親友が美男子と抱き合っててBLの気配
『ちくしょう、また襲われそうだ!』
「またぁ!?」
ひらひらと紙蝶が飛んできたと思ったら、私の耳元で悲鳴じみたSOS。
「どこ?場所は」
『大学寮の書庫室だから、君にはちょっと来れな……追いつかれたッ、うわやめっ!』
「ちょっと一人で盛り上がらないでよっ!」
慌ててあちらに紙蝶を飛ばす。見たい。いや、違う。きちんと雪也を助けるための計画があるのだ。
襲いかかる卑劣な男に、この蝶々経由で爆音の女(私)の悲鳴を聞かせて怖気付かせ、雪也が逃げ出す隙を作り出すのだ!これで何度も成功している。危機一髪を切り抜ける雪也のたいそう受け受けしくえっちぃ姿も見られて、私のBL欲も満たされて創作意欲は刺激され、いいことづくめなのだ。
『やめ、っくそ!……っえ?』
『おい、貴様何をしている!』
「は!?なんか美声聞こえた!誰!?」
興奮しながら、必死に念じて紙蝶を全速力で走らせる。すると、辿り着いた先には。
「うっそぉ美形!雪也とは違うタイプの超美形男子じゃん!」
初めて目にするこの美男子が、雪也に覆い被さっていた男を投げ飛ばしたのだろう。
投げ飛ばされた猪顔の男が、床の上で目を回している。猪は烏帽子も取れて、たいそうみっともない姿を晒していた。
『おい雪也、無事か?』
『彰春、ありがとう』
名前で呼び合う二人は随分と親しげだ。なになにどういう関係!?
『静かにしてろ』
雪也が美男子に聞こえない程度の小声で紙蝶に呟く。だが、黙っていろと言われて黙ってられます?
勇敢な美青年に助けられる、美少女顔の青年。何この名シーン。今から恋が始まるの?
『相変わらず、男に人気だな』
『うるさい、好きで追いかけ回されてるわけじゃない!俺だってお前みたいに、女にきゃーきゃー言われてみたいよ』
『ははっ、もう少し背が伸びたらモテるかもな』
気安い二人の会話にニヤニヤする。
「男同士の会話って感じぃ!」
女の子にモテたい高校生みたいなこと喋ってるじゃん。ってか雪也って女の子にモテたかったの?意外。
今だって女性陣からは「可愛い」「守りたい」「虐めたい」「押し倒したい」って大人気なのに。
……いやまぁ確かに、そっちの雄味が強い美青年みたいな感じの騒がれ方ではないか。彼の場合は
「きゃっ、良い男!」
「目を見ただけで妊娠しそう!」
「強引に奪われたいッ」
とか言われてそうなイメージ。
雪也もそういうモテ方がしたいのね?
美少女顔のくせに図々しいやつだな。
などと脳内で考えていたら、足元に猪男が転がる書庫室では、私の夢を叶えるような名シーンが次々と展開されていた。
『おっ、と』
『わ、すまん、ありがとう』
立ちあがろうとしてよろけた雪也を、彰春が抱き止めた。自然と抱き合う形になる二人。キラキラと花びらが飛び立って見えたんだけど気のせい?
『ははっ、腰が抜けてるのか?抱き上げて運んでやろうか?』
『違う!ちょっと足を挫いただけだ!歩ける!』
『意地っ張りだなぁ、っほら』
『わぁ!?』
ひょい、と体格の良い彰春が、雪也を抱き上げた。まじか、まさかのお姫様抱っこだ。
っ、きゃーーー!!王道キターーー!!
声にならない叫びとなって、歓喜の絶叫が脳みそを劈く。もう私の思考力はゼロです。
「は!?なにこれ最高!神絵師召喚!今すぐこれをスケッチして!!」
私が胸を掻きむしりながら呻いているのに、向こうでは男二人がキャッキャと戯れている。はぁ、無理しんどい。尊い。
『よせ!恥ずかしい!』
『悪化させるよりマシだろ』
いちゃつきながら書庫室を出ていく二人を、力尽きた紙蝶がぐったりと見送った。
「ねぇねぇねぇなにあの人!なにあの良い雰囲気!随分と親しげだったじゃないの!とうとう出会った運命の人!?」
「あほか!」
仕事終わりに呼び出した雪也に詰め寄る。目を爛々とさせた私から気味悪そうに距離を取り、雪也はなぜか苦虫を噛み潰したような顔で教えてくれた。
「あいつは右大臣の家の一人息子で、昔から付き合いがあるから……まぁ、友人みたいなもんだ」
「みたいなもんー!?なにそれ詳しく!」
そういう言い方をする時は、裏があるって決まってるのよ!
