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 見合い当日は、冬晴れのよい天気だった。

 

 氷浦教授と和彦は、ゆうべ一泊した高級めのホテルで一張羅のスーツに着替え、おもむろに指定された会場へ徒歩で向かった。

 

 ただ歩いているだけであらゆる女性に振り向かれてしまう和彦に加えて、りゅうとした氷浦教授もなかなか人目を引くナイスミドルである。

 それが二人して歩いているのだから、注目の的になってしまうのはどうしようもない。

 

 氷浦教授は年の功で慣れたもの。相手が見知らぬ人でも、目があえばにこりと微笑み、軽くかわしていく。

 慣れぬスーツ姿の和彦が、歩くほどに背中を丸めがちになるのとは対照的である。

 

「あらあら、まあまあ!」

 

 世話役の婦人とも初対面だったが、彼女は氷浦教授と和彦が指定の喫茶店に入ってくるなり、驚きと喜びの声を上げた。

 

「釣書で写真は拝見していましたけれど、実物はさらにいい男ですのね。しかも、お父様までこんなすてきな方だなんて。私も、得しちゃったわ」

 

 中年を過ぎても女は女。氷浦の前で頬を赤らめてもじもじし始めたりするから、二人は微苦笑した。

 

 蘭堂教授とその娘は、すでに席についていた。

 娘も美人だが、母親も中年ながら、すらりとしていてなかなか綺麗な人だ。大学ではかなりの人気なのではないか。

 

「氷浦教授、このたびはどうも」

 

 嬉し気に立ち上がって、氷浦教授に握手を求めた。

 

「うちの娘の突然のわがままに付き合っていただいて、本当に申し訳ありません」

 

「いえいえ、こちらこそ。こんな遠くまで、わざわざ出てきていただいて」

 

 社交辞令を交わす親たちを後目に、蘭堂の娘は瞳を輝かせて和彦を見上げている。和彦と目が合うと、ぽっと頬を紅に染めてうつむいた。

 

「お名前は?」

 

 不調法な息子の代わりに氷浦が尋ねた。

 

「小夜子と申します」

 

 返事も本人ではなく、母親からだった。

 

「私の多忙にかまけて勝手に大きくなって、なんでも自分の思い通り、したいとおりにやってきておりまして。どこへ出しても恥ずかしくない、なんてとても言えない、お恥ずかしい娘ですの」

 

 そう言って蘭堂教授は上品に笑った。

 

 出会いの場として設定された喫茶店も、クラシックの流れる落ち着いた雰囲気の上品な店である。調度品も優雅で、いかにも高級感があった。

 

 和彦は、目の前に運ばれてきたティーカップを見下ろして、気まずい思いをかみ殺していた。

 小夜子の視線を痛いほど感じた。

 

 それをまた世話役の女性が、美男美女だといってもてはやす。

 父と母は互いに謙遜しあって、相手の子供をほめそやす。

 なんともいえない様式美の世界だ。

 

 紅茶をすすりながら、和彦はそっと小夜子を盗み見た。

 目が合ってしまったので、慌ててまた下を向いた。

 

 目鼻立ちの整った、清楚な美人といった趣である。職場でもさぞかし人目を引くことだろう。結婚相手などよりどりみどりなのではないか。

 それがなぜ、一度だけちらりと見た相手に執着し、見合いまでしようという気になるのか。

 

 いっそ腹立たしい思いで、和彦は紅茶をやたらにかき回した。

 フォウが話をひっかきまわさなければ、あそこで簡単に断れていたような気もする。

 

 何が面白いだ。

 僕はちっとも面白くないよ、フォウくん。

 

 心の中でフォウを責めながら、ぼんやりしていたら。

 

「では、あとは若いお二人で」

 

「えっ」

 

 和彦は驚いて目を上げた。

 

 いつの間にか氷浦と蘭堂の両教授は立ち上がっており、世話役の女性も小夜子の脇に立ってにこにこ笑っている。

 小夜子は真っ赤になってうつむいていたが、和彦の視線に気づくと嬉し気に微笑んだ。

 

「と、父さん? どこへ行くんです?」

 

 慌てて和彦も立ち上がりかけたが、とたんにその場の全員から、目線でとがめられてしまった。

 しかたなく、また椅子に座りなおす。

 

「ここの代金はもう支払ってありますからね」

 

 和彦の心配とはおよそ関係のないことを世話役の女性が言って、氷浦と蘭堂をうながした。

 

「とにかく美味しいんですよ、さっき話したそのレストラン。私はこの街に来るたび、必ずそこで食事をするんです。三人で昼間に行けば割引になりますし」

 

「わあ、楽しみだわ」

 

 蘭堂教授はまんざらでもない様子だ。氷浦教授の腕をとらんばかりにしている。

 下手をしたら娘をダシにして、母親のほうが氷浦教授を狙っているのではないか。世話役の女性が途中で置き去りにされる姿が、和彦にも容易に想像できた。

 

「待ってくださいよ、父さん!」

 

 必死の思いで和彦は氷浦に追いすがった。

 肩をつかみ、耳元でささやく。

 

「こんなことになるなんて言ってくれなかったじゃないですか。若い二人って……ここから後、僕はどうすればいいんです?」

 

「お前、家計用のクレジットカードは持ってきているんだろう?」

 

「お金の心配じゃなくて!」

 

「まあ、落ち着きなさい。日本の見合いというのは、こういうプロセスをたどるものなのだ。これも様式美というやつだよ」

 

 氷浦教授は呑気な事をいう。

 

「小夜子さんに、どこか行きたいところがないか聞いてみなさい。そして夕方頃まで二人で楽しく外出して、最後に小夜子さんたちが泊まっているホテルまで送り届ければ任務完了だ。ああ、その間の支出はすべてお前が払うんだぞ」

 

「ええ……」

 

 和彦は途方に暮れた。

 

 しかし氷浦教授の心はすでに、蘭堂教授との食事会でいっぱいになっている。

 そういえば、蘭堂教授の専門分野である救命救急法にも興味を持っているとも言っていた。

 単に妙齢の女性との会食だから浮かれているのでないとしても、異世界からやってきた義理の息子を見たことも聞いたこともない様式美の中に置き去りにするのは、あまりな仕打ちではあるまいか。

 

 などと腹を立てているうちに、三人はさっさと店を出て行ってしまい。

 

「あ、あの……和彦さん……」

 

 小夜子が、決然と目を上げて言った。

 

「私、行きたいところがあるんです」

 

「えっ」

 

「連れていってください!」

 

 さっきまでのモジモジぶりはなんだったのかという大胆さで、小夜子は立ち上がるなり和彦の腕を取った。

 慌てた和彦が身を引こうとするのを許さず、ぐいと自分のほうに引き寄せる。

 

「それと、私のことはどうか、小夜子とお呼びください!」

 

「は、はい」

 

 生来は強気な女性と思われた。それがあんなに黙りこくって赤くなっているばかりだなんて。

 この世界の様式美というのはまるで理解できない。


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