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 ともすれば自分の部屋にやってきて、何をいうわけでもなくこちらを観察するミリシアに、シラドは苛立っていた。

 

「だから! なんの用事なんだよ!」

 

「あなたを見ている」

 

「なんのために!」

 

「あなたがいつまで悪者のままでいるのか、確かめるために」

 

「へえ」

 

 一瞬気勢を削がれかけたシラドは、ミリシアに向き直って挑戦的に笑ってみせた。

 

「俺が悪者でなくなったら、どうする気だよ?」

 

「殺す」

 

 平然としてミリシアは言い切った。

 

「あなたは悪者だからこそ、生きる値打ちがある。正義や愛や……その他、輝ける光の者だけに許される感情に支配されることがあれば、あなたはここにいる資格を失う。私があなたに協力するのも、あなたが悪者だから」

 

 面と向かってそんなことを言われると、さすがのシラドも鼻白んでしまう。

 

 デュアルの魔女がジャメリンに提供している狭間の空間を、さらに間借りしてシラドの研究室は作られていた。

 見かけは、地上にある工学部の実験室などとあまり変わりはない。

 所狭しとコンビュータが並んでいるうえに、金属加工の大型機械が各種とり揃えられているのが、異様といえば異様であった。

 地上では質量と電源の関係上、これほどの機器が一部屋に集められることはない。

 だがここでは、電力は空間から無限に与えられる。理論と実践の両方を同時に行うロボット工学者としては、理想の研究室だった。

 

 その中央の事務用チェアに鎮座したミリシアは、大きな目を開いて、じっとシラドを見据えていた。

 

 整いすぎた美しい顔だち、細かなレースが施された純白の衣装。

 かつてエメロードと呼ばれた世界で、巫女を務めていたという少女である。

 便宜的に少女とはいったが、年齢は不詳だ。少なくとも、地球人の感覚では理解できない。

 

 へっ、とシラドは強がりの笑いを吐き捨てた。

 

「お前がこの前よびだした悪霊は、リューン・ノアの剣のひとさしで消滅しちまったじゃねえか。制御できないほど力が強いとか、ごたいそうなことを言ってたくせによ。協力? お前に何ができるっていうんだ?」

 

「いろいろなことが」

 

 ミリシアは挑発に乗らなかった。

 

「私はエメロードの巫女。そうして、エメロードは精神と感覚の世界だった。形のないもの……人の心を操ることが、私たちの世界での力の象徴。……けれどもあなたは、物理的な力のほうを尊ぶ世界から来た。そこが、私には興味深い」

 

「ちぇっ。人のこと、見世物みたいに言いやがって」

 

 シラドは片手を大きく振り回して、研究室の中にあるものをミリシアに示した。

 作りかけの、さまざまな素材のアンドロイドが台の上に横たわっている。

 人間の形をしているもの、そうでないもの。何かの動物を思わせるもの。かぎ爪や牙など、一部分だけの造形もある。

 

「ほら、見たいなら好きなだけ見てみろよ。どれも俺が心血を注いで作り上げようとしている傑作ばかりだぜ。いずれ、このうちのどれかがリューン・ノアを倒すんだからな」

 

「なぜ、倒すの」

 

「……憎いからさ!」

 

 歯を剥きだして、シラドはわめいた。

 

 ジャメリンに拾われ、欲しいものはなんでも提供されているからではない。これまでに二度、対戦して敗れ、発明品を台無しにされから、でもない。

 

 強いて言えば、生理的に。

 

 生まれながらの王族という、おめでたい身分。その生まれ育ちにぴったりの、甘ちゃんな言動。

 ひとりぼっちで異世界にやってきておきながら、皆に救われ、愛されている。無二の親友とやらも手に入れている。

 その恵まれた人生、すべてが。

 シラドにとっては苛立ちの原因だった。

 

 苦しめてやる。めちゃめちゃにしてやる。

 あいつら、二人ともだ。

 

