お悩み相談、聞いてもらうっす
「いいわよ、ゴロ君!その調子でワンツー、ワンツー!」
「す、す!」
トレーナーに励まされながら必死に動きについていくゴロ。両隣にいるどってぃーとシロは平然としながらステップを踏んでいる。
「オッケー、そのまま…フィニッシュ!」
「すー…」
何とか最後のポーズを決めると、気が抜けたようにヘロヘロと倒れ込んでしまった。
「お、やっとるな」
その時、スタジオのドアが開きぽってぃーが顔を覗かせた。ケロッとしているどってぃーと涼しい顔のシロはまあいいとして、ゼェゼェと息も絶え絶えのゴロに思わず苦笑する。
「大丈夫か、ゴロ」
「す、す、色々ギリギリっす…」
「でも今日は初めて最後まで踊りきれたわ。まだまだ動きは固いけど、最初の頃を思えばとても進歩したんじゃないかしら」
「おお、すごいやないか」
「す」
トレーナーとぽってぃー、両方からお褒めの言葉を頂いたゴロがポッと頬を染める。
「一曲終わった途端へたり込んでるくせに何満足しとんねん。ステージでは何曲も続けてパフォーマンスすんねんぞ。それにダンスだけやなくて歌も歌うのわかっとるんか。まだまだしろーとやな」
「す」
厳しい正論の矢が疲労困憊の体にサクッと容赦なく突き刺さる。
「どってぃー、誰もがいきなり全部できるわけやないんや。ちょっとずつでも進歩しとる事はちゃんと認めな自信にも繋がらんやろ」
「まい最初からできた」
「お前は特殊や」
「むふーん、まいスーパールーキーやから」
えっへんと胸を張るどってぃーの耳に、歌のレベルはもっと上げなアカンけどなというぽってぃーの呟きは聞こえなかった。
*
《あ、どってぃー君!それまだ紹介してないよ?》
《そんなんええやんけ。まいが美味そうに食っとるとこ見る方が楽しいやろ》
「あいつに企画の趣旨は関係ないな。大食い企画とかの方が向いとるかもしれんけど、そうするとあいつにしか注目がいかんしなぁ」
「くま子さん、とても慌ててるっすね」
ドルチェのNuiTube公式チャンネル、その生配信で週に一度ミニコーナーを担当しているどってぃー。事務所公認で清らかなお付き合いをしている彼女、くま子と二人で出演し毎回決まった企画で遊ぶのだが、こと食べ物が絡む企画になるとどってぃーの暴走が止まらない。今回も今年巷で流行間違いなしというスイーツを紹介する筈だったのだが、真面目に進行しようとするくま子の傍らで段取りなどお構いなしに次から次へと開封しては口に運んでいる。
一緒に配信を見ていたぽってぃーが眉間を揉んでいるのを大変そうだと思いながらも、ゴロはどってぃーが羨ましかった。いつも堂々としていて、本人も言う通り大抵の事は何でもすぐにできる。興味が湧かなければやらないので必然的にやる=できる事なのだが、ゴロからすればそもそも嫌な事を嫌だとキッパリ言える性格がまず羨ましい。そんな唯我独尊の塊とも言えるキャラクターがウケているようで、配信中に流れているコメントにはどってぃーを支持するものが多い。
「表情が暗いさー」
「!シロさん」
いつの間にか目の前にいたシロに驚き、ぽってぃーはとキョロキョロ周りを見回す。
「リーダーなら、配信が終わったからリモートで反省会するために書斎に行ったさー」
「あ、そ、そうなんすね」
「ティータイムの時間さー。紅茶を淹れてくれさー」
「は、はいっす」
キッチンへ走るゴロを見送りソファへ腰かけると、テーブルに一冊のノートが置いてある。そこには鉛筆で配信の感想や、恐らく隣でぽってぃーが言っていたであろう言葉がびっしりとメモされていた。
持ち主の性格がよく表れた丁寧なその字を何となく見ていると、ゴロが慌てたように運んできたティーセットを置いてノートを閉じた。
「おおお見苦しいものをお見せしてしまったっす」
