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「父さんは残ってもいいんですよ」
大股で廊下を歩きながら、氷浦教授に言った。
「蘭堂教授のことが心配なんでしたら、そばについていてあげたらどうですか?」
「皮肉をいうなよ」
氷浦教授が頭をかいた。
「そりゃあ魅力的な女性であることは間違いないが、私の興味はあくまで彼女の学術的な分野に対してだ」
「そうですか。相手はそれだけでもないようでしたが」
「おや」
氷浦教授が目をぱちくりさせた。
「お前がそんなことに気付くようになるとは、驚きだね。昔は他人の喜怒哀楽なんか、自分にはまったく関係ないといったふうだったのに。やっぱり、喜怒哀楽の具現化と一緒に暮らしていると、慣れてくるものなのかねえ」
その、喜怒哀楽の具現化は。
ホテルの前でぼんやりと和彦たちを待っていた。
「やあ、フォウくん。待たせたね」
氷浦教授に声をかけられても、半端に頭を下げるだけだ。
魔物は退治したと聞いていたが、そのときよほど精神力を消耗したのだろう、と和彦はフォウを気遣った。
「フォウくん、あれから何か食べたかい?」
「いや……」
「ええっ⁉ じゃあ、ずっとここに立って僕たちを待っていたのかい? 僕らが病院に行っている間に、食べたり休んだりするようにと言っておいたじゃないか」
「ああ、でも」
「でも、なんだい」
「俺は日帰りするつもりだったから、ホテルとかも取ってなくて。どうせなら和彦さんたちと同じこのホテルに泊まろうと思ったんだけど、フロントに満室だって言われて。だから、よかったら和彦さんたちの部屋に入れてもらえないかなって……」
「なんだね、子供みたいなことを」
氷浦教授が呆れた。
「フォウくんらしくもないな。なにがなんでも一緒にいなくても、どうせ普段は三人暮らしをしているんだ。この近くにいくらでもホテルはあるんだから、たまには三人別々でもかまわないんじゃないか? なにも男三人で、押し合いへし合いしながら一室に泊まらなくてもいいだろう」
「まあ、そう言われたらそうですけど」
フォウが頭をかきながら言った。自分でも自分が何を言っているのかよくわからないようで、しきりに首をかしげている。
「確かにそうですよね。あれ? なんで俺、そんなこと考えたんだろう。さっさとどこかのビジネスホテルにでも潜り込んで、なんか食べに行けばよかった」
「まったくだよ、フォウくん」
呆れるやら心配するやらで、和彦は不必要なほど厳しい声を出してしまった。
「すぐに食事をしに行こう。この近くでがっつり食べられるところを探さなくちゃ。父さん、さっきの曲がり角にあったのは、牛丼屋でしたかね」
「いやいや、待て待て」
今にもフォウを小脇に抱えて連れ出そうとする義理の息子を、氷浦教授が笑いながら止めた。
「こんなに遅くなったんだ、フォウくんにはあと十分くらい待ってもらっても、バチはあたらないだろう」
「待つって、なにを待つんですか父さん」
「お前の着替えだよ」
言われて初めて和彦は自分の身なりに目を向けた。
そういえばさっき病院でも蘭堂教授に、ひどい恰好になっていると同情されたような。確かに、取り壊し寸前のお化け屋敷で機械人形とくんずほぐれつ、転がり回って闘っただけのことはある。せっかくのスーツはこちらが破けあちらは汚れ、散々なありさまだ。
どおりでホテルに戻る道すがら、女ばかりか男までが和彦を振り返ったりじろじろ見たりしてくると思った。
もちろん和彦がその状態ということは、フォウも似たりよったりである。
買ったばかりらしい見慣れぬハイストリートブランドのジャケットも、見るも無残な状態になっていた。
「和彦は持ってきた平服に着替えるとして、フォウくんには私の防寒着を貸してあげよう。君にはちょっと大きいかもしれないが、上からかぶるようにして着てしまえば、不自然には見えないからね。