 俺の力を見せつけて、足元にひざまずかせてやる。そうして、命だけは助けてくれと哀願する姿を見物しながら、ひねりつぶしてやれたら。

 どんなに気分がいいことだろう。

 

「もう一回聞くぜ、ミリシア」

 

 シラドはミリシアに負けぬよう、胸を張ってその場に立ち、彼女を睨みつけた。

 

「お前には、何ができる」

 

「……ラズリーリャを」

 

 ささやくような声で、ミリシアは答えた。

 

「精神の獣をもう一匹、呼びだしてあげる。あなたの心に渦巻いている、その醜い欲望」

 

「なっ……なんだと?」

 

「その欲望を実現させる、手助けとして。同じくらい醜く、卑怯な獣を」


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「和彦さんが、お見合い⁉」

 

 フォウは目をまん丸にして、素っ頓狂な声を上げた。

 

「しいっ」

 

 珊瑚が両手でフォウの口をふさいだ。

 

「大声出さないでよ、フォウくん。私がお父さんと氷浦教授の無線を盗み聞きしたと思われちゃうじゃない」

 

「でも、盗み聞きしたんだろ?」

 

「偶然聞こえたのは、盗み聞きとは言わないの!」

 

 村外れの、小川のほとりである。

 

 今日も今日とて和彦とフォウは、村人の手伝いに駆り出されていた。

 なにしろこのあたりは豪雪地帯で、村は老人ばかりのいわゆる限界集落。吹雪が来るたびにいろいろなものが壊れたり故障したりして、貴重な若い男手である和彦とフォウはひっぱりだこなのである。

 

 和彦は今、馬小屋の屋根で雪おろしをしている。小屋を修理するためには、まず重い雪を取り除かなくてはならないからだ。

 最初はフォウも和彦を手伝っていたのだが、牛囲いの柵を直してくれと珊瑚に言われて、ついてきたらこの話だった。

 

 確かに柵も壊れてはいたけれど、もはや修理とかそういうことはフォウの頭から吹っ飛んでいる。

 

「見合いって、誰と?」

 

「氷浦教授の昔からの知り合いに、ちょうど和彦さんと年齢の合うお嬢さんがいるんですって。この間の学会で再会して、話してるうちに、そういうことになっちゃたって……」

 

「うへえ」

 

 フォウは頭を抱えた。

 

「俺も日本のことをよく知ってるわけじゃないけどさ、見合いってあれだろ? お互いが一家総出の勢いで豪勢なホテルのレストランとかで顔を合わせて、後は若い二人でーとか言って成り行きを見守るっていう」

 

「よく知ってるじゃない」

 

 珊瑚は本気で感心した。

 

「なんでそんなことまで知ってるの?」

 

「香港では日本のドラマとかアニメとか、昔のも最近のもまぜこぜで、一日じゅうテレビで放送してるからな。目指せかっちゃん甲子園、とか言われてもみんな理解できるくらいには、日本の文化に詳しくなっちゃうんだ」

 

 フォウはひらりと柵に飛び乗った。

 

「ドラマとかの中では、みんないろんなしがらみで、どうしようもなくて見合いをするっていうパターンばっかりだったぜ。どうせ和彦さんの見合いってのも、それとおんなじじゃねえの?」

 

「フォウくんはそうやって、呑気なことを言ってればいいけど……」

 

 泣きそうな顔でもじもじしてしまう珊瑚である。

 

 氷浦教授が息子を連れてこの村のさらに奥地へ引っ越してきたその日から、珊瑚は和彦に一目ぼれの無我夢中。

 最初はあまりにカッコいいその外見に魅かれ、今では、なかなか本心を見せようとしないあのかたくなさでさえ愛しく思っている。

 

 その和彦が、見合いだなんて。

 

「もしかしてその人がものすごい美女だったらどうするの?」

 

「どうするもこうするも、美女にフラフラするような人じゃないだろ、和彦さんは」

 

「氷浦教授の手前、断れなくなったら?」

 

