったのですが、都会で生活するにあたって一番大変だった事は何ですか?」
「え、えっと、とにかく見るもの聞くもの全部が新しくて、家事一つするのにもとても戸惑ってしまったっす。あと───」
一生懸命受け答えする横顔を見つめ、ぽってぃーは己の心配は杞憂だったかと微笑む。
今日は東の中心でレッスンの後、雑誌のインタビューの仕事が入っていた。ゴロやシロもCM出演した事でお茶の間の皆様に認知されつつある中で、事務所としては更に本腰を入れてPRしていきたいと思っていたので、出版社から声がかかった時は二つ返事で受けたのだ。正直、シロはともかくゴロが平静を保ってインタビューに臨めるのか不安だったのでスケジュールを調整して同席したが、どうやら思っている以上に度胸がついているらしい。それは恐らく本人が一番実感しているだろう。
「あんちゃ~ん、まだ終わらんの?」
「まだや。この後シロのインタビューも残っとるやろ」
「何やねん、さっさと終わらせろや」
つまらなさそうに口を尖らせるどってぃーに、ため息をつく。順番をどうしようかと相談していた時にはこれ以上ないほど積極的に一番にしろと言ってきたので最初にインタビューを受けさせたが、案の定と言うべきか自分が終わった途端興味をなくしてソファでだらけている。
そろそろ本格的にステージやカメラの外での振る舞いを改めさせなければ、と眉間を揉む兄の心情などどこ吹く風でケータリングのお菓子をもぐもぐするどってぃーは、飽きながらもチラチラとゴロの方を見ていた。
「ご家族の方々は上京する事を応援してくれたんですか?」
「あ、え、えっと、ばあちゃ…祖母が背中を押してくれたっす。弟や妹達も、最初は寂しがってたっすが最終的には頑張れと言ってくれたっす」
「そうなんですね。ご両親からは何と?」
「え、えっと…」
「すみません。時間が迫ってきてますんで、そろそろ次に…」
そっとタイムリミットを告げると、編集者は自身の腕時計を見て頷く。
「わかりました。では最後に、シロさんお願いします」
「さー、待ちくたびれたさー」
こちらもこちらでマイペースにお菓子を食べ続けていたシロが、のっそりと移動する。入れ替わりでこちらへ来たゴロに労いの言葉をかけると、へにゃっと緊張が解けたような笑顔が返ってきた。
「おい、ちゃんとお話しできてたっすかね?」
「上出来や。疲れたやろ。今緑茶用意してもらうわ」
「ありがとうございますっす」
ペコリと頭を下げてソファへ腰かけるゴロの様子をさりげなく窺うが、特別何と言うところはない。
(考えすぎか?いや、でも…)
ぽってぃーは今ある事に悩んでいた。少し前に両親から手紙が来た時、話の流れでそれまで聞いた事のなかったゴロの両親の事を聞くと何となくかわされてしまった気がするのだ。祖母や弟達の事は顔を輝かせながら話していただけに、ぽってぃーは違和感を抱いた。それからしばらくゴロを観察していると、普段は楽しげにドラマやアニメなどを見ているのだが親子のシーンがあると表情がどこか曇ったようになる事に気づいた。
もしや親子関係はあまり良くないのだろうかと腕を組み考える。とても厳しく、上京する事に大反対でもされたのだろうか。それとも、考えたくはないが虐待のようなものを受けていたのだろうか。いや、そもそもこの世にいない可能性だってある。他人の家庭の事情にズカズカと踏み入るのはいかがなものかと思う気持ちと、違和感を覚えておきながら今後も無神経にどってぃー達と親子の話題を口にしていいのかという気持ちがぽってぃーの頭の中でせめぎ合っていた。
「ぽってぃー先輩」
「!な、何や?」
声をかけられ顔を上げると、こてりと首を傾げたゴロがこちらを見ていた。
「インタビュー、終わったっすよ」
