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 フォウはもちろん、おとなしく留守番などしていなかった。

 

 見合いの行われる店の名前までちゃんと聞き出しておいたので、余裕の面持ちで二人を送り出した。

 ホテルで一泊するというのだから、なおさら余裕だ。

 

 珊瑚に励まされつつ、勇ましく出動した。

 

 いつものジープは和彦と氷浦が乗っていってしまったので、九条の虎の子のバイクを借りることにした。

 鬼のいぬ間に命の選択、町でどうしても買いたい今日発売のブランドの服がある、と言い訳した。珊瑚もその嘘にのっかって、応援してくれた。

 もしかしたら九条は何もかもわかっていたのかもしれない。それでも知らんふりをして、俺のバイクに傷つけたら頭をカチ割るぞ、と言っただけだった。

 

 二輪だけが通れる道を選んで、星空を仰ぎながら山を抜けた。

 天気がよくて幸いだった。

 夜通しバイクを走らせて、街に着いた。

 

 ついた嘘の証拠になるようにと、ハイストリートブランド店の限定品販売の列に並んだ。おかげで欲しかったコラボ商品のジャケットが買えたので、ありがたく羽織ることにした。

 

 問題の喫茶店が思ったより狭かったので、道の向かいにあるハンバーガーショップを根城にした。

 

 氷浦教授と、見慣れぬスーツ姿の和彦が店に入ってくるのを確認してから、フォウはおもむろに朝食と昼食兼用のハンバーガーへかぶりついた。

 

 和彦の見合いのなりゆきを確かめるのが珊瑚からの依頼ではあったが、相手の顔は写真を見せてもらったのでわかっている。

 後は店を出るときの様子で、見合いの成功失敗は判断できるだろう。

 

 きちんとした恰好の和彦さんはカッコいいなあ。

 あれなら相手の子もメロメロで、あの人の朴念仁ぶりには気づかないかもなあ、と想像してみたりして。

 

 和彦さんの写真、撮っとけばよかったかな。後で珊瑚ちゃんに報告したら、スーツ姿の和彦さんを私も見たかったといって悔しがりそうだ。

 

「ま、いいや」

 

 口いっぱいにハンバーガーをほおばって、フォウは独りごちた。

 

 注文したセットメニューは食べつくし、だらだら呑んでいたソフトドリンクも氷だけになってしまった。

 いまさら居場所を変えるわけにもいかず、何度も氷をストローでかき回してみては時間を稼いだ。

 けれども昼時ということもあって、店の中にはだんだん人が多くなっていた。

 窓際の四人掛けボックス席を一人で占領していることに、居心地が悪くなってくる。

 これが香港の茶餐庁(チヤーチヤンテン)(大衆レストラン)だと、有無をいわさず相席を強要されるところだ。他人のプライベート空間に遠慮がある日本であることを感謝せねばなるまい。

 

 そうはいっても、いつまでもこのまま監視しているのも気まずくなってきた。

 せめて、何か新規の注文でもしようかと考えはじめたときだ。

 

 ようやく氷浦教授が店から出てきた。

 

「ありゃっ?」

 

 しかし和彦は一緒でなかった。

 それどころか氷浦教授は隣の女性に腕を差し出して、まるでこれから二人でデートにでもいくような恰好である。

 氷浦教授の腕に手を添えて頬を赤くしている妙齢の女性が、くだんの蘭堂教授であろうか。あの嬉しそうな顔を見ると、娘をダシにして氷浦教授とのデートをたくらんでいたのでは、と疑いたくなる。

 

 しばらくして和彦が女性を連れて出てきた。

 

「うえっ」

 

 思わずへんな声を上げてしまうほど、二人はらぶらぶな感じだった。

 いや、正確には女性のほうが一方的にらぶらぶ、といったほうがいい。

 和彦はいつもより口をへの字にして、眉間の間に深いしわを寄せている。

 一見すると怒っているようにしか見えないが、あれが和彦の困惑の表情であることをフォウは知っていた。

 