「手前だろうが最後尾だろうが、教授は自分の息子に、そういう一生の大事を無理強いする人でもないよ」

 

「フォウくんったら!」

 

 どれも正論であることは、珊瑚にもわかっているのだ。それでもなお、いてもたってもいられない気分なのだ。

 慰めてほしいわけじゃない。一緒になって、そりゃあ大変だと真剣に考えてくれる仲間になってほしいのに。

 

「だから、心配しすぎだって、珊瑚ちゃんは」

 

 フォウは呑気に笑うばかり。

 

「珊瑚ちゃんだって和彦さんの人となりは知ってるだろ? 見かけはそりゃあ絶世の美男子かもしれないけど、中身はアレだよ? たとえ相手が和彦さんにメロメロになったとしても、のれんに腕押し、ぬかにくぎ」

 

「日本のことわざ、よく知ってるのね」

 

「和彦さんを形容する言葉として覚えたんだ」

 

 そう言って、あははと笑うフォウである。

 

 そのほかにも、朴念仁とか不愛想とか。鈍感とかぶっきらぼうとか。和彦と知り合って覚えた言葉は山ほどある。どれも、煮え切らない和彦を罵るときに使うためのものだ。

 

「そもそも、見合いの話っていつ沸いて出たのさ。少なくとも朝ごはんのときも昼ごはんのときも、研究所では全然そんな話題は出なかったぜ」

 

「そんなの、ごはんのついでの話じゃないからでしょ……」

 

 珊瑚はすねた。

 

「とにかく! 私がついさっき漏れ聞いた無線連絡では、お見合いは、もうすると決まってるような口ぶりだったわよ、氷浦教授も。和彦さんを連れて先方のほうへ出向くんで、何日か留守にするって言ってたもん」

 

「へえ。じゃあ、その数日は俺も休暇をもらえるのかな」

 

「フォウくん!」

 

 珊瑚の目に涙が浮かんでいるのを見て、フォウも軽口を途中でやめた。

 拳を固めて立ち尽くす珊瑚の肩を、なだめるようにぽんぽんと叩いてやる。

 

「珊瑚ちゃんがシヨックを受けてる気持ちはわかるよ。俺だって、びっくりしているという点では珊瑚ちゃんと同じさ。研究所に戻ったら、氷浦教授にちゃんと確かめて、すぐに珊瑚ちゃんに連絡してやるよ。きっと、思ってるほど絶望的な状況なんかじゃないと思うぜ」

 

「そうだといいけど……」

 

 思い切り悪く呟いていた珊瑚が、だしぬけにバッと顔を上げて、フォウの腕を強く掴んだ。

 

「な、な、なんだい珊瑚ちゃんっ」

 

「お願い、フォウくん!」

 

 必死の面持ちで珊瑚は訴えた。

 

「もしお見合いの話がほんとだったら、フォウくんも和彦さんについていって、相手がどんな女の人か見てきてよ!」

 

「や、やだよそんなの」

 

 フォウはたじろぎつつ首を振った。

 

「俺は和彦さんの兄弟でも親戚でもないんだから、そんな場所へついていくの、おかしいじゃねえか。そもそも、和彦さんの見合いについていきたいとか俺が言い出したら、氷浦教授も俺の正気を疑うレベルのおかしな話だぜ」

 

「ねえ、お願いお願い、お願いだからっ」

 

 涙ながらに懇願されて、フォウは閉口した。

 元から女の涙には弱いほうだし、頼られたら断れない性分だ。

 しかし、だからといって他人の見合いについていく程厚顔無恥になれるかというと、自信はない。

 ましてやそれが、自分ではない別の男に岡惚れしている女の子からのお願いときては。どこまでおひとよしなんだ俺は、と呆れてみたりして。

 

「あー……」

 

 しかたなしに、フォウは妥協した。

 

「努力してみる、ということで、どうでしょう」

 

「ありがとう、フォウくん!」

 

「うー……」

 

 飛びつかれ感謝されつつも、複雑な心境のフォウであった。


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