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怪しげな男は陰陽師と相場は決まっている

「あら何これ」


百合姫様の寝所のそばで、ひらひらと舞う蝶々のような紙。

違和感を抱いてパシッと握り潰せば。


『うわっ』


ビリリ、と手に走る痺れ。そして紙から飛び出た謎の呻き声。


「うわぁ〜変なもん握っちゃった」


やだぁ。

これ絶対、カメラ付き盗聴器でしょ。




***




「たのむっ!百合姫様にはいわないでくれ!」

「そう言われてもねぇ」


私の目の前で土下座しているのは、前髪がやけに長くて幽霊みたいになってる男だ。

どうやって私の局に侵入したのか知らないが、仕事を終えて帰ってきたら居たのだ。真っ暗な中に不審者が居たもんだから、悲鳴をあげそうになったわ。 


「私に害意はない!百合姫様を純粋にお慕い申し上げているだけなんだ!」

「なおさら黙ってられないわよ」


帝の最愛のお妃様に横恋慕とか、どんな根性してるのこの男。


「ちがう!結ばれたいなど思っていない!お姿を一目見たいだけだ!」

「アウト!完全にアウト!!」


この時代その発言は駄目すぎる。顔は見えないのが基本、顔が見たいってのは、押し倒してヤッちゃいたいってのと同義だ。


「違うううう!決して危害を加えたくはない!遠くから見守りたい!触りたくも触られたくもない!お声をかけられたくもない!なんなら認識されたくもない!」

「あ、そういうパターン」


このキモイ男は、壁になりたいタイプのオタクか。いや十分すぎるほどキモイな。百合姫様の寝所のまわりを彷徨いてるとか万死に値するわ。


「あそこが寝所だなんて思わなかったんだ!そうと知っていたらすぐに回れ右で帰ったさ!寝所のまわりってだけで、私には刺激が強すぎる!覗きなんて、そんなことしない!」

「嘘だぁ」


自称、プライバシーは重視するタイプの百合姫様の強火オタクはそう号泣したが、信じられない。オタクって、推しのプライベートを知りたくて目を皿のようにするもんでしょ?


「そんな言い逃れして、閨房を覗いて帝とアハンなことしてる百合姫様の艶姿をまなこに焼き付けようとかしてたんでしょう?ってかもうしたことあるんじゃないの?どう考えても重罪よ」


土下座する男の頭を扇子でバシバシ叩きながら私が冷たく言い放つと、男は呆然と顔を上げて呟いた。


「みかど、と……ひめの、艶姿……っ、ブッ」

「ちょ、あんたこんな言葉だけで鼻血出さないでよ!」

「お!おまえが変なこと言うから!」


鼻を押さえてアタフタする男に、動揺した私はつい追い討ちをかけてしまった。


「何よ!してるに決まってるでしょ?あのお二人熱烈万年新婚夫婦なんだから!夜なんかドッタンバッタン大騒ぎの乱痴気騒ぎに決まって……ちょ、えぇ!?」

「ぅ……う……」


私の言葉の途中で、男は目を回して倒れてしまった。こんな漫画みたいなことあるの!?


「ごめんごめん、嘘嘘嘘!大丈夫!?」


べしべしと強めに頬を何回か平手打ちするが、虚な目をして「どったん……ばったん……」とか呻いている。ダメだ。正気じゃない。


「えー、どうしよコイツ」 


暗い私室に鼻血のせいで血まみれの男と二人きりとは、ぞっとしない状況である。本気で誰にも見られたくない。どんな誤解を招くか分かったものではないぞ、これ。


はぁ、と私は深いため息をついた。


「……仕方ない、雪也でも呼ぶか」




***




「なんでこうなった?」

「わからん」


まだ宮中でバリバリお仕事をしていた雪也に使いを出し、わざわざ来て貰った。

使いに出した子には口止めしておいたけれど、大丈夫かなぁー。

「ごゆっくり♡」とか言われたし、絶対誤解されてる。


「君は本当に厄介ごとを引き寄せる女だな」

「トラブルメーカーなのよねぇ」


自分でも認める。

まぁ私に引き寄せられた厄介ごとそのもの!みたいな雪也に言われたくないけれど。なにせ雪也の強姦が未遂で済んでいるのは私がしょっちゅうエンカウントして助太刀に入っているからなので。


「あ、やっぱり」


突っ伏して倒れていた男をぐいっと無理矢理ひっくり返した雪也は、凄く嫌そうに呟いた。


「こいつ、陰陽師だよ。かなり有能な」

「へぇー、やっぱり」

「ん?見当ついていたのか?」

「だってコイツ、式神を使ってたんだもの」


平安・空飛ぶ紙の蝶々ときたら、オタクはとりあえず式神を思い浮かべるだろう。いや、育ってきた環境(作品)にもよるけれど。


「そうそう、式神使いとして有名なんだよ。普通なら一匹飛ばすだけで疲労困憊の式神を、ぴらぴら飛ばしまくるのが趣味らしい。凄まじく腕が良くて、でも常識がない変態だ陰陽師って聞く」

