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両親の秘密、話すっす(前編)

「ただいま」

「おかえりなさいっす、ぽってぃー先輩」

 帰宅したぽってぃーは、キッチンから聞こえた声と一緒に漂ってきた匂いに鼻をヒクヒクさせる。

「ええ匂いやな。今日の晩飯は何や?」

「豚の生姜焼きと冷奴、それからポトフを作ってみたっす。どってぃー先輩はそれに加えてハンバーグと唐揚げ、フライドポテトをお出ししてますっす」

 ダイニングを見ると、一足先に食事をしていたどってぃーが頬をパンパンにしていた。

「おっ、ええな。ゴロの生姜焼きは絶品で…」

「あ、ぽってぃー先輩は別で野菜炒めをお作りしてるっす。味付けは生姜焼きとほとんど同じなので安心してほしいっす」

「あ、はい」

 期待に輝きかけた顔がスンッと(しぼ)んでいく。やはりメタボを改善するまでは野菜中心の生活から逃れる事はできないらしい。

(薄味でも生姜焼きの味がするだけええか)

 早く健康診断でいい結果が出てほしいものだ。手を洗いテーブルに着くと、ゴロが料理を並べてくれた。

「あ、それから…」

 思い出したようにソファの前のテーブルへ向かい、何かを持ってまたこちらへ来る。

「お手紙が届いていたっす」

「ん?何か支払いが滞ってたか?」

 ごくたまにだが、どってぃーが勝手に頼んだ出前やゲームの課金などが多すぎたせいで引き落とし用の口座に入れてある金額が足りないという通知が来る事がある。今回もまたそれかとため息をついたが、ゴロはいやと首を振る。

「宛名が手書きなので、普通のお手紙みたいっす。それも、ぽってぃー先輩とどってぃー先輩両方のお名前が書いてあるっす」

「わいら二人の?」

 はて、とゴロから手紙を受け取ると、小さく目を見開く。

「エアメール、オトン達からか。久しぶりやなぁ」

「エアメール?」

 せや、と指差した封筒は縁が赤と青と白で囲まれている。随分オシャレなデザインだと思っていたそれは、外国からの手紙に使われるものだとぽってぃーが説明してくれた。

「ももんはひはら?ふぁんふぁむいひいほんふぁいっへう?(オトン達から?何か美味しいもん入ってる?)」

「残念ながら手紙だけやな。写真は入っとるで」

「むーん(ふーん)」

 食べ物が入っていないと知ると、あからさまに興味を失う弟に苦笑する。どってぃーぐらいの年頃であれば、もう少し両親がいない事に寂しさを覚えてもいいと思うのだが、彼の中で親という存在は食べ物、何か楽しい事に次ぐその他全部の中の一つにランク付けされているらしい。それでも気にならないわけではないので、食事が終われば近況を聞きに来るだろう。そして返事を書いて両親に届けろと言う筈だ。

 封を開けて中の便箋(びんせん)を取り出すぽってぃーの斜め前の席に着きながら、ゴロは初めて知った事実に驚く。

「ぽってぃー先輩達のご両親は外国にいらっしゃったんっすね」

「ああ、二人してバリバリ仕事に励むのが生き甲斐でな。あっちこっち世界中を飛び回っとって、たまにこうして手紙で現在地を知らせてくるんや。手紙には陽気な国におるて書いてるけど、今頃はもう別の国に行っとるかもしれんな」

 見せてもらった写真には、バシッとスーツに身を包んだ二人のテディベアが異国情緒溢れる街の中を流れる川に浮かぶ舟に乗りながら笑顔で写っていた。なぜかそれぞれトマトとチーズを手にしている点については聞いた方がいいのだろうか。とても美味しそうではあるのだが、格好とのミスマッチ感がすごい。