お前たちの服はホテルのクリーニングサービスに出せるかどうか、フロントに聞いてみないとわからないな。もう夕方だから、明日の出立に間に合わないかもしれん」
しゅっとしたスーツに身を包んで、夕方になってもズボンの折り目がへたりもしていない氷浦教授に言われてしまうと、説得力があった。
どろどろの二人を連れて食事に行って世間の注目を浴びるのは、氷浦教授にとっても嬉しくはあるまい。
「わかりました。フォウくん、それまで君の腹ペコのほうは我慢できるか?」
「ちぇっ、子供あつかいすんなよ。だいたい、俺は腹が減ったなんて一言もいってないじゃねえかよ」
いつもの威勢のいい文句が返ってきたので、和彦は少し安心した。
三人でエレベータに乗って、十五階にある自分たちの部屋に戻った。
「うわあ、いい眺めだね。さすが高級ホテル!」
さっきまでのぐったりした様子はどこへやら。
フォウは部屋に入るなり、大喜びで窓に取りついた。
街を見下ろす一面はほとんどが大きな窓で占められていて、そこに真っ赤な夕日と、赤く照らし出された都会の風景が広がっている。
苦笑しながら氷浦教授がクロゼットを開け、自分のコートを取り出した。
その間に和彦も、荷物棚に放り込んでおいた自分のスポーツバッグを下ろして、ベッドサイドに置いた。
たまたまその下にテレビのリモコンがあって、荷物が上に乗ったはずみでスイッチが入った。地上波テレビでは、夕方の地方ニユースが流れていた。画面に例のテーマパークが映っている。
さっきの火事がもうニュースになっているのかと、和彦は何気なくそちらを見た。
「……フォウくん、父さん!」
ぎょっとして、二人を呼んだ。
リモコンを取り上げ、音量を大きくする。
ニュースキャスターの緊迫した声がスピーカーから流れ出た。
『……なお、原因はまだ、わかっておりません。繰り返します。本日、テーマパークに訪れた客のうち、かなりの数の方が帰宅後に意識を失い、次々と病院に搬送されています。食中毒か、もしくはなんらかの遅効性ガスが原因ではないかと、専門家は分析を始めています。
心当たりの方は最寄りの保健機関にご連絡ください。また、身の回りで本日、テーマパークに行かれたという方がいらっしゃいましたら、念のため、連絡を取って……』
「なんだって?」
氷浦も顔色を変えた。
「どういうことだ、これは。お前たちのいう魔物とやらの仕業なのか?」
「いえ、あの魔物はフォウくんが倒したと……」
そこまで言いかけたときだ。
フォウがだしぬけに、獣のような雄叫びをあげて和彦に襲い掛かった。
「フォウくん⁉」
あまりのことに、和彦は抵抗もできなかった。
殴り倒されて床に倒れたところを、フォウがさらに馬乗りになって両方の拳を振るう。
彼の目は今までに見たことのない、凶悪な光を放っていた。
「なにをするんだね、フォウくん!」
慌てて氷浦が背後からフォウを引きはがそうとした。その氷浦教授を、フォウはうるさげに腕のひと振りで払いのけた。
ふっとたんだ氷浦の身体がしゃれたローテーブルに激突して、両方とも派手にひっくり返った。
「フォウくん!」
和彦は厳しい声でしかりつけた。それでもフォウの様子に変化はなかった。今度は和彦の首を両手で掴み、ぐいぐいと容赦なく締め上げてくる。
和彦はちらと洗面所へ目をやった。
水はある。しかし。
フォウに対して武器を使うことなど、できるはずがない。
「和彦、魔物だよ!」
テーブルをはね退けて、氷浦が叫んだ。
「フォウくんはその魔物とやらを追いかけていって、逆に取り込まれてしまったのだ! 小夜子さんのことを思い出してみなさい。同じ症状ではないか!」
あっ、と和彦も思わず声を漏らした。
あのときフォウは、和彦が機械人形のすべてを倒した頃になって、ふらっとお化け屋敷に戻ってきた。
闘いの後にしてはあまりに平静なフォウに驚きながら、和彦は成り行きを聞いた。
