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ドタバタのんびり、朝のひと時っす

 朝日の柔らかな光が、都会の街をゆっくりと照らしていく。背の高いビルが立ち並ぶ中、一際(ひときわ)高くそびえ立つマンションの最上階、その一室の窓のカーテンが朝日を迎えるように開けられた。

「すぅー、はぁー。今日もいい天気っすね」

 明るい日差しの温もりを吸い込むように深呼吸をするのは、四足歩行のクマのぬいぐるみゴロ。田舎からここ西の中心へ出てきたこの家のハウスキーパーである。日の出の光をたっぷりと浴びたゴロは、丁寧に布団を(たた)むと部屋を出て階段を下りていく。

 自分の家でもあり仕事場でもあるこの家はマンションだというのに二階建てになっていて、キッチンやバスルーム、そしてリビングなどは下にある。実家全部よりも広いリビングのカーテンも全開にしてから洗面所で顔を洗い、歯を磨きながらスマホのスケジュールアプリを開く。

「今日はぽってぃー先輩がお昼から外でお仕事…お弁当がいるっすね」

 雇い主の予定を確認し、キッチンへ向かうと米を()いで炊飯器のスイッチを入れる。田舎の中の田舎に住んでいたので、ここに来たばかりの頃は家電を使いこなすどころか家電に振り回されていたものだが、慣れとは不思議なもので今は実家で家事をするのと変わらない感覚で動けるようになった。

 テキパキと広いキッチンを動き回り、朝食とお弁当を作っていく。出汁(だし)の香りが漂い、テレビで朝のニュースが始まる頃。

「ふあぁ、おはようさん」

 あくびをしながらリビングへ入ってきたのは、茶色のテディベア。でぃあ・ぽってぃー、この家の家主であり、ゴロの雇い主であり、芸能界でも一、二を争うタレント達を擁する芸能事務所ドルチェに所属する大人気タレントである。

 まだ目が覚めきらぬ様子のぽってぃーに、ゴロは手を止めて声をかける。

「おはようございますっす、ぽってぃー先輩。昨夜は眠れなかったっすか?」

「ん~、いや、キリのいいとこまで仕事終わらせよ思てたら思いの(ほか)夜ふかししてしもてな」

「そうだったんすね。お疲れ様っす」

「ん、ゴロも朝(はよ)うからご苦労さんやで」

 顔(あろ)てくるわ、と洗面所へ向かうぽってぃーを見送ったすぐ後、また階段から誰かが下りてくる足音が聞こえた。

「ゴロ~、腹減った~」

 ぽってぃーと似ているようで少し幼い声で空腹を訴えるのはでぃあ・どってぃー、ぽってぃーの弟である。兄と同じく眠そうに目を(こす)る彼は、ゴロの背中に抱きついて言った。

「ゴロ~。ご飯~。肉にしろ~」

「す、今準備してるっす。ぽってぃー先輩と一緒に顔を洗ってきてくださいっす」

「え~、めんどい~。ええやんけ、先に飯よこせや」

「ダメっすよ。幼稚園に行くんすから、ちゃんと身支度をしないと。お肉いっぱい焼くっすから」

「約束やぞ。絶対言うたからな」

 トトトト、と走っていく背中にホッと息をつく。ここへ来たばかりの頃は自分の言葉など全く聞く耳を持ってくれなかったものだが、最近ではよほど不機嫌でもない限り言う事を聞いてくれるようになった。扱い方を覚えたと言うと言い方はアレだが、それだけの関係性を築けたのだと思うと嬉しい。

「さて、最後の仕上げっす」

 どってぃーとの約束を守るべく、ゴロは気合いを入れ直して冷蔵庫から大量の肉を取り出すのだった。



「ほな、行ってくるわ」

「いってらっしゃいっす。こちら、お弁当っす」

 玄関で風呂敷包みを手渡すと、ぽってぃーは礼を言いながらも微妙な表情でそれを受け取る。

「弁当を作ってもらうんは助かるけど、その…たまには、野菜以外のものも…」

「ダメっす。これも全てはぽってぃー先輩のためっすから」

「あ、はい。すんません」

 ゴロが腕によりをかけて作る弁当は文句なしに美味しい。しかし、玄米ご飯のおにぎりにおかずは塩分控えめの野菜だけというのはいささか物足りないのだ。それもこれも、原因を作ったのは自分なので仕方がないと言えばそれまでなのだが。

