切磋琢磨し合える、存在っす
「あれ?ぽってぃーだ~」
「ホントだ。お~い、ぽってぃー」
聞き覚えのある声に呼ばれて振り返ると、シャオパンとティノが窓際のテーブルから手を振っているのが見えた。
ここは東の中心、ドルチェの本社内にある食堂である。一仕事終えたぽってぃーは、昼食を取ろうと空いている席を探していた。こっち来なよ、と誘われ彼らのテーブルへ足早に向かう。
「お疲れ~。お昼?一緒に食べようよ~」
「ほな、お言葉に甘えて」
嬉しそうにシャオパンの向かい、ティノの隣の席に座ると、あれ?とティノが首を傾げる。
「社食じゃないの?今日の日替わりランチはぽってぃーの好きなオムライスセットだよ」
「あ、ああ、実はちょっとダイエット中でな。最近はずっとゴロ手作りの弁当持参なんや」
そう言ってカバンから風呂敷包みを取り出す。包みを開くと、玄米ご飯のおにぎりとスープジャーが姿を現した。
「随分ささやかだね~」
「おにぎりと、スープ…いや、お味噌汁かな?」
「せや、お野菜たっぷり減塩味噌汁や」
どこか哀愁を漂わせるぽってぃーに何かを感じ取ったのか、シャオパン達はそれ以上そこに触れる事はしなかった。
「こっちには打ち合わせ~?」
「いや、バラエティー番組の収録や。今度のツアーの宣伝を兼ねてな」
「宣伝~?でも、チケットはとっくに完売してるんじゃなかったっけ~?」
のんびりとチャーハンを食べながら、シャオパンが疑問を口にする。その一方で、ティノが何かを思い出したように箸を止めた。
「あ、そっか。今回はライブビューイングや配信もするんだっけ?」
その言葉にせや、と頷く。
「個々のステージでは導入を始めとったけど、ドルチェ全体としては初めての試みやからな。チケットを取られへんかったファンからも要望が仰山来とったから、本格的にやってみよって事で上からもGOサイン出たんや」
「結構反響あるって聞いたよ~」
「ああ、ライブビューイングの方は当初予定してた映画館が満席になったんで急遽他のスクリーンを増やしたらしいわ。配信チケットもどんどん売れとる」
マネージャーから見せてもらったデータを思い出し、ぽってぃーの口元は自然と緩む。
「楽しみだね。どってぃーはついにツアーデビューでしょ?」
「もう毎日カレンダーにバツ印つけながらウキウキしとるわ」
お尻を振ってカレンダーと向き合う後ろ姿が頭に浮かび、やれやれと肩を竦める。
「ボク達のデビューした頃を思い出すなぁ。あの時はキャシーが大変だったよね」
当時の事を思い出して苦笑いのティノに、ぽってぃーは遠くを見つめながらせやなと相槌を打つ。
「リハーサルの時からソワソワしっ放しで、パフォーマンスには何の問題もないのに楽屋でも五分に一回は振り付けや歌詞の確認をして、挙句の果てには緊張のあまり泣き出してぽってぃーにしがみついて離れなかったんだよね」
「メイクさんに怒られちゃったよね~。"化粧が落ちるでしょ!"ってさ~」
「わいは衣装にキャシーの涙と化粧がついて衣装さんに怒鳴られたわ。あの時は場の空気に圧倒されてそんな余裕なかったからわからんかったけど、今思えば理不尽やと思うのわいだけか?」
眉を寄せるぽってぃーに、シャオパン達はおかしそうに笑う。
「アハハ、あの頃からキャシーの暴走を止められるのはぽってぃーだけだったよね」
「まあ、別のグループになって唯一良かったのはそこかも…」
「ぽってぃー!」
「ぶふっ…」
噂をすれば影、味噌汁の入ったジャーを傾けていたぽってぃーの背後からキャシーが飛びついてくる。シンデレラフィットでハマった顔を抜こうと必死にジャーと格闘するぽってぃーをよそに、キャシーは尻尾をクルクル揺らして喜びを表す。