 連れの女性は写真よりも綺麗だったが、そのふるまいには窓越しのフォウも思わず眉をひそめた。

 あたりはばからず和彦の腕を取り、彼の戸惑いにも関わらず、ぐいぐいと強引に引っ張っていこうとしている。

 見かけはとうていそんな大胆なアプローチをするタイプではなさそうなのに。そうして、和彦が乗り気でないのは誰が見ても明白なのに。

 

「うーん、どうしよう」

 

 日本のお見合いは、意気投合できなくても二人で外出できたら成功とみなされるのだろうか。そのあたりのところを、ちゃんと聞いておけばよかった。

 

 けれどもフォウだって、二人のなりゆきは気になる。

 

 元々、好奇心が服を着ているようなと形容される性格だ。一瞬のうちに決断すると、ハンバーガーショップから飛び出した。

 

 尾行はたやすかった。

 なにしろこの女性、歩いていても電車に乗っても、ひっきりなしに和彦に話しかけている。返事がないのもおかまいなしだ。

 おかげで、和彦はまったくこちらに気付いていない。

 それをいいことにフォウも、普通の尾行ならためらうくらいまで大胆に近づいて二人を観察できた。

 

 電車が停まったのはテーマパーク前だった。

 街をあげての観光客誘致の作戦なのだろう、駅のホームからにぎやかな音楽が流れていて、ますます尾行はしやすくなった。

 年末とあって子供連れも多い。身を隠す場所に不便はなかった。

 

 パーク内にはカップルも多かった。というよりも、男が一人で来るような場所ではないと思われた。

 どうりでチケットを買ったとき、不審そうな顔をされたわけだ。

 入口でのボディチェックも、他の人より念入りだった気がする。

 

 えい、ちくしょう。

 

 これも珊瑚のため、と割り切ってフォウは、男一人でテーマパークに来たかわいそうなやつを演じ切ることにした。

 

 などと考えていたのも最初だけ。

 

 彼女にせがまれてのこととはいえ、ジェットコースターやらティーカップやらに次々と乗りこむ和彦の姿は、あまりに斬新でフォウは目を剥いた。

 さらには、和彦がちっとも楽しそうな顔をしていないのに、彼女のほうはそれを完全に無視して盛り上がっていることにも驚いた。

 

 すごいよなあ、美男美女っていうのは。

 あんな状態でもなんとなくデートっぽい雰囲気をかもし出せてるんだから。

 

 何をやってもつまらなそうな和彦はともかく、彼女がだんだん、パークの中でもあまりひとけのなさそうな方向へ和彦を誘導していることに、しばらくしてフォウも気が付いた。人ごみに隠れるのが難しくなってきたからだ。

 

 なるほど。どんなに人気のアトラクションだろうが和彦が盛り上がることはないんだから、無駄に行列するよりは、人の少ない場所でじっくり二人の時間を過ごそうという作戦か。

 

 このテーマパークは今も発展途上のようで、あちこちで拡張工事が行われていた。

 剝き出しになったコンクリートや作業機器が目に入っては、せっかく入場料を払ってやってきた気分が損なわれるからだろう。工事現場の近くにあるアトラクションは軒並み閑古鳥で、その付近の道には、ほとんど人も通っていなかった。

 

「あれ?」

 

 物陰から和彦たちをうかがっていたフォウは、目をそばだてた。

 

 見合い相手の女性が、そういった閑古鳥系の建物に和彦を連れていったこと、それ自体はいい。

 しかし彼女は、和彦が見ていない隙を狙って、脇にあった札をひょいと入口にかけたのだ。

 

 修理中。入場禁止。

 札には鮮やかな赤いペンキでそう書かれていた。

 

 そりゃあんまりじゃないか、とフォウは思った。

 いくら和彦と二人きりでいたいからといって、自分たちの後から客が入ってこないようにするというのは、やりすぎだ。

 

 和彦たちは中へ入っていった。屋根にはお化け屋敷という文字がおどろおどろしく書かれていた。

 

 しばらく時間をおいてから、フォウはそっとお化け屋敷に使づいてみた。

 もちろん、入場禁止の札は無視した。

 

