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それでなんで、テーマパークなのか。
和彦の疑問は増え続けて、もう頭が割れそうだった。
「和彦さあん、あれ見て! 可愛い!」
腕を組んだまま死んでも放さぬという勢いで、小夜子はぬいぐるみの熊かなんかを指さして、はしゃいだ声を張り上げている。
周囲は極彩色の渦だった。
なにをテーマにしたパークなのか、小夜子から説明は受けたが和彦にはよく理解できなかった。ただ、この街に最近できたもので、ネットニユースで見てからずっと来てみたかったのだと小夜子は主張した。
「ほんとはね、氷浦教授がここの近くに住んでるってお母さんに聞いたから、急に興味がでたの。和彦さんと仲良くなって、こういうところで遊べたら最高だなあ、と思ってたんだけど。ほんとに夢がかなうなんて、嘘みたい!」
和彦としては、ちらりと姿を見ただけの男を相手にそんな夢を見ているほうの気がしれない、と言いたいところだった。
ここにフォウがいれば、彼女よりも大はしゃぎしたかもしれない。
小夜子に手を引かれて派手な大通りを歩きながら、和彦はそんなことをぼんやり考えた。
舞い踊る風船、ひっきりなしに流される陽気な音楽。その中を、着ぐるみの動物たちがよたよたと歩く。
行きかう人たちは皆、それが制服のように耳のついたカチューシャをつけて、この世で一番幸せといった顔をして笑い騒いでいる。
たかだか回るだけのコーヒーカップの中へ座るために、何十分も並んだ。
待っている間も小夜子は大はしゃぎで、次から次へと質問を見つけては和彦に投げかけた。好きな食べ物、好きな色、休日には何をしているか。
弾丸のようなその問いかけの大半には微笑だけで答えたが、その程度のことで小夜子はひるまなかった。
「ねえ、あれ見て!」
小夜子が次のターゲットを見つけた。
「あの隅っこにある小屋。誰も並んでないけど、営業中よね。お化け屋敷って書いてあるわよ。ラッキー! 次はあれに入りましょう!」
確かにその小屋には、誰も並んでいなかった。
他のアトラクションに比べて、あまりにも外観がみすぼらしいせいだろうか。お化け屋敷という看板さえも半分朽ちかけているのが演出だとしたら、やりすぎでかえって客足を失っているということになろう。
いらっしゃいませ、と入口の老婆が陰気に言った。
お気をつけて。生きてお帰りになれますように。
「わあ、怖ぁい!」
小夜子が嬉しそうに、和彦に身をすり寄せた。
中は真っ暗だった。
わずかに足元にだけ、道順を記した矢印があって、それがほんやりと緑色に光っている。その矢印を頼りに、和彦は小夜子を連れて暗闇の中を歩みだした。
天井からテープのようなものが吊り下げてあった。頬にそれがあたったといっては、小夜子がきゃあきゃあと声を上げた。
和彦は内心うんざりしながら小夜子をなだめた。
怖いとわかっている場所に進んで入っておきながら、なぜ怖いと騒ぐのか。
この世界の人間はまったく不可解だ。
ぼんやりと奥のほうから光がさしてきた。
「次はなにかしら、怖いわ」
小夜子が腕にすがりつく。
角を曲がると、赤暗いライトが井戸らしき造形物を照らし出していた。
井戸から半身を乗り出しているのは落ち武者の人形だった。ざんばら髪で、血刀をだらりと片手に下げている。
きゃあ、と小夜子が叫んだ。
「大丈夫だよ、人形だよ」
胸に頭を埋めて震えている小夜子を、和彦はなんとかなだめて、自分から引きはがそうとした。
角を曲がるごとにこうやって足止めされるのでは、出口に着く頃にはもう閉園時間になっていそうだ。
そちらに気を取られていたせいか。
「……っ⁉」
危うく、間に合わないところだった。
目の端にキラリと光るものが映って、反射的に身を逸らしたのが正解だった。
空を切る、きな臭い風圧が鼻先をかすった。
和彦は小夜子を抱えたまま後ろへ跳びずさった。
足元に刃が突き刺さった。
赤いペンキが塗られている。たった今まで落ち武者の人形が握っていた、あの日本刀である。
いや、人形も。
振り返れば落ち武者が、髪を振り乱しながら向かってきていた。