 健康診断でずっとメタボであると指摘されていたのを放置していた事をゴロに知られてしまった時は、彼ご自慢のクマ料理の食材として(さば)かれてしまうと本気で肝を冷やした。以来、ゴロの徹底した栄養管理の下カロリー抑えめの食事が続き、今までは事務所の食堂で食べていた社食も禁止されてこのように特別メニューの弁当生活である。

 もちろんおやつなどもっての(ほか)、先程の朝食でも規格外の代謝を持つどってぃーが思う存分肉を頬張る姿を羨ましそうに見つめていたのは恐らくバレている。しょぼんと肩を落としながら家を出ていく自分の後ろから、お仕事頑張ってくださいっすという純粋な一言が真っすぐに刺さった。

「さて、次は…」

 休む間もなく時計を確認すると、ゴロは階段を上って上の階に向かう。自室の一つ隣の部屋の前に立つと、コンコンとノックをした。

「シロさん、朝っす」

 返事はない。しばらくそのまま待ち、もう一度声をかける。

「シロさん、入るっすよ」

 そっとドアを開け、中を覗き込む。広いフローリングの真ん中には、大きなベッド。あまり物が置かれていないだけに、その存在感は実際のサイズよりも大きく感じる。

 ゴロはトコトコとベッドに近づくと、かけ布団の上からゆさゆさとそこで寝ていた人物に話しかけた。

「シロさん、朝っす。起きてくださいっす」

「…さー…あと一時間さー…」

「お寝坊し過ぎは良くないっす。ぽってぃー先輩達はもう出かけてしまったっすよ」

「よそはよそ、ウチはウチさー」

「シロさんのためにパンケーキを用意してるっすよ」

「さー、それを早く言えさー」

 ダメ押しの一言に見事釣られ、のそりと起き上がったのはゴロとよく似た四足歩行のクマのぬいぐるみ。シロという名の彼は、自称"都会(シティー)派"のシロクマである。シャッとゴロがカーテンを開けると、ショボショボとした目を眩しそうに覆う。

「朝は苦手さー」

「っす。パンケーキのために頑張ってくださいっす」

 そう言われ、お尻を押されながらのそのそと部屋を出た。



「どうぞっす」

「さー」

 出された皿には、ほかほかと湯気が立ち上った焼き立てのパンケーキ。小皿にはバター、その隣にはメープルシロップの瓶が置かれている。

 心なしかテンションが上がった様子でナイフとフォークを握るシロを見ながら、ゴロは後片付けをしていく。作りながら少しずつ片付けていたお陰で、料理の量の割に残っている洗い物はそれほど多くなかった。

 それでも忙しそうなゴロに、シロがもぐもぐとパンケーキを味わいながら尋ねた。

「今日は何を作ったんさー」

「ぽってぃー先輩は玄米ご飯となめこのお味噌汁とほうれん草のおひたしときんぴらごぼう、どってぃー先輩は大盛りご飯と唐揚げととんかつとハンバーグっす。どってぃー先輩にもおひたしはお出ししたんすが、食べてもらえなかったっす」

「それでおらにはパンケーキかさー。いつもの事ながら、朝からそれぞれに合わせた食事を作るなんて物好きさー」

 一人分だけでも手間のかかる作業だろうに、各々で違ったメニューを全て手作りするなんて正気の沙汰とは思えない。作ってもらっている身で言うのも何だが、とシロは感心する。それを言われたゴロは、ニコニコしながら答えた。

「たくさんお給料を頂いているので、これくらいの事はしないとっす。それに、美味しそうに食べてくれる人がいるだけで作り甲斐があるんす。お味はどうっすか?」

「さー。なかなかさー」

「なら良かったっす」

 嬉しそうに言うゴロに、シロはやっぱり物好きさーと紅茶のカップを傾ける。

 新しい日常が、再び幕を開ける。

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