 入口で、不審をもう一つ発見した。

 和彦たちが入ったときには確かに老婆がいて頭を下げていたはずなのに、今は誰もいなかった。

 いや、よく見れば老婆の姿は入口の奥にあった。

 けれども、上半身だけだ。

 しかも、ぴくりとも動かない。

 

 人形だった。

 

 そこでフォウはざわっと背筋が総毛だつのを覚えた。

 

 機械仕掛けの人形に、フォウはよい印象がない。先日も、自分をモデルに作られたという機械人形と死闘を繰り広げたところだ。

 

 まさか。いや、そんな。

 

 だが、考えてみればお化け屋敷というアトラクションは、機械人形がいくら紛れていてもわからない場所ではある。そもそも、よほど人件費をかける覚悟がなければ、客を驚かせるための仕掛けは機械制御で動かすだろう。

 

 そこがやつの狙いなのでは。

 

「和彦さん……!」

 

 フォウはまなじりを決して、中へ駆けこんだ。

 

 建物の内部は真っ暗だったが、フォウにとってはなんの障害にもならない。

 走りながら通路の壁でマッチを擦り、灯った火を両手に半分ずつ分けて前方にかざす。

 

 炎で明るく照らし出された通路を、フォウは全速力で駆け抜けた。

 

 他の客の姿は、一人たりともない。そのことがまたフォウを不安にさせ、足を急がせた。

 

 はるか前方で女の悲鳴がした。

 続いて、派手なクラツシュ音。何かが倒れる地響き。

 

 逸る気持ちのままに、次の角を曲がる。

 

「和彦さん!」

 

 フォウは叫んだ。

 

 ダメだ、間に合わない。

 野球の要領で炎を投げ付けた。

 

 目の前では和彦が、今しも機械人形の集団に囲まれ、絶体絶命の状態に陥っていた。

 どの人形もいかにもお化け屋敷のものらしい奇怪な姿をして、和彦に襲い掛かろうとしている。

 

 そのうちのどれと目標を定めずに投げた炎は、まずは陽動のためだった。

 

 地面に落ちる前に、フォウはそれを環の形にして、和彦の周囲を取り巻くようにした。

 

「フォウくん⁉」

 

 和彦は驚愕のあまり、闘うことも忘れている。

 それも無理はない。絶対秘密で尾行しておきながらこの始末だ。

 こんな火急の場でなければ、どうしてついてきたんだとなじられても文句はいえない。

 

 けれども今は火急の場合であって。

 

 周囲が明るくなったことなどに人間ほど気を遣わない人形たちは、動きを止めた和彦を好機とばかり狙ってくる。

 特に、でかい図体の赤鬼が和彦の背後から金棒をふりかざして、襲い掛かってきた。

 

「和彦さんっ、頭さげろ!」

 

 嬉しいことに、和彦はすぐフォウの指示にしたがったばかりか、自分の手で足場まで作ってくれた。二人で協力して闘ってきた中で培ったコンビネーシヨンだ。

 その嬉しさを噛み締めながら、フォウは和彦の手でステップを踏んで、跳躍した。

 

「くらえ、人形野郎!」

 

 炎をまとった拳を叩きつけた。

 

 和彦もすでに驚きからは覚めていた。

 とがめるような視線をちらりとフォウに向けただけで、後は別の人形へ立ち向かっている。

 手にはなんの獲物もない。徒手空拳だ。

 

 水がないのか、とフォウは合点した。

 

 和彦の腕輪はすでにまばゆいほどに輝きを増している。空気中の水分をかき集めようと努力しているのだろう。

 しかし、雪かきなど完ぺきにできているテーマパークの中の、空調の効いた部屋の中。空気中の水蒸気といっても、なかなか形になるほどの量ではない。

 

 待てよ。

 

 二体目の人形に火を放ちながら、フォウは考えた。

 

 冬の空気は乾燥しているみのだが、この建物の中ではそれをあまり感じない。

 最近はどんな施設でも、乾燥した時期には加湿器を置くのが定番だ。ここでも、近くに加湿器があって、目立たないようにしながらも作動しているのではないか。

 