「お二人とも、どことなくぽってぃー先輩達に似てるっすね」

「そうか?まあ、親子やからな」

「外見もそうっすが、お仕事をする姿がキラキラしてるところがそっくりっす」

「ハハ、確かにそうやな。その辺はしっかり綿を継いでると思うわ」

 そういえば、と便箋(びんせん)を封筒にしまいながらぽってぃーは言う。

「ゴロの親御さんの話って聞いた事ないな」

 その時、ピクリとゴロの耳が揺れた。

「…そうだったっすかね?」

「せや。おばあさんと弟達の話はよー聞くけど、考えたらご両親の事全く知らんなって今気づいたわ」

「そうっすか?気のせいじゃないっすか?」

「?そうか?」

 ニコリと笑うゴロの様子に違和感を覚えるぽってぃー。何かおかしな事を聞いてしまっただろうかと箸を取りながら考えるが、突然大きな声を出したどってぃーにつられて視線がテレビに注がれる。

「ぬいバーガーの新作!あんちゃんあんちゃん、まいあれ絶対食べる!」

「お、おう、そうか。美味そうやな」

 大手ハンバーガー店のCMにヨダレを垂らす彼に相槌(あいづち)を打つ。そうしている内に、感じていた違和感の事はいつの間にか頭から消えていった。

 その様子を見ていたシロは、そっと無言でゴロに目をやる。ニコニコしながら食事をする姿は、少なくとも表面上はいつもと変わらないように見えた。

「…さー」



《お母さんなんか嫌いだ!僕なんか生まれなきゃ良かったんでしょ!》

《バカな事言わないで!子供を愛さない親なんているもんですか!》

「うっ、うっ…ええ話や」

 クライマックスを迎えようとしているドラマを見ながらティッシュの箱を抱き締めて涙と鼻水を流すぽってぃーに、こちらはクッキーの缶を抱え込んだどってぃーが口を挟む。

「こんなありきたりなストーリーのどこがええねん。あんちゃん涙腺ガバガバやな」

「何を言うとる!ありきたりやからこそ響くもんがあるんや!子供のために必死になれる、まさに究極の愛や!ゴロもそう思うやろ⁉」

 洗濯物を畳んでいたゴロに話を振ると、タオルを取ろうとした手がピタリと止まる。

「…そうっすね。とても素敵なお話だと思うっす」

「?どないしたんや?何か様子が…」

「親という親がもれなく子供を第一に考えるわけではないさー」

「何を言うんや、シロまで!」

 同じくソファでドラマを見ていたシロの一言に、ぽってぃーの首はグルンと正反対へ方向転換する。

「親子の在り方はそれぞれさー。おらの(パピー)(マミー)は放任主義で自由を愛してたから、家に揃う事なんかほとんどなかったさー」

「そ、そうなんか?」

「さー。だからおらは、自分の事は自分で何とかしてきたさー。友達のクマノフとつるんで、流氷の渡り方も魚の獲り方も自力で学んださー」

「サラッと北国育ちのエピソード出とるぞ」

 都会(シティー)派だと言い張っていた割に、辺境の地での出来事としか思えないその話はボロが出たと言わざるを得ないのではないか。

「…」

 ぽってぃーの指摘を受けてしばらく黙っていたシロだが、何事もなかったかのようにマカロンを口に運ぶ。

「つまり色々な親子がいるという事さー」

「今の沈黙は何やねん。図星なんやろ」

「己の中だけの価値観で世界の全てを理解できると思わない方がいいさー」

「正直に言うてみ。ポロッとほんまの事言うてもうたんやろ。今必死にごまかそうとしとるんやろ」

「あんちゃん、ドラマ終わったで」

「ああ⁉」

 エンドロールが流れる画面を見て悲愴な声を上げる。シロに詰め寄っている間に、一番いいシーンを見逃してしまった。せっかく一話から夢中で見ていたというのにと膝をつくぽってぃーに、どってぃーが今度はアニメを見てもいいかと答えを聞く前にチャンネルを変える。

「人様の事情に首を突っ込もうとした報いさー」

「…すんませんでした」

 容赦なく突き刺すシロのトドメの一言に、蚊の鳴くような謝罪がうつ伏せた顔から聞こえる。

 一連のやりとりを見ていたゴロは、どちらに頷く事もなく眉を下げて笑った。

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