「お、おう、そうか」
「どうかしたんすか?」
「いや?な、何でもあらへんで?」
当の本人に悩みを言える筈もなく、そそくさとスタッフ達の所へ挨拶へ行くのだった。
*
「あんちゃーん!これ、よーえんちからの手紙!」
取材から数日経ったある日の夕方。幼稚園から帰宅するなりカバンから出した紙を受け取ったぽってぃーは、仕事用の眼鏡を外して中身を確認する。
「ああ、授業参観のお知らせか。もうそんな時期なんやな」
「授業参観っすか?」
こちらへ来たゴロが、背中に乗せていたどってぃー用のおやつセットを器用にテーブルの上に乗せる。
「そう!今回はダンスすんねんで!」
「毎回何をするかは変わるけど、一応養成所やからな。大体歌かダンス、あとはちょっとした芝居なんかを保護者に見てもらうんや。ステージに立つ練習の一環やな」
「でもまい知ってんねん。どうせオトン達けーへんねんやろ?あんちゃん来いや」
「もちろんそのつもりや。他の人材も見たいしな」
兄の答えにむふーんと満足そうに鼻を膨らませたどってぃーは、無邪気な顔でゴロの方にも振り向く。
「ゴロもシロも来いや!」
「おいも行っていいんすか?」
「子供に興味はないさー」
「っんやねん、ノリ悪いなシロ!ええに決まっとるやんけ、来い!」
やや強引な誘いだが、ゴロは楽しみっすねと笑顔を浮かべる。
「なーなー、ゴロのじゅぎょーさんかんはオトン達来たん?」
「す?」
「お、おい、どってぃー」
唐突に切り出された話題にゴロは目をパチクリさせ、ぽってぃーは慌てる。
「っていうか、いい加減オトン達の話聞かせろや。この話に全然乗ってけーへんの、気づかれてへんとでも思とったんか」
「あ、えっと、その…」
お子様の恐ろしいのはこういうところである。触れづらい事にド直球でボールを投げるその度胸は今は大変頂けない。
現に困った様子のゴロを見たぽってぃーは、何とか話を変えようとあたふたする。
「あー、その、何や、きょ、今日はええ天気やったな!」
「ぽってぃー先輩」
「ゴロ、布団干してくれとったから今晩寝るんが楽しみや!きっとふかふかなんやろな!」
「ぽってぃー先輩、大丈夫っす」
そう言って、ゴロはゆっくりと首を振る。
「ぽってぃー先輩がおっ父とおっ母の話をしなくてもいいようにおいを気遣ってくれていた事には気づいていたっす。どってぃー先輩やシロさんも申し訳なかったっす」
「まい別に気とか遣ってない」
「さー」
「あんまり聞いても楽しくないっすが、お話してもいいっすか?」
「お、おう」
思ったよりすんなりと話が聞けそうな流れにぽってぃーは戸惑ったが、ついにゴロの口から聞けるのかと姿勢を正す。
ゴロは深呼吸を一つすると、どこか遠い目で天井を仰ぎ見て話し始めた。
「あれは…雪がたくさん降るとても寒い冬の日の事だったっす。おっ父とおっ母は、いつものように山の奥深くまで食料の調達に出かけたっす。冬の山じゃ獲れるものなんてそうないのに、おい達を少しでもお腹いっぱいにしようと吹雪の中家を出ていったっす。あの日の二人の背中は、今でも鮮明に思い出せるっす。そして、一夜明けてから二人が出かけた山で雪崩が起きた事を知ったっす。おい達は二人が帰ってくるのをずっと待ってたっす。何日も、何日も、ずっと。そして雪が解ける頃…」
「もうええ!」
「す?」
視線を戻すと、ぽってぃーが顔を涙でぐしゃぐしゃにしていた。
「辛かったな!辛い話をさせてしもたな!もうええ!十分や!」
「す、そうっすか」
確かに楽しい話ではないと言ったが、まさか泣かせてしまうとは思わなかった。
おーいおいと泣き続けるぽってぃーに戸惑いながら、ゴロはエプロンのポケットから封筒を取り出す。短くも温かいその手紙、その差出人の名前を見てフッと小さく笑うのだった。