「熱心なのはいい事さー」
「こんなの、まだまだっす…」
下を向いているからか、聞こえてくる声は小さく元気がない。
「おいはどんくさいっすから、シロさん達よりずっとたくさんの努力をしないといけないんす。でないと、皆さんに迷惑をかけてしまうっす。田舎から出てきた時は、憧れのぽってぃー先輩を少しでも応援できる嬉しさでいっぱいだったっす。それだけで十分幸せだったっす。なのに、応援どころか一緒にお仕事をするチャンスを頂いて、おいほど幸せなぬいぐるみはいないと思うんす。だからこの業界に入ると決めたからには、おいを誘ってくれたぽってぃー先輩に恩返しするつもりで頑張りたいんす。そのためにはたくさん…たくさん努力しないといけないんす。いつまでも田舎者でいるわけには…」
「長いさー」
「すっ?」
俯いていた頭に強烈なチョップを浴び、危うく舌を噛みそうになる。目を白黒させながら顔を上げると、ドーナツを持ったシロが自分を見下ろしていた。どういう感情なのかわかりづらいその目には、情けない顔をした自分が映っている。
「できないのを受け入れて努力するのはいい事さー。でもそうやってウジウジと自分を卑下して追いつめるのはスマートじゃないさー」
「す、すみませんっす」
謝ろうと下げかけた頭が、それさーという言葉と一緒に伸びてきた前足によって元の位置へ戻される。
「まず、根本的な勘違いを教えるさー」
「勘違い?」
「努力をする理由に恩義を持ち出すのはいいさー。でも努力をしなければいけない理由にそれを持ち込んだら、もうそれはただの責任転嫁さー。リーダーが誘ってくれたから頑張るじゃなく、誘ったせいで頑張らないといけなくなったと思いたくはないさー?」
「そ、そんな事思わないっす!」
何を言い出すのかとブンブン首を振って否定するが、シロは至って冷静に話を続ける。
「自分を追いつめるのは、大体自分じゃなく他の誰かのために頑張る奴さー。それを否定するつもりはないさー。でも、少なくとも一歩踏み出すと決めたその瞬間から芸能活動という点において、リーダーは住み込み先の雇い主ではなく対等なパフォーマーであり仲間さー。迷惑をかけられたぐらいで見捨てないのが仲間さー。そこに必要以上の遠慮はいらんさー」
「そ、そういうもんすか?」
「そういうもんさー」
あと、と角砂糖を紅茶へ落としながら付け加える。
「田舎者は輝いちゃいけないなんて法律はないさー。そうやって及び腰になる理由になるほど、故郷は恥ずかしい所なんかさー?」
「ち、違うっす!確かにとても田舎っすが、大自然に囲まれて、みんなが助け合って生きてる素晴らしい場所っす!」
「なら、それも卑下するのはやめるさー」
「!」
ゴロは目からウロコが落ちる思いだった。自分は田舎者で、今の生活はそんな自分には過ぎた環境だと思っていた。憧れの存在の近くにいられるのも、芸能活動ができるのも、全部全部分不相応なのだと。
だから、一緒にレッスンを受けるどってぃーやシロと明確な差を見せつけられる度に、無意識の内にできないのは自分が田舎者だからなのだと思い込んでしまっていた。シロがその事に気づかせてくれた。
「ありがとうございますっす、シロさん」
「さー」
お礼を言う自分に、わかればいいさーと角砂糖を追加する。
「おい、ちょっと元気出たっす」
「さー」
ポチャンと角砂糖が落ちる音が続く。
「おいは、おいが輝けるように、自分が胸を張れるように頑張るっす」
「さー」
返事が返ってくる度にポチャン、ポチャンと紅茶へ消えていく角砂糖。
「………あの、シロさん…それはもはや甘い紅茶ではなく、紅茶味のお砂糖っす」
「さー」
とても頼りになるが、やっぱりまだまだ謎が多い。そう思いながら、またシロの顔を見る。黒い瞳に映る自分は、どこか迷いが消えたように見えた。