するとフォウはなぜか少しうるさそうな顔をして、魔物はちゃんと倒したから、もう大丈夫だと言ったのだ。
常とは違ったその様子を和彦は、思ったより苦戦した自分自身に腹を立ているのだろう、と解釈していたのだが。
もしかして、あれは。
すでに魔物の術にかかっていたのか。
見合いもお化け屋敷も機会人形も、フォウをおびき出す罠だったのか。
和彦の人生の大事には必ずフォウがついてくると予測したシラドが、仕組んだことなのか。
「くそっ……」
歯噛みしている余裕はなかった。
なにしろ相手はフォウなのだ。
首を締めようとするのをなんとか振りほどくと、次にフォウは和彦の肩に噛みついてきた。
すまないと心の中で謝りつつ、髪の毛をつかんで引きはがす。
フォウの目には相変らず、暴れだしたときの小夜子と同じ、禍々しい光が満ちている。
小夜子と同じ。
ひらめいた。
「父さん!」
もみ合いながら、和彦は義父に叫んだ。
「フォウくんに何かショックを与えて、気絶させる方法はないでしょうか! 小夜子さんも僕が昏倒させて、目を覚ましたときには魔物の術が解けていたじゃないですか!」
「何かって、お前……」
「頼みます! こっちはフォウくんで手一杯です!」
ついにフォウがマッチを取り出そうとするにあたって、和彦はその阻止に全力を振り向けなければならなくなった。
両手首を掴んで、握ったマッチを使わせないようにする。し
かしそうすると必然的に、和彦の両手も他のことには使えなくなる。そのうえフォウは足技も繰り出してくるから、床に押し倒してのしかかり、両足を膝でなんとか封じているという状態だ。
「わ、わかった! なんとかやってみよう!」
氷浦教授がドアを開けて廊下へ飛び出していった。
そちらを振り返ろうとした隙に、するりとフォウが和彦の戒めから抜け出した。
「フォウくん、火を使ってはいけない!」
無駄を承知で和彦は怒鳴った。
「こっちを見るんだ、フォウくん! 君が焼こうとしているのは、僕なんだぞ!」
ぎょくん、とフォウの動きが止まった。
和彦の胸に希望が灯った。
「フォウくん、聞こえるか、フォウくん!」
「か……」
喉をかきむしり、苦しみながらフォウが、喉の奥から声を絞り出した。
「かず、ひ、こ……さん」
「フォウくん! しっかりしろ!」
「うわああ!」
フォウが自分で自分の首を押さえて床に転がった。
右手のマッチを放り捨てるが、左手がまたそれを拾い上げようとする。
フォウの内部で魔物の力と彼の精神力が闘っているのだった。
七転八倒するフォウにどう手助けをしていいかわからず、和彦はおろおろとするしかない。
そこへ、氷浦教授が駆けこんできた。
廊下に備え付けの緊急用AEDを掴んでいる。
しかも、表面カバーをひっぺがして内部を細工してあった。剥き出しになった配線が火花を散らしている。
「どくんだ、和彦!」
氷浦教授はスーツの袖で両手をくるんで絶縁し、配線の先のパッドの両方を取り出した。そのパッドを、フォウの肌の剥き出しになっている部分に押し付けた。
片方は手首に、もう片方は、和彦にシャツを引っ張られて首筋から剥き出しになっている、肩の部分に。
「ひ!」
どんっ、とフォウの身体が跳ねた。
さっきまで怪しく光っていた目が、ぐるんとひっくり返って白目になった。
仰向けに倒れた。
全身が小さく痙攣している。
「と、父さん、これは……」
「電気ショックだよ。心配するな、命に関わるような電圧ではないから」
「いや、でも」
困惑する和彦に、氷浦教授は片目をつぶってみせた。
「蘭堂教授の学会での発表がまさに、AEDの誤使用による危険性の研究というやつでね。その内容を思い出して、ちよっとばかり中をいじらせてもらったんだよ」
「いじるといっても、どうやって?」
「それは言えんな。よい子が真似をしてはいかんから」
「よい子って……」
「そんなことより和彦! あれを見ろ!」
指さされて、和彦も我に返った。
