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レッスン、大変っす

「はい、それじゃあお腹をしっかり意識して~、さん、はい!」

 合図に合わせ、ゴロは一生懸命声を出す。しかし緊張からか、はたまた恥ずかしさからか、なかなか思うように声が出ない。

「ゴロ君、もっと思いっきり声を出さないと発声練習の意味がないわよ」

「は、はいっす。すみませんっす」

「じゃあもう一度、さん、はい!」

 再びかけられたかけ声に続いて出した声は先程よりは大きいが、やはりまだまだ硬さが抜けない。

 ここは西の中心にあるドルチェが所有するレッスンスタジオ。何がどうなってそうなったのか、ぽってぃーとどってぃーの仕事を見学に行った先でCMに出ないかとスカウトを受け、ならばとドルチェに所属しぽってぃーがプロデュースするグループの一員となる事になったのが少し前の事。既にCM撮影は終了し、お茶の間の皆様の目に触れているのだが、初めてテレビの向こうで自分が映っているのを見た時は嬉しいやら気恥ずかしいやらで感情が迷子になった。

 そして今日、本格的にグループでパフォーマンスをするために歌とダンスのレッスンがスタートしたのだが、冒頭の通りとても順調とは言えない調子である。一人では不安だろうと一緒にレッスンをしてくれているぽってぃー達に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。特にぽってぃーは、多忙の中わざわざ予定を調整してくれているというのに。