「……まぁ、いわゆる幼馴染だよ」
「幼馴染?は?おいしい設定すぎません?」
「なにがだよ」
邪険に返されても、浮かれた私には照れ隠しにしか聞こえない。
「二人は仲良しなのねぇ!」
「……いや、昔は気のおけない友だったが……今は、仲の良い友人というより、うーん、なんというか、競争相手なんだよ」
幼馴染で好敵手。いやん、ますます美味。
「昔から弓も蹴鞠も馬も、あいつには敵わない。体もあいつの方がずっと大きいし、見た目だって良いだろう?」
「そのへんは各人の好みによるけど、たしかに、いかにも男前ってかんじの美男子だったわねぇ、夜も強そうな」
下品な評価を付け足した私を、雪也は不快そうにぐしゃりと顔を歪めて睨む。
「……ほら見ろ、女はみんなああいう男が好きなんだ」
「あら、何言ってるの!」
しかし見当違いな解釈はおやめ頂きたい。
「ああいう雄々しい美男子と、あんたみたいな楚々とした美男子が絡み合ってるのが好きなのよ!」
堂々と言い切った私に、雪也は恐れ入ったように肩を落としてため息をついた。
「……君に聞いたのが間違いだったよ」
さて、数日後。
「おい薔薇式部貴様っ!」
「うぉっと!どうした白雪姫」
「姫じゃねぇ!って、そんなことはどうでもいい!貴様ぁー!!」
飛び蹴りを食らわさんばかりの勢いでやってきた雪也に捕まり、私は凄まじい目で睨みつけられた。
「俺をネタにしやがったな!」
「あ、ばれた?」
テヘペロ、と舌を出す。
噂が巡るのが早いなぁ。宮中ってホント魔窟。
「いいお話だったでしょ?」
「ちっとも良くないっ!」
先日、幼馴染の二人の友情以上恋愛未満な感情を全年齢バージョンで姫様たちにお話していたのだ。ライトBLとも言えないやつよ?ブロマンスだからセーフセーフ。
大好評でしたよ。牡丹姫なんか目をキラキラさせてキャーキャー言っていた。いつの世も女は美男子のいちゃつきが好物なのです。
「おかげで俺は彰春とめちゃくちゃ気まずいぞ!どうしてくれる!?」
「ごめんごめん、謝りに行こうか!?」
「目ぇキラキラさせて言うな!絶対余計なことしか言わないからいらんっ!」
雪也の言葉に思わず全力で乗っかろうとしたが、即座に拒否された。残念。
「今日の弓争いでも、周りからヒソヒソ言われるから、めちゃくちゃ手元狂ってまた負けたじゃないか!」
真っ赤な頬に、感情が昂りすぎて潤んだ目。
そんな受け受けしいお顔で、雪也はワーワーと八つ当たりじみた文句をぶつけてきた。
「君のせいで負けたんだぞ!」
「えー?それは関係なくない?」
雪也の弓術の腕が悪いか、メンタルが弱いかのどっちかである。
「だって、同じ状況でも、彰春様は命中なさったのでしょう?」
しれっとそう繋げた私に、雪也は大層悔しげに眉を寄せて唇を噛む。そして床を睨みつけて、悲しそうにポツリとつぶやいた。
「……どうせアイツには敵わないんだよ」
あら可愛い、拗らせてる。
「そんなことないわよー、あなたの方が得意なこともあるでしょうに」
いじけてしまった雪也を適当に慰めながら、私は脳内で雪也と彰春が殴り合いさせていた。最終的に二人は至近距離で睨み合った後に、激しく口を吸い合います。喧嘩の熱が溜まったカラダを持て余して、そして……うん!
今夜の薄い本執筆は、幼馴染の執着拗らせラブに行きますかね!
捗りそうっ!
別キャラとかぶってしまったので、友人くんのお名前の漢字をこっそり変更しました。