氷浦教授が指さしているのは、気絶しているフォウのすぐ上のあたりだった。
和彦にも、すぐにそれが見分けられた。
何か薄く黒い霧のようなものが、フォウの身体の中からすうと抜けて、渦を巻いている。ゆっくりと人の形を取りながら、窓に向かって飛んでいく。
あれが魔物か。
「待てえっ!」
和彦はとっさに、腕輪のはまった左手を洗面所のほうへ向けた。緊急の場合だ、力の加減はできない。
たちまち風呂と手洗い場と両方の水道管が破裂して、中からすごい勢いで水が噴き出してきた。
霧の形をした魔物が窓をすり抜ける。
それを追って水が一直線に窓へ叩きつけられる。
窓ガラスが派手に割れた。
「わあっ」
氷浦教授が頭を抱えた。
「何も、割らなくても……鍵を外せば開いたのに」
庶民感覚のみみっちい愚痴など、和彦の耳にも引っかからない。
和彦は水の流れに躊躇なく飛び込む。水は大きな流れとなって和彦を乗せ、空中に橋を架ける。
前方には魔物が、次第に凝縮して人間の形を取りつつあった。
あのときお化け屋敷で見たのと同じ、黒い布をひらめかせた、髪の長いのっぺらぼうの女である。
「逃がさん!」
ぐんぐん伸びていく水の橋の上に、和彦は立った。
左手首を右手で握って支える。逃げていく魔物の背中へ狙いを定める。
「よくも、フォウくんを!」
橋の尖端の部分が凍り付き、鋭い紡錘形になった。
さながら、水を推進力にした氷のドリルといった形だ。
ドリルが回転し始めた。
魔物に追いつく。
貫いた。
魔物が音のない悲鳴を上げた。
声にはならなくとも、周囲の空気が激しく振動するのを和彦も感じた。
だが、しかし。
いったんは霧となって散り始めた魔物だったが、その悲鳴に応えるかのように、眼下の街から幾つもの塊が立ち上ってきた。
黒光りする、ねばねばした感じの塊だった。
それがあちらから、こちらから、立ち上ってきては魔物と合体していく。
これは、もしや。
和彦はさきほどのニュースを思い出した。
この街のあちこちで今、テーマパークを訪れた客が気を失って病院に搬送されているという報道だった。
それは、彼らもまたフォウと同じように、魔物の術にはまっているということではないか。
魔物はその人々の魂を、自分の餌にしているのでは。
その推測を裏付けるように、黒い塊を取り込んだ魔物は再び元の形に戻ろうとしていた。ぼんやりと人間の形となり、和彦に向かって両手を伸ばしてくる。
力の供給を止めなければ。
「水よ、次は剣になれ!」
水の橋がうねり、和彦の腕輪の動きに従って大きく跳ねた。巨大な剣に形を変えて、忠犬のように和彦の前で命令を待っている。
「くらえ!」
和彦は大きく腕を水平に薙ぎ払った。
その動きに、巨大な剣も従った。再生しつつある魔物の足元あたりを切り裂く。合体しかけていた多くの黒い気力の塊が、刃に触れて弾け飛んだ。
上がってきたときとは桁違いのスピードで下界に戻っていくその塊が、持ち主の元に無事に戻ってくれと和彦は祈った。
残念だが、そこまで面倒を見ている余裕はない。
魔物が襲い掛かってくる。
しかし、魔物の身体はまだ完全に出来上がっていない。
輪郭はぼんやりと空中に溶け込んだままだった。
今がチャンスだ。
「うおおおお!」
和彦は渾身の力をこめて、両腕を振り下ろした。
何も持ってはいないのに、肩が抜けそうなほど重たい感触があった。
氷の剣の重みである。
巨大な氷の剣が和彦の腕の動きに従って振り下ろされ、魔物の脳天に突き刺さった。
そのまま、全身を真っ二つに切り裂く。
魔物が粉々になった。
ゆっくりと色を薄めながら、空中に散っていく。
「ふう」
水の流れが和彦の命令に従い、彼を包んでゆっくりと下界に下りていった。
人目につかない場所に着地せねばと思って下界を見やると、例のテーマパークが眼下に見えていた。皮肉にもあの騒動で閉鎖されたようで、広い敷地には人っ子一人いない。
苦笑しつつ、和彦は焼け落ちたお化け屋敷の前の広場に降り立った。