「予想通りだわ」


変態呪術オタクが、式神散歩の時に偶然目にした百合姫様にもハマっちゃったってわけねぇ。

まぁ気持ちはわかる。百合姫様は地上に舞い降りた天使だからね。


この純情ぶりだと本当に実害はなさそうだけれど、でもまぁ、タダで見過ごすわけにもいかないわよねぇ。


そう思いつつ、私は目を回している男にザバーッと勢いよく水をかけた。




「……冷たっ!?はっ!」

「あ、気がついた?」


夜の冷水は流石に効いたらしい。飛び起きた男ににっこり笑いかける。男は私の笑みを見て恐れ慄き、そして私の横にいる男に目を見開いて凍りついた。


「薔薇式部!と、え!?左大臣家の!?な、なぜ!?」

「俺は薔薇式部とは友人でな。ややこしいことになったから来てくれと呼ばれたのだ。この夜中に」


美貌に浮かべた冷笑の効果は絶大だ。男は真っ白な顔でガバっと平伏して、床に額をすりつけた。


「す、すみませ……あの……こ、この度のことは、どうかご内密にして頂けませんか!?」

「そういうわけにもなぁ?」


帝の警護を任されている雪也としては、そりゃ許すわけにはいかない。だがあまりに格好のつかない不祥事に、どう処理しようか悩んでいるのだろう。私にはそう察せられるが、男は雪也の真顔からもっと恐ろしいことを考えたのだろう。何度を床に頭を叩きつけるようにして謝罪を繰り返した。


「心より反省しております!もう二度といたしません!ですので、そこを!そこをなんとか、……いたっ!わぁっ」


何度目かに勢いよく頭を下げすぎたせいで、男の烏帽子がずれる。情けなく崩れた髪をなんとか整えようとして、前髪の隙間から見えた素顔は。


「およ?……ふーん?」


この陰陽師、前髪が長すぎて顔が見えなかったけど、なかなかイイ顔してるじゃない。

冷たい顔の美少女男、すなわち雪也の足元に平伏し、愛を乞うて縋りついているように見えるこの構図、悪くないわね。


「ちょっとそのままストップ」

「は?急になんだ?」

「停止、止まって、スケッチしとく」

「なんで???」


雪也は困惑しているが、陰陽師はよくわからないままとりあえず私の言うことを聞いている。いい感じに足元に顔を擦り付けたポーズのままだ。お前いい仕事するじゃん。

そう思っている間に、サラサラとスケッチが完了した。


「よし、次回作はこれでいこう」

「お前、今何を計画した?変なこと考えてないよな?」

「まぁいいから気にしないで、ちゃんと性別は変えておくから」

「は?」


と言うわけで、皆様にお聞かせする表の次回作は「ツンな美少女に一目惚れして額づく一途な陰陽師のラブコメ」です。

私の個人用の裏の次回作は「身分違いの貴公子に恋した陰陽師が、恋心を良いことに利用され尽くされて捨てられ、嘆きつつ死んだ後に貴公子にとりつき、二人で愛の国に行きましょうと地獄に引き摺り下ろす話」に決定です。メリバです。愛欲地獄に堕ちてください。


「おい、待て、説明しろ!?」


雪也は何を察したのか、私の薄ら笑いに顔を引き攣らせている。だが雪也からの追及の眼差しを、私は満面の笑顔の圧で押し返した。


「気にしないで!ね!あなたにはなーんの害もないから!」

「……信じるからな?」

「任せて!」


個人での楽しみにとどめますのでね!


「さて、陰陽師クン?」


私はスケッチを机の中にしまうと、固まったままのオタク陰陽師に向き直った。


「もう二度と百合姫様の周りをウロチョロしないと約束できるかしら?」

「は、はい!」

「約束よ?嘘ついたら首を撥ね飛ばしてもらうからね?」


私の言葉に光を感じたらしい男は、即座に頷く。ぶんぶんと壊れたおもちゃのような速度で首肯する男に、軽く脅迫を追加してから、私は声をトーンを落とした。


「で、見逃してあげるわけだけれど、もちろんタダで、とは言わないわよね?」


先ほど捕まえた、カメラ付き盗聴器、ならぬ式神を取り出す。ぐちゃぐちゃな薄い紙をヒラヒラさせて、私はニマァといやらしく笑った。


「黙っていてあげる代わりに……お願い、聞いてくれるわよね?♡」







と、言うわけで。


私にもカメラ付き盗聴器、というか式神をたくさん作ってもらいました。なんとこれ、持っている者同士だと通話もできるんです。画期的すぎ。ご足労かけた雪也と山分けしました。


「いやぁ、これ便利ねぇ」


これがあれば誤解を受けず雪也とも連絡が取れるし、雪也からのSOSにも応答できる。

私は満足して、ひとまず三羽の蝶を飛ばした。


「さて、宮中のあちこちで発生するBLイベントを一つ残らずチェックするためにも、有効活用させてもらいますか!」


こりゃ()()()()が捗りますね!

主人公も同罪です(しかも分かってやってる)。

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