「おい、ゴロ」

 ああ、やっぱり。隣にいたどってぃーが我慢の限界を迎えたのか、腕を組んでこちらを向くのを見たゴロはどんなお叱りを受けるのかと身を縮こませる。

「お前何でそんな声ちっこいねん。いつもみたいな声出せや」

「す、すみませんっす」

「こらどってぃー、そんな事言うたら余計委縮してまうやろ。ゴロは全くの素人からスタートしとるんや。慣れてきたらちゃんと追いつくやろし、今は長い目で見たれ」

「まいの目はくりくりパッチリや」

「いや、ほんまの見た目の話やのうてやな」

「はいはい、時間が限られているんだから余計なおしゃべりはしないの!」

 パンパンと手を叩くと、トレーナーはそうねぇと考え込む。

「ゴロ君は、とにかく楽しむ事が必要ね。例えば…よく歌う歌はあるかしら?」

「す、え、えっと、"ドルチェぬいぬいマーチ"が好きっす」

「あら、いいじゃない。じゃあそれを歌いながらまずはとにかくリラックスしましょう」

 ポロン、とピアノを鳴らしてから流れた馴染(なじ)みのある旋律に、ゴロは肩に入っていた力が抜けるのを感じた。家事をしている時のように、気楽な気持ちで歌い出す。

「おおお…」

 ぽってぃーが感動の声を漏らす。

「天使や。天使の歌声や」

「ふーん、やればできるやんけ」

 あのどってぃーまで認める歌声、これはグループになくてはならない存在になりそうである。

「すごいわ、ゴロ君。その調子で本番も歌えたら文句なしよ」

「す、恐れ入りますっす」

「じゃあこのままダンスも一緒にやってみましょう」

 そう言って、ゴロを鏡張りの壁に向かって立たせたトレーナーが前に立つ。

「今日は初めてのレッスンだからボックスを踏めるようになろうね。私の動きに続いて足を動かしてね」

「す、っす!」

 スマホに繋いだスピーカーから、先程の曲が流れる。

「ワン、ツー、スリー、フォー、はい、リズムに乗って!」

「す、す、す、すす、す…」

 ゆっくり足を前後左右に動かし、初心者のゴロに合わせてくれている…のだが。

「あいつのダンス、ロボットみたい」

「まあ…これからに期待やな」

 四足歩行だから勝手が違う、というだけではフォローできない有り様に、ぽってぃーもさすがに言葉を濁した。

「あーもう、見てられへんわ!ちょっとどけゴロ!」

 イライラが最高潮に達したのか、どってぃーがグイッとゴロの体を横へ押しのける。

「こんなんしょきゅー(初級)もええとこやんけ!見とけよ!」

 ビシッとゴロを指差した手をそのまま前へ持っていき、どってぃーはノリノリでステップを踏みながら華麗なダンスを披露する。

 ポカーンとそれを見つめていたゴロは、曲の終わりと共に最後の振りを決めたどってぃーに拍手を送った。

「す、すごいっす!とてもカッコ良かったっす!」

「これくらいできて当然や。まいスーパールーキーやぞ」

 言葉ではそう言っているが、ゴロの羨望の眼差しに満更(まんざら)でもなさそうに胸を張っている。

「こんなんで驚いてたらこの先やってかれへんで。本番はこれと歌の両方やるんやからな。せんせー、もっかい曲流してくれや」

「じゃあ、どってぃー君にお手本を見せてもらいましょうか」

 トレーナーがせがまれるままにもう一度曲を再生する。

「こ、これは…!」

 聞こえてきた歌声に、ゴロは目を見開く。

 楽しそうにワンコーラスを歌い上げたどってぃーが、どや?と胸を張る。

「あ、え、えっと…」

「どってぃー君の歌はいつも元気でいいね」

 コメントに困っていたゴロにトレーナーが助け舟を出す。むふーんと得意げにするどってぃーに聞こえない声で、ぽってぃーがゴロに耳打ちする。

「どってぃーは見ての通り、ダンスはキレキレやけど歌は声量ありきのゴリ押しや。あれはあれで謎の中毒性がある言うて結構ウケとんねん」

「す、そうなんすね」

「さー、メロディーを(ないがし)ろにするのは良くないさー」

「ああん?」

 背後から聞こえたダメ出しにどってぃーだけでなくゴロ達も振り向くと、シロがタンブラーに入った紅茶を優雅に飲んでいた。

「そういえばお前おったやんけ!何一人でティータイムしとんねん!」

「おらはおらの気が向いた時でないとやる気にならんさー」

「そんな事言うて、ほんまは音痴でどんくさいのバレたくないだけやろ」

「さー?」

 どってぃーの煽りに、シロの耳がピクッと反応する。

「根拠のない決めつけは良くないさー。ちょっともう一回今の曲流すさー」

「あいつ、意外とケンカっ早いよな」

 トレーナーに指示をして前に出ていく背中を見てそう(こぼ)すぽってぃーに、ゴロもコクコクと頷く。

 再びイントロが流れ全員の視線がシロへ向けられる中、サッとステップを踏み始めると共に歌声がスタジオに響く。どってぃーと遜色(そんしょく)ない動きに加え完璧な歌。素晴らしいパフォーマンスを披露した彼に、ぽってぃーから惜しみない拍手が送られる。

「す、すごいやんか!どっかで習っとったんか⁉」

「さー、何せおらは都会(シティー)派さー」

「全く答えになっとらんけど、これは即戦力や!」

 いける、いけるで!とぽってぃーは拳を握る。

 と、時計のアラームが時間切れを知らせる。

「あ、もう時間か。わいは仕事があるからここで抜けるわ」

「す、すみませんっす。ぽってぃー先輩がレッスンできなかったっす」

 自分が時間を取ってしまったとわたわたするゴロに、ぽってぃーは気にせんでええと笑う。

「どっちにしろ、わいは今日みんなの様子を見に来ただけやからな」

「す、そうなんすか?」

「だってあんちゃん、いつも形になるまで一人でコソ練して…」

「あーあーあーあーあー♪せ、せっかくやから発声練習ぐらいはしてこかな!あーあー、ララ~♪」

 突然歌い出したぽってぃーの声に隠れてしまったのでどってぃーが何を言おうとしたのか聞き取れなかったゴロは、す?と首を傾げる。そこへポンと肩を叩かれ振り向くと、シロが首を横に振って言った。

「ここは何も聞かないでやるのが男さー」

「す、す?はいっす」

 絶大な人気を誇るぽってぃーだが、実は歌もダンスもけして得意としているわけではなく、そのパフォーマンスのクオリティの高さは本人の涙ぐましい努力の上に成り立っているという事をゴロが知るまではもう少ししてから。

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