「まあ、ここからならホテルへの道のりはわかるから……」
フォウくんはもう目を覚ました頃だろうか。
壊した窓ガラスについて義父は、どんな言い訳をしているだろう。
申し訳なさを覚えつつも、正気になったフォウの顔が早く見たくて、足取りも軽く和彦は走り出した。
9
「いや、本当に……なんと言って謝ったらいいか」
フォウは、こちらが笑ってしまくらいしょげていた。
「ごめんよう。まさか、こんなことになるなんてよう」
「そもそも、なんで君が僕の見合いについてきたのか、僕たちはまだその理由さえ聞いてないんだが」
「あー……それはー……」
ズタボロになったジャケットに目を落として、何やらもごもごと言い訳を始めるけれど、いつもの勢いは全くない。
まんまと敵の罠にはまった挙げ句、この街の人々にも危害を及ぼしたということで、さすがの彼も落ちこんでいるようだ。
「まあまあ、和彦」
やはり笑いながらではあるが、氷浦教授がなだめ役を買って出た。
「聞けば、テーマパークで魔物の術にかかった人々も、すぐに失神から覚めて体力を取り戻したようだし。お前だってお化け屋敷では、危ないところをフォウくんに助けてもらったというじゃないか。本人も反省しているんだし、そんなに責めてはかわいそうだよ」
割りを食っているのはテーマパーク側ばかりだが、元からろくでもない経営陣による放漫経営が続いていたということで、今回の不祥事でかえって会社の膿が出されるのではないか。という噂を氷浦教授が聞きつけてきた。
このめちゃくちゃな成り行きの中では、唯一のいいニュースかもしれない。
最も大きい被害は小夜子の火傷であるが、翌日には退院できたということなので、張本人のフォウもひと安心である。
もしかしたらこの後、蘭堂家とテーマパーク側が補償をめぐってドロドロの争いになるかもしれないが、小夜子が立ち入り禁止の看板をかけ替えたのが防犯カメラに映っていたら、うやむやのうちに話がつくかもしれない。
「いやいや、父さん。そんなに簡単に話を終わらせてはいけませんよ」
和彦は強いて怖い顔をしてみせた。
「じっとしていられないのがフォウくんの性分というのは、よくわかっていますけどね。毎回ひやっとさせられるこっちの身にもなってもらわなくては。フォウくん、どうする。どうやってこの落とし前をつけてくれるんだい?」
「えー……」
フォウが上目遣いで和彦をうかがった。
「おわびに俺が、和彦さんのぶんまで村の手伝いを一手に引き受けてやっちゃう、とかいうのは……?」
「何を言ってるんだ、君には父さんの助手の仕事があるだろう。父さんだってホテルの人につじつまの合わない言い訳をして、平身低頭で謝ったんだぞ。水道管と窓も弁償した。その父さんの仕事を放り出して別のことをするだなんて、なんの罪ほろぼしにもなってない」
「あっ。だったら研究所での和彦さんの仕事を俺が肩代わりするよ。ほら、料理当番とかさ」
「うわ、それは勘弁してくれ」
和彦より先に氷浦教授が言った。
なにしろフォウは、他のことは何でもたいてい器用にこなすくせに、なぜか料理だけはとことんダメなのだ。
「父さんの言うとおりだよ。フォウくんの作った料理を食べるだなんて、君の罪ほろぼしどころか、僕らの罰ゲームになっちゃうじゃないか」
「ひでえ言いぐさ……」
恨みがましく和彦を睨み上げて、フォウが呟く。
それでも、いつものようにがあがあ文句を言い始めないのは、よほど今度のことがこたえている証拠だ。
滅多にないフォウの落ちこみようを、もう少しからかいたいという気もあるけれど。
「もういいよ、フォウくん」
結局は甘々になってしまう和彦だった。
「さあ、何か美味しいものでも食べにいこう。父さん、そのお勧めレストランとやらは、どこにあるんです?」
ちなみに、話を聞いた珊瑚から後日、山のような手作りクッキーが届けられて、和彦と氷浦教授は首をかしげた。