親友が私の妄想を超えてきた
「あれ?雪也、あなたどうし」
「ちょっと来てくれ!」
ひさしぶりにばったり会った雪也が、あまりにも窶れて悲壮な顔をしていたので声をかけたら、物陰に連れ込まれた。
「ちょっと、何よ!」
「……大変なことになってるんだ。助けてくれ」
「はぁ?」
密室に男女二人にも関わらず、ちっとも色気のない空気の中、泣き出さんばかりの雪也の台詞に眉を顰める。
「とりあえず、何があったのか教えなさい」
「……実は」
そして、ぽつぽつと語られた雪也の話を聞いて。
「なんで知らない間に、そんな面白そうなことになってんのよ」
私は唖然とした。
今、雪也は、左大臣のご令息といえども、ちょっとやそっとじゃお断りできないような高貴すぎる殿方二人に求愛されているらしい。
「ぜんっぜん面白くないからな!?切実だからな!?」
「切実なのが良いんじゃないの」
青い顔で泣きついてきた我が心の友・雪也に、私は真顔でそう告げた。
それにしても、美形は泣きそうな顔もそそられますね。ご馳走様です。帰ったらスケッチしなきゃ。
あ、日々せっせとお仕事に勤しむ甲斐あって、百合姫様から上質な紙を賜り、私は日々執筆に勤しんでおります。
百合姫様に献上する全年齢の物語と、私の私による私のためのBLな薄い本と、両方です。
しかし、日々妄想に勤しむ私を嘲笑うように、とんでもない現実を雪也はぶちまけてきたのだ。
「春闇院と夏宵宮に言い寄られているとか、とんだハーレクイ●ロマンスじゃないの!そんなトンチキ展開、妄想女の夢小説でしかあり得ないと思ってたわ」
病で退いたものの今なおカリスマ的人気を誇る色気の魔物・先帝春闇院と、若者たちの熱狂的支持を集める今をときめく東宮・夏宵宮。
「夢ならどれほど良かったか……!」
その二人から取り合われていると言う、この世の女の全てを敵に回しそうな幸せ者は、呻きながら頭を抱えている。そして雪也は、泣きながら私に縋りついてきた。
「頼む、薔薇式部!俺と結婚してくれ!もうそれしか道はないんだ!」
「はぁ!?」
唐突にガバリと頭を下げた雪也に頼みこまれ、私は素っ頓狂な声を上げた。
「意味不明だし、普通に嫌!私まだ結婚なんかしたくないもの!」
「そこをなんとか!」
あまりに必死に粘ってくる雪也からは、恋愛的な熱量を一切感じない。むしろ滲み出る悲壮感に、私はため息まじりに話の続きを促した。
「とりあえず、その結論に至った理由を教えてもらえる?」
しばらくシクシクと泣き濡れながら、悔しげに唇を噛み締めていた雪也は、重い口を開いた。
「……俺が男色家だという、まことしやかな噂が流れているんだ」
「今更?」
今までも男たちに追いかけ回されてばかりの雪也には、その手の噂がついて回っていた。それを示唆して茶化す私に、雪也は大変そそられる涙目で、私をきっと睨み、吐き捨てた。
「今回のは本気だ!どこかの誰かが、本気で俺を追い落とすために仕掛けているんだよ!」
なんでも出所がよほど信頼のおける筋らしく、現在では高位貴族のほとんどがその噂を半ば信じており、先日は帝からも直々にお尋ねがあったのだという。
「そなた、男が好きというのは本当か?」
と。
「帝の護衛も担当する俺に、そんな嫌疑がかかっていたら、もう、職を追われかねない信用問題なんだよ!俺が一番の危険人物みたいになっちゃうじゃないか!必死に否定したけれど、帝も随分とご心配なさっていた……もうおしまいだ……ッ」
「うーん、なるほど?」
いや、どうだろうね?帝は最近ご自分の同母妹である白椿宮を降嫁させる先を探しておられるそうだから、その関係で確認されたんじゃないかと思うんだけれど。
今の雪也に言っても余計パニックになりそうだからやめておこう。この上現帝の妹宮を降嫁させられるカモヨ?なんて話まで聞いたら気絶しそうだ。この男、肝が小さいからな。
「でもねぇ。そりゃあなた、今まで妻の一人も持っていないのだもの。仕方ないわ」
妻を何人も持ち、通ったり囲ったりするのが普通のこのご時世。良いご身分にも関わらずいつまでも独り身の雪也が、そう疑われるのも無理はない。
「俺だって妻を持とうとしたこともあったさ!」
けれど雪也は目を潤ませながら真っ赤な顔で、私に人差し指を突きつけて喚いた。
「君なぁ!?深窓の姫君との初夜だと緊張しながら向かったら、そこの父親が出てきて押し倒された俺の恐怖が分かるか!?次もまた押し倒されるのじゃないかと思うと、怖くてオチオチお誘いにも乗れないわッ!」
「それはまた濃い過去をお持ちで」
そんなことがあったのか。それは……同情申し上げる。天性の受けって大変なのね。
「え、じゃあヤられちゃったの?」
「蹴り飛ばして逃げたわッ!」
もしや童貞非処女とかいう幻の存在なのかと尋ねれば、ブチ切れられた。いやごめん、完全に興味本位だった。過去の傷を抉って申し訳ない。
「うーん。分かったけど、でもなんで私なの?身分も違うし、妻となるには不適切じゃない?」
「女であればいいんだ!」
「いや、言い方〜!」
流石の私も突っ込んだ。