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 探りを入れるまでもなく、研究所に戻るとすぐに、氷浦教授からお見合いについての表明があった。

 

 予備知識があったフォウとは違い、和彦はそれを聞いたとたん、足元の地面に穴が開いたかのように仰天した。

 

「な、な、なんですって? お父さん、今なんて?」

 

「だから、お見合いだよ」

 

 辛抱強く氷浦教授は言い直した。

 

「お前、覚えていないかい。先に名古屋の学会で、私たちと同じような親子連れの先生がいただろう。蘭堂教授という、美しいお嬢さんと一緒の、女性の方だ。救急救命が専門の理論医学博士だよ」

 

「ああ、あの方ですか」

 

 和彦は頷いたものの、正直いってあやふやな顔をしている。

 子連れの女性研究者に会ったことは思いだせても、それが美しかったかどうかには覚えがないようだ。他人に対する関心の薄い和彦らしい、ともいえる。

 

「それがどうしてお見合いなどという話に?」

 

「あのとき娘さんが、お前を見染めたというのだよ」

 

 和彦はますます困惑した。

 

「あのとき、といわれても……もう半年も前のことですが」

 

「一人で考え続けて、ようやく思い切って親に申し出てきた、ということじゃないかな。見合いという古風な形にはなったが、互いに知り合う機会を作るという意味で会ってやってはくれないか、と世話役の人からは言われている」

 

「世話役、とは?」

 

「日本の伝統的な見合いのシステムに登場する、いわゆる『おせっかいな隣人』という役回りだ。年頃の男女をみつくろって引き合わせ、なにがしかの金品を手間賃として受け取る」

 

「へえ、どこでも似たようなもんですねえ」

 

 脇で聞いていたフォウは、思わず感嘆の声を上げてしまった。

 

「香港でも昔は、そういう世話焼きのオバサンが男女の仲を取り持ってたといいますよ。そういうのってけっこう大事なんじゃないかと俺も思うんですけど、最近は間に人を介するのが面倒だという人も増えましたからねえ。大陸なんかで流行ってる相親角(ソンチヤンコク)というのが、そのうち香港でも人気になるのかもしれません」

 

「それはどんなものなんだね?」

 

「俺も話に聞いただけなんですけど、上海とか成都とかでは今、結婚したい男女が住所氏名年齢アピール事項を付箋に書いて、公園の掲示板に貼り付けるんですって。でもって、週末には娘や息子を結婚させたい親がそれを漁りにくるとか……」

 

「付箋とは、これはまた安上りだね」

 

 氷浦は苦笑した。

 

「今の日本では、婚活サイトとやらが主流になりつつあるというから、事情は似たようなものかな。しかし、ネット決済のようなデジタル化が日本より格段に進んでいるはずの中国で、公園の付箋というのも面白い話だ」

 

 そう言いながら、氷浦教授はフォウに立派な写真を見せてくれた。

 ご丁寧に、きれいな和紙をはった厚紙に貼り付けてある。

 和服を来たきれいな娘さんの写真だった。一重ですっと鼻筋が通っていて、日本人形のようだった。

 

「これは?」

 

「釣書というんだ。写真と一緒に、この娘さんの履歴書のようなものがついてくる。ほほう、大学を出てからは大企業に就職して、経理の仕事をしているとある。親御さんとは違って、研究職は選ばなかったようだね」

 

 写真に添えられた封筒の中身を読んで、氷浦教授はしきりに感心していた。


 フォウはもう一度しげしげと写真を眺めた。

 この少しとっつきにくそうな美人が和彦を見染めたというのも驚きだし、見合いがしたいというのも意外な気がした。

 都会でバリバリ働きながら、そんな古風なしきたりを好む女の人がいるのか。

 

「面白そうじゃん」

 

 素直な気持ちが言葉に出てしまった。

 たちまち、和彦が眉をひそめてたしなめた。

 

「なんてことを言うんだフォウくん。こういうのは、茶化していい部類の話じゃないだろう」

 

「別に茶化してねえよ。興味深い、と言い直そうか? どっちにしろ氷浦教授にとっては断りにくい相手なんだろ。しょうがねえじゃねえか、和彦さん。会うだけでも会ってやれば?」

 

「ひとごとだと思って……」

 

 和彦はくさった。

 

「こちらに全くその気がないのに会うなんて、かえって相手に失礼じゃないか」

 

「その気になるかどうかは、会ってからしか決められないからこその、見合いっていうシステムなんだろ?」

 

「た、確かにそうだろうけど」

 

「いいじゃねえか。行ってこいよ」

 

 最後はフォウがぱあんと和彦の背中を叩いて、ちぐはぐなこの話は終わるのだった。

 

 フォウが完全に誤解しているのは、和彦が見合いをしないのなら、そのほうが珊瑚の願いにはかなっているということだった。

 しかしフォウは見合いにこっそりついていくのが自分の役目だと思い込むあまり、なにがなんでも見合い自体は開催させねば、という気になっているのだった。

 

「じゃあ、フォウくんもいいんだね?」

 

 氷浦教授が話をまとめた。

 

「先方もこっちの県までは出てきてくれるが、いくらなんでもこの寒村まで呼びつけるのは心苦しい。こちらも空港のあるあの街まで出ることになるので、二日か三日は留守にすることになるが」

 

「ええ、まかしといてください」

 

 任すもなにも、最初から留守番をする気などないフォウである。

 これで見合いの場所がわかったから、あとをつけることも様子をうかがうことも簡単だと内心で快哉を上げている。

 なんといっても、珊瑚に頼まれたからという大義名分で、自分の好奇心を満たすこともできるのだ。これがうきうきしなくて、どうしよう。

 

「留守の間のことは九条にも頼んでおいたから、困ったことがあったらここは閉め切って、九条の家に泊めてもらいなさい。空間波動計については、自動モードにしておいて、あとで観測データをまとめればいいからね」

 

 ますます好都合。

 

 自家発電の調子が悪くて寒くてたまらなかったとかなんとか、いくらでも理由はひねり出せるし、後で珊瑚と口裏を合わせればいいだけだ。

 

「まかしといてください!」

 

 口先だけの太鼓判をおすフォウとは裏腹に、和彦はなんともうらめしそうな顔をしてフォウを睨んでいた。


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