 最近では、加湿されるシステムを最初から組み込んでいる建物のほうが主流かもしれない。

 けれどもこのお化け屋敷は、建て替え地区に入っているくらいのロートルだ。

 

 どこかこの近くに加湿器が置かれてないだろうか。

 

 闘いながらもフォウは必死にあたりの様子を探った。

 フォウの炎の光が届かない暗い隅に置かれていそうで、それが気になって注意力がおろそかになった。

 

 だから、警告が遅れた。

 

「あっ!」

 

 和彦が叫んだ。

 

「何をするんだ、小夜子さん!」

 

 井戸の後ろに隠れていたはずの小夜子が、和彦の背後から絡みついて羽交い絞めにしたのだ。


 和彦がふり放そうとしたが、ものすごい力で締め付けてくる。

 形相も、さっきまでの楚々とした美人が台無しだ。

 悪鬼のごとく顔を歪めている。

 

「くそっ!」

 

 フォウは悪態をついた。

 

「和彦さん、そいつはやつらの仲間だ! さっきここに入るとき、その女がこの建物の入り口に、入場禁止の札をこっそりかけてるのを俺は見たぜ!」

 

「なんだと⁉」

 

「どうせそいつもシラドの作った機械人形だよ! ぶっ壊しちまおうぜ!」

 

 そう叫ぶなりフォウは、有言実行とばかり新たな炎の弾丸を作って、小夜子の背中へ思い切り叩きつけた。

 

「きゃあ!」

 

 小夜子が悲鳴をあげてのけぞった。

 

 和彦から手を放し、その場に倒れた。

 ワンピースの背中が破けて、のぞいた肌からは血がにじんでいる。

 

 血。

 

「フォウくん、彼女は機械じゃないぞ!」

 

「なにっ⁉」

 

「何らかの術をかけられて、操られているんだ! 思いだせ、前に倒した機械人形のことを。人間の精神を制御する力を持つ魔物に、あいつもサポートされていたじゃないか!」

 

 地面に倒れた小夜子は苦し気に呻いている。

 かと思うと、再びカッと目を見開き、両手を広げて和彦に向かってきた。

 どう見ても正気の目の色ではなかった。

 というか、すでに彼女の目からは異様な光が放たれている。

 

 何度振り払っても襲ってくる小夜子に手を焼いた和彦が叫んだ。

 

「これ、フォウくんの術でなんとか元に戻せないのか!」

 

「はあ? この忙しいときに、ちょうどいい呪文を思いだせってか⁉」

 

 和彦が闘えないぶん、フォウは機械人形の相手を一手に引き受けなくてはならない。

 炎を放ち、蹴りや拳を打ち込み、何度も地面に引き倒してはいるものの、機械人形たちは平然としてまた起き上がってくる。

 個々の戦闘力が高くないことだけが救いで、フォウは文字どおり息つく暇もない状態だ。

 

 和彦は小夜子にひっかかれながらも、必死で心を落ち着けようとした。

 以前にも、魔物の気配を感じることができたのだ。

 今も、どこか近くにいて小夜子を操っている魔物を、感覚を張り巡らせて探すことはできるはずだ。

 

「腕輪よ、頼む!」

 

 水蒸気をやっと腕輪の周囲にぼんやりと集めた腕輪に、その作業を中断させた。せっかくの水蒸気が霧散してしまうが、止むを得ない。

 しつこくまとわりつく小夜子に集中を乱されぬよう、いったん動きを止めて腕輪に自らの気力を送り込んだ。

 

 機械人形たちと闘うフォウの姿が、意識世界の中では、まばゆい深紅の輝きとなって感じ取れた。

 対する機械人形たちの動力は、鈍い灰色をしている。

 そして、その奥。

 井戸の中に。

 

「フォウくん、あそこだ!」

 

 和彦は迷わず井戸を指さした。

 

「あの中に、魔物がいる! 小夜子さんに触手を伸ばして、その意識をからめとっている!」

 

「って、言われても!」

 

 ドラキュラと狼男の挟み撃ちをかろうじて逃れ、地面を転がって跳ね起きながらフォウがぼやいた。

 