「まさか会えるなんて思わなかった!事務所に用事?それとも打ち合わせかしら?あ、ゴロ君の新作のCM見たわよ!新しく入った…シロ君だったかしら?とっても素敵なぬいぐるみね!あの子もぽってぃーのグループに入るの?」
「キャシー、とりあえず離れてあげなよ。ぽってぃーが味噌汁に溺れそうだよ」
弾丸トークを繰り広げる彼女にティノが声をかけると、あらと両手を口元に添えた。
「ごめんなさい、嬉しくってつい。大丈夫、ぽってぃー?」
「ぶはっ、し、死ぬかと思った…!」
味噌汁まみれになったぽってぃーにシャオパンがおしぼりを渡す。おおきにと受け取ったはいいが、これは拭くだけでは取れないのではないかと中の綿から香る出汁の匂いにげんなりする。
その間にティノの向かいの席に着いたキャシーは、ニコニコしながら持参の弁当を開けていた。
「ん?キャシーもダイエット中か?」
「ダイエット?いいえ、最近お料理にハマっててね。時間ができそうな時はお弁当を作っているの。練習も兼ねてね」
「練習?」
怪訝な顔をするぽってぃーに、シャオパンがデザートの杏仁豆腐を堪能しながら説明する。
「今度トルタの冠番組ができるんだ~。毎回ゲストのリクエストに応えて料理対決をするんだよ~。それでボク達も包丁の使い方とか、基本的な技術を練習してるんだ~」
「か、冠番組⁉」
ピシャーンとぽってぃーの頭上に衝撃の雷が落ちる。そんな彼の様子には気づかず、キャシーとシャオパンは話を続ける。
「この間の単独ステージも大成功だったわよね!実はまだ公式発表はしてないんだけど、ドームツアーをしないかって話も来てるのよ!」
「メンバーそれぞれも、ドラマ出演が決まったり有名ブランドとモデル契約したり、すごく忙しくなったよね~。ボクはこの間、一日駅長をしたよ~」
「そうそう!バラエティーやCMのお仕事もたくさん貰っているし、ファンのみんなの目に触れる機会が増えたのはすごく嬉しいわ!」
「二人とも、その辺にしてあげなよ。ぽってぃーが悔しさのあまり、何かに変身しそうだ」
冷静なティノの隣では、ぽってぃーがギリィッと食いちぎらんばかりの勢いでおしぼりを噛み締めていた。
「べ、別に悔しくなんかあらへん。わいはわいで素晴らしいグループを作り上げとる最中やし、その内トルタ以上にすごい事をするつもりやし…」
「そうね!私楽しみにしてるわ!私に何かアドバイスできる事があったらいつでも言ってね!何でも教えてあげるから!」
「~~~っ…」
彼女に悪意はない。それはわかっている。わかっているから余計に言葉一つ一つが深く突き刺さる。
やり場のない感情は全ておしぼりに向けられ、とうとうブチッと音を立てて破れた。
*
「とまあ、そういう感じや」
「す、そうだったんすね」
帰ってきた時の様子に違和感を覚えて何かあったのかと尋ねると、悔しさ半分寂しさ半分といった感じで東の中心での出来事を話してくれたぽってぃーに、ゴロはひとまずお疲れ様でしたっすと声をかける。話を聞いていると、色々な事を思いつきはするもののそれをじっくりと時間をかけて練り上げる慎重派のぽってぃーとは違い、キャシーはスピーディーに物事を進める傾向にあるようだ。
同じようにプロデュース能力を見込まれた二人でもこういうところで随分変わるのだなと思いながら、だからこそ自分の可能性を見出して大事に育ててくれているぽってぃーに報いようと改めて自身を鼓舞する。
「あんちゃ~ん、これ見て!キャシーが表紙の雑誌見つけた!"今ノリにノッてる天才プロデューサー"やって!」
「うあああああ!」
「ぽ、ぽってぃー先輩!」
実力を認め合える同期がいる事は幸せな事であり、時にはプレッシャーにもなる。
頭を抱えて絶叫するぽってぃーをあわあわと宥めながら、ゴロは社会の厳しさを再確認するのだった。