今度は脇差を構えている。
ガラスの目が、鋭い刃の照り返しを受けてギラリと光った。
「くっ……!」
和彦はとっさに、刃をリューンの腕輪で受けた。
金属質の火花が散り、落ち武者の刃が砕けた。
空振りしてたたらを踏む、その背中に拳を叩きつける。倒れかかったところに膝蹴りを入れた。
めきょ、と何かがへし折れた。
生き物の感触ではなかった。
「こいつ……まさか!」
倒れた落ち武者を、和彦は蹴りつけた。
やはり、人間とはまったく違う手ごたえだ。
重さも違う。骨と皮のようなこの体格で、この重たさ。中がみっしりと詰まっているせいだ。
これは、シラドの。
「機械人形……⁉」
和彦は驚愕に目を見開いた。
慌てて周囲に目をやる。
相変わらず、建物の中は真っ暗だ。
けれども、その中にうごめく怪しい気配をはっきりと感じた。
しかも、一つだけではない。
「小夜子さん、ここに隠れているんだ!」
和彦は小夜子を井戸の後ろへ押し込んだ。
振り返ると、幾つもの人形がこちらに迫ってきていた。
白い着物姿の女幽霊。包帯を巻いたミイラ。狼男にドラキュラ、金棒を構えた大きな赤鬼もいる。
それらの人形すべてがガラスの目玉を光らせて、無言で和彦に襲い掛かってきた。
井戸から水を呼ぼうとしたが、できなかった。
井戸は完全な作り物で、水に見えているのはただのビニールだ。和彦の能力を増幅するリューンの腕輪も、そもそもの原料である水がなければ、どうにもならない。
「くそっ」
和彦は身をかがめ、きわどいところで鬼の金棒を避けた。
そのままスライディングで狼男の足をすくう。
ミイラの腕をひしぎ、そこへ飛び掛かってきた女幽霊の襟首を掴んで両方の頭を力任せにかち合わせた。
どちらかの頭がめきょりとへこんで、切れた配線の何本かが飛び出した。
それでも、人形の動き自体を止めることはできない。
一度は倒れた人形たちも、すぐに起き上がってはまた向かってくる。
機械は疲れを知らない。
しかも多勢に無勢だ。いつかはやられる。
水だ。
和彦は狂おしく周囲を見回した。
ここまでの道のりを思いだしてみる。入り口に噴水があったが、呼びかけるには遠すぎる。どこかこの近くに水道はなかったろうか。手洗い場程度でもいい。
水が欲しい。水さえあれば。
雪も氷も近くにないという状況は、リューンではありえなかった。
どんなところにも存在していたからこそ、リューン王家は代々、水を氷と化して操る技を子孫に伝え、君臨してきたのだ。
やむを得ず和彦は、周囲の空気から水蒸気を集めようとした。
それで武器を作るのも、できないことではない。しかし、あまりにも時間がかかりすぎ、敵の数は多すぎる。
そのときだ。
「和彦さあん!」
聞きなれた声が、意外に近くで弾けた。
「えっ……」
続いて、深紅の炎。
火の玉となって和彦の周囲をめぐり、人形たちをなぎ倒す。
それでも足りぬとばかり天井に広がり、あかあかと照らし出す。
おかげで、ようやく自分たちの置かれている状況を確かめることができた。
この井戸を中心に、幾つもの通路が四方八方に伸びている。人形たちはその通路からやってきたのだ。
元から、ここで罠にかけるつもりだったのだ。
しかし、和彦たちがここにやってくるというのを、シラドはどうやって予測できたのだろう。
和彦自身でさえ、テーマパークのお化け屋敷に自分がいることなど、かつて想像したことさえなかったのに。
しかしそんな考えを巡らしていたのも、通路の一つからまばゆい光と共に。
「和彦さん!」
二発目の炎を構えたフォウが駆けこんでくるまで。
「フォウくん!」
「頭を下げろ、和彦さん!」
言われて和彦は後ろを振り返ることもせず、言われたとおり素早くその場にしゃがみこんだ。
同時に、両手を組んで前に突き出し、フォウの足場を作った。
フォウも当たり前のようにその手の平を踏み台にして、和彦の身体を跳び越えた。
突き出した拳に巻きついた炎が明るく輝き、巨大な鬼の身体を一発で殴り倒した。
「フォウくん!」
安心しつつも、和彦は別の意味で混乱していた。
「なぜ君が、ここに⁉」
和彦のもっともな言葉に、フォウがぺろりと舌を出した。