「ちょっとこっちも手伝ってくれなきゃ。和彦さん、どこかこの近くに加湿器があるはずだぜ! そこの水を引っ張ってこられないか?」

 

「加湿器だって? どこにそんなものが?」

 

「知るかよ! あんたの腕輪に探させろ!」

 

 乱暴に言いつつも、フォウは和彦に加勢してくれた。

 相変わらず和彦にまとわりつこうとする小夜子の襟首をひっつかみ、反対側の壁に投げ飛ばす。

 上下さかさまになった小夜子が壁に叩きつけられ、床にへたばった。

 すぐに態勢を立て直して向かってくるだろうが、ほんの少しだけ時間が稼げた。

 

「水よ!」

 

 腕輪をかざし、和彦は命じた。

 

「我の元に来たれ!」

 

 きっと、近くに水がある。

 その確信をこめて、あたり一面に広く念を飛ばした。

 

 がこん、と壁の一部が音を立てて外れた。

 赤暗い照明装置のすぐ裏手になっているところだ。

 そこには、破れ障子の装飾があった。よく見ればその障子の格子部分がフィルターになっていた。

 なるほど、電源が通っているところに、加湿器をうまくはめ込んだというわけだ。

 

 フィルターが外れて中から水が噴き出した。

 和彦の手の中に収まり、たちまち剣へと形を変えていく。

 

「いいぞ、和彦さん!」

 

 闘いの合間に、フォウが弾んだ声をかけた。

 

「じゃあ、雑魚どもの相手は頼むぜ!」

 

「おう!」

 

 しつこく向かってくる小夜子の腹に、剣の柄できつい一撃を叩き込んだ。これにはたまらず、小夜子が昏倒した。

 倒れた後はぴくりとも動かない。

 さすがに異空間からの魔物も、気絶した者を操ることはできないようだ。

 

 和彦は機械人間たちに向き直った。

 氷の剣を構える。

 

「来い!」

 

 わざと井戸を背にして立った。フォウが動きやすくなるようにという配慮である。

 そういうことを考えられるほどに、気持ちは落ち着いていた。

 

 加湿器からはまだ水があふれ続けている。

 水があれば、いくらでも武器は作れる。

 

 襲い掛かってきたミイラ男の胴を薙ぎ払った。

 確実な手ごたえ。

 切り裂いた人工皮膚の下から、千切れた配線や電子部品がこぼれ出す。皮一枚でつながっていた上半身と下半身が、どうと倒れた拍子にバラバラになった。

 

「次!」

 

 ぶるんと振って、もう一度。

 今度はさらに挑発的に、機械人形たちを呼んだ。

 

 その間にフォウは、和彦の脇をすりぬけて井戸へ向かっている。

 空間に指先で呪文を描くと、それが輝いて呪符の形になった。

 何枚か出現したそれらを握りしめて、井戸に突っこむ。

 

「出てきやがれ、魔物め!」

 

 手に触れたものをそのままわしづかみにして、力任せに引っ張り出した。

 

 強烈な光が井戸からあふれた。

 

 すごい力で引っ張り返されるのを、フォウはさらに呪文を重ねることでひき戻す。

 手の中のものが、はっきりとした髪の毛の形になった。

 黒くて長いそれを、思い切り引いた。

 

「うわっ」

 

 今度は逆に押された。勢いあまって、フォウは仰向けにひっくり返った。

 

 井戸の上には、長い髪の女が浮かんでいた。

 

 目も口もなく、鼻筋だけが顔の中にある。黒い布を身にまとい、その裾をゆらゆらと揺らしている。大きな斧のようなものをたずさえていた。

 さながら、女の死神といった姿だ。

 

 フォウは片手で地面を叩いて跳ね起きた。

 

「てめえか! 和彦さんの見合い相手を操って、ここまで連れてこさせたのは!」

 

 死神は答えない。答えようにも口がない。

 ただ、小ばかにしたように顎をそらし、ふわりと空中に漂い出る。

 

「待てっ!」

 

 フォウは死神の後を追って走り出した。

 

「逃がさねえぞ! てめえみたいな化け物を退治するのが、俺の仕